26 / 69
拒絶
しおりを挟む「……」
『トオル』。いや、『ユウヤ』はトオルに名を呼ばれ、視線を下に向けた。
トオルのユウヤを握る手に力が込められる。
トオルの視線にもう逃げることが出来ないと悟ったユウヤはその問いに答えるように、ゆっくりと首を縦に振った。
「……ッ」
肯定されたトオルの胸中は言葉にできない程複雑なものだった。
『トオル』である自分が『ユウヤ』となり、『ユウヤ』だった目の前の相手が『トオル』と入れ替わったのだ。
こんな現象、実際に体験しなければ信じることなどできなかっただろう。
正にアニメや漫画のような出来事だ。
だが、これは現実である。
トオルは少しの逡巡のあと、ユウヤの目を見た。
「……やっぱり」
トオルとユウヤの間に微妙な空気が漂う。
二人とも、意味も分からないこんな状況に迷い込んでしまった当事者だ。
それでも、仲間ができたことへの喜びがトオルの中にはあった。
「その、桐島、君えっと……」
「……俺は、戻りたくない」
「えっ?」
「俺は、ユウヤに、戻りたくない」
ユウヤはトオルの目を見ずに言い放った。
その表情は元は自分の顔であったとしても、自分ではない。
それは正しくユウヤそのものだ。
その顔からは安住の地を手に入れた時のようなこの場から離れたくないというような、そんな執着のようなものが感じられ、トオルは思わずつかんでいた手を放した。
ユウヤはその手を素早く引き、目の前のかつての自分をにらみつけた。
「戻るなら、死んだほうがましだ」
「桐島、君」
「俺はもう、ユウヤじゃない。桐島ユウヤは、アンタだろ」
トオルの顔で、トオルの声で、ユウヤはそう言い捨てる。
それを見て、トオルは酷いと思う前に理解してしまった。
クラスの人気者であったユウヤがあの3人にどのような扱いを受けてきたのか。
どれほどのストレスを抱えて日々の生活を送っていたか。それが存在が孤独になる代わりに解放されたのだ。
トオルだったら、そんな生活戻りたくもない。
仮に戻る方法が分からなくても、安住の地に行けた今、過去のみじめな自分など見たくもないのだ。
だから、元は自分の物だった手を振りほどいた。
「……そう、だよね」
トオルは声を震わせた。
せっかく出会えた理解者の存在。それを手放し再度一人になる恐怖が支配する。
それでも、目の前のユウヤはトオルとして生きていくと心に誓っている。元に戻れる方法がない今、その方法を共に探ることもできない。手詰りだ。
だからトオルはせめてものねぎらいをユウヤにしたかった。
これはユウヤに憧れていたトオルの本音だった。
「……きっと、今まで、大変だったと思う。だけど、誰にも言わないで、クラスの人気者やってて、すごい、すごいよ」
ユウヤの見た目の良い顔と周りに人が集まるカリスマ性。
そのユウヤに対し、トオルはユウヤになりたいと思っていた。
その願いをトオルは叶えた。それに巻き込まれたのはユウヤだ。
願いが叶ったのならば、それがどんな結果であろうとトオルは文句を言う資格はない。
「……親のこととか、いろいろ、よろしく。それと、生きてくれて、ありがとう。正直、死んだかと思っていたから、生きていてよかった。じゃあ、俺、教室戻る。連れ出して、ごめん」
早口で終わらせ、涙をこらせてユウヤに背を向けた。
ユウヤはどんな顔をしているか分からない。だが、振り返ればユウヤに思いの丈を全て言ってしまいそうで、トオルは涙を堪えて走り去った。
1
お気に入りに追加
14
あなたにおすすめの小説

寮生活のイジメ【社会人版】
ポコたん
BL
田舎から出てきた真面目な社会人が先輩社員に性的イジメされそのあと仕返しをする創作BL小説
【この小説は性行為・同性愛・SM・イジメ的要素が含まれます。理解のある方のみこの先にお進みください。】
全四話
毎週日曜日の正午に一話ずつ公開

ある少年の体調不良について
雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。
BLもしくはブロマンス小説。
体調不良描写があります。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

目覚ましに先輩の声を使ってたらバレた話
ベータヴィレッジ 現実沈殿村落
BL
サッカー部の先輩・ハヤトの声が密かに大好きなミノル。
彼を誘い家に泊まってもらった翌朝、目覚ましが鳴った。
……あ。
音声アラームを先輩の声にしているのがバレた。
しかもボイスレコーダーでこっそり録音していたことも白状することに。
やばい、どうしよう。

ヤンデレだらけの短編集
八
BL
ヤンデレだらけの1話(+おまけ)読切短編集です。
全8話。1日1話更新(20時)。
□ホオズキ:寡黙執着年上とノンケ平凡
□ゲッケイジュ:真面目サイコパスとただ可哀想な同級生
□アジサイ:不良の頭と臆病泣き虫
□ラベンダー:希死念慮不良とおバカ
□デルフィニウム:執着傲慢幼馴染と地味ぼっち
ムーンライトノベル様に別名義で投稿しています。
かなり昔に書いたもので芸風(?)が違うのですが、楽しんでいただければ嬉しいです!


ハンターがマッサージ?で堕とされちゃう話
あずき
BL
【登場人物】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ハンター ライト(17)
???? アル(20)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後半のキャラ崩壊は許してください;;
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる