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ユウヤ

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 誰かの気配がした。
 寝ぼけた視界の中、トオルはゆっくりと目を開ける。
 まさかもう朝になったのかと疑ったが、窓から見える外はまだ暗い。 
    だが、部屋の明かりが着いている。自分は確か部屋の明かりを付けずに家に入りそのまま寝たはずだ。ついているはずがない。 
    じゃあ、まさかあの3人がーー?  そう思い、トオルは急いで目を開けた。

「ごめん、起こした」
「……」

 目の前にいたのは、自分だった。
 いや、違う。もう自分ではない。ユウヤだ。
 そのユウヤが、目の前にいる。
 一瞬、夢なのかと思いかけたが、そうではない。
 確かにユウヤだ。
 手にはホウキ。これは玄関の横にあったものだ。ホウキがあった場所には松葉杖が置かれている。どうやら松葉杖は家では使っていないようで、ユウヤは器用に片足で歩きながら箒で畳を掃いていた。

「起きたなら、体、洗ってきて」
「……」

 ユウヤの視線がトオルの体に向けられる。
 そこでようやく自分が汗だくだったことに気づく。
 ここ最近、悪夢にうなされることが多く、起きた時には決まって汗まみれになっていた。
 今もそうだ。全身から噴き出した汗のせいで気持ちが悪い。
 確かに、汗を流したいが、それよりもトオルは気になることがあった。

「どうして、ここに」
「……ちょっと、気になって」

 ユウヤの少し申し訳なさそうな顔をした後に、勝手に家に入ったことへの謝罪をした。

「鍵、かけてなかったからさ、勝手に入った」
「……そういえば鍵、掛け忘れたかも」
「ま、こんなボロアパートに泥棒も入らないと思うけど」

 ユウヤは苦笑しながら答える。
    トオルの顔で話すユウヤと話していると鏡に向かって話しているような気分になる。寝起きも相まって頭が上手く働かない。

「そっちも掃除したいから。体、洗ってきて」
「……う、うん」

 ユウヤに急かされ、トオルは風呂場に向かう。
 下着を脱ぎ、汗でびしょ濡れの体をシャワーで流した。

「……」

    今まで、体を洗うにしても朝の数分で終わらせていた。 髪も体も丁寧に洗うことはせず、最低限水に濡らすだけのシャワーだけでは汚れが落ち切れるわけない。
    さすがにユウヤも素の自分がこんなに落ちぶれているとは思わなかったのだろう。
     体を洗い、タオルで体を拭きながら鏡を見る。
 痩せ細り、目元には濃い隈。こんな姿、誰だって心配する。
    念の為、もう一度シャワーを浴び直し、トオルはシャワーから出た。出ると、真新しい下着が置いてある。それを有難く着用し、使っていなかったパジャマを着てユウヤのところに戻ると、ユウヤは部屋の片付けを完璧にしていた。
 ゴミはまとめられ、明日のゴミ出しがしやすいように玄関にまとめられてある。
 それ以外にも部屋の隅々を掃除してくれたようで、部屋の雰囲気が格段に良くなっていた。

「……すごい」
「慣れてるから、ね」

 当たり前のようにいうユウヤだが、よく足を怪我した状態でここまで出来たものだと感心する。
 トオルには出来ない。
     ユウヤは買ってきたペットボトルをコップに入れ、トオルの前に差し出す。

「……その、桐島、君」
「ユウヤでいいよ。俺も、トオルって呼ぶから」

 ユウヤの言葉にトオルが頷いたのを見たユウヤは、小さく笑ったあと、持ってきたカバンからいくつかのタッパーを出した。

「とりあえず、何か腹に入れよう」

 タッパーの中身には調理済みの料理がたんまりと入っている。透明な容器に透けているうちの1つを、トオルは見たことがあった。
 トオルのそのタッパーを指さす。

「……これって」
「君のお母さんが作ってくれた、シーフード炒め。冷蔵庫にあったから持ってきた。食べる?」

 トオルは無言で何度も首を縦に振った。
 ユウヤはそれを見て、台所へ行きタッパーの中身を電子レンジに入れる。
 その間に別のタッパー中身からいくつかのおにぎりをトオルの前に置く。

「先にこれ」

 ユウヤの言葉を聞きながら、トオルは目の前に置かれたおにぎりを手に取り、頬張る。口の中に塩味が広がる。中身は鮭だ。
 この味は知っている。
 トオルの家でよく使っている鮭フレークの味だ。
 母は鮭フレークが好きだった。鮭フレークの味にはうるさく、よくどこかで取り寄せた瓶詰の鮭フレークが冷蔵庫に入っているのを、小腹がすいたときに米にかけて食べていたのだ。
 それなりの大きさのあるそれをほぼ丸のみに近い形で食べ、もう1つのおにぎりの方に手を伸ばす。
 一口食べると、こちらは鮭フレークではない具がたんまりと入っていた。中身は味噌漬けした魚で、これはおそらく父親が買ったきり手を付けていない缶詰めをおにぎりの具材として使ったものだろう。
 出張で地方に行くとき、父親はその土地名産の缶詰めを良く買っていた。それをすぐではなく半年後であるとか期間を開けて家酒の肴にしているのをユウヤは知っているのだろうか。
 もし知らずにユウヤが使っているのだとしたら、後でユウヤは父親から長い説教をされるだろう。それを、トオルは言ってやるべきだ。
 
「……」

 トオルの両親は、共働きだった。
 子育てよりも仕事が好きな人達で、休みだって一緒になることはない。
 親と3人で食卓を囲んだことなどここ数年は3ヶ月に1度ああるかないか。トオル自身、高校生になった今では親とそこまで積極的に話そうとは思わない。
 トオルが猛勉強をし入った高校の入学式の時でさえ、仕事を理由に来なかった親だ。
 仕事ではよくても、親としては失格だ。

「……うっ、……うっ……」

 それでも、トオルは自分の親のことは嫌いではなかった。
 両親の思い出を思い出しながら、おにぎりを食べ進める度に、泪がこぼれる。
 ちゃぶ台の上に小さな水たまりが出来たのを、ユウヤは静かに眺めていた。
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