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花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものは我が身なりけり
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随分人を殺してきた。
女、子供、男、老人問わず、だ。
そんな私がこうやって死んでいいのだろうか。
こんなベッドの上で、愛する息子は私の手を握り、大量の涙の粒を落としている。
「…知っていますか」
私はゆっくりと息子に語りかけた。
「私がよくレコードで聞いたあの曲、あれは日本、という遠い国の古き詩からとられたらしいです」
「父さん、余り喋らずに。お体に障ります」
息子のあまりにも酷い言葉に思わず笑みが零れた。
もう少しなのだ。
私の体は。
だから少しくらい話をしてもいいじゃないか。
「いえ。父さん、あなたは回復します。だから、その時にこの話を聞かせてください」
息子は首を横に振りながらそう答えた。
私の手を握る腕はいっそう強くなる。
墓地の中で捨てられたこの子を私が拾い、こうして一人前の青年に育てたのだが、心配性で、嫌なことを無視してしまうのが唯一の欠点だった。
「…聞きなさい」
私は彼のそうゆう性格を治そうと思って、私は厳しく接してきた。しかし、20をとうに過ぎた年齢になっても治らなかった。
「あの曲の名は、桜嵐。桜という花の豊かさと自身の老いを対比させた歌です」
「…ええ」
「桜というのは春に咲く花で、出会いと別れを意味するそうです」
別れ、と言った段階で息子の手の強さが強まった。
「父さん」
息子の震え声に胸が締まる。
涙はもう出尽くしたのではと思うほど流れ出ている。
「私は王に出会い、彼だけが早く亡くなり、私だけがこうして生き残った。まるで私のようではありませんか」
「いいえ! まだ! まだです! あなたはまだーー!」
「もうすぐなんですよ」
息子の言葉を私は遮った。
息が詰まる音が聞こえた。
「もうすぐ、もうすぐ、王に出会える。私の唯一の王に」
「…父さん!」
「だから、止めないでください」
「…………」
早く死ぬはずだったのに、様々な出会いが私をしぶとくも長く生きながらせてしまった。
早く、王に会いたいのだ。
もう「王」と呼ばれない存在だが、私の中ではそれでも王なのだ。
「父さん」
「お供します…。随分遅くなってしまいましたが…また、あなたのおそばに…」
「父さんっ…!」
私の行先は地獄だろう。
息子の命を救っただけでは足りない。
きっと、地獄に王もいるはずだ。
あぁ、この老いぼれを王は傍に置いてくれるだろうか。
それより前に、私だとわかってくれるだろうか。
そんな馬鹿らしいおもいを抱きながら、私はゆっくりと目を閉じた。
残るのは息子の熱い手のひらと、私を呼ぶ声のみだった。
ーーーーーーーーーーーーーー
「外人さん、なんでこんな所に?」
案内役の少年が気さくに私に話しかけた。
確かにここは観光地とは程遠い。
しかし、私はここがよかったのだ。
「私の父が、ここから見た桜を歌った詩をモチーフにした歌が好きでね。1度見て見たかったんだ」
「へぇ~。どんな詩です?」
「花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものは我が身なりけりって歌…。わかる?」
「あぁ、その歌はこの街の出身の歌人の歌だ」
「その桜を見たかったんだ」
「桜って言ってもここはこじんまりとした所で…、街ではもっと大きな桜もありますが、いいんですか?」
「あぁ。ここがいいんだ」
「もうすぐですよ」
少年の案内で歌の題材の場所になった桜に向かった。
確かに少年の言う通り、今まで見た中でかなりこじんまりとした桜だった。
はらはらと落ちる花を私は手のひらで受け取る。
その花を私は握った。
「…父さん」
憐れな人だった。
過去にしか生を見いだせぬ亡国の生き残り。
彼が慕う王もすべての憎しみを受け、死んだ。
父親が生き残ったのは数多の幸運のおかげだが、彼はそれに対しても幸運とは思わなかったようだ。
だから、私だけでも彼を弔おう。
「…父さん」
頭の中で父さんがよく聞いていた曲のメロディーが流れた。
花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものは我が身なりけり
女、子供、男、老人問わず、だ。
そんな私がこうやって死んでいいのだろうか。
こんなベッドの上で、愛する息子は私の手を握り、大量の涙の粒を落としている。
「…知っていますか」
私はゆっくりと息子に語りかけた。
「私がよくレコードで聞いたあの曲、あれは日本、という遠い国の古き詩からとられたらしいです」
「父さん、余り喋らずに。お体に障ります」
息子のあまりにも酷い言葉に思わず笑みが零れた。
もう少しなのだ。
私の体は。
だから少しくらい話をしてもいいじゃないか。
「いえ。父さん、あなたは回復します。だから、その時にこの話を聞かせてください」
息子は首を横に振りながらそう答えた。
私の手を握る腕はいっそう強くなる。
墓地の中で捨てられたこの子を私が拾い、こうして一人前の青年に育てたのだが、心配性で、嫌なことを無視してしまうのが唯一の欠点だった。
「…聞きなさい」
私は彼のそうゆう性格を治そうと思って、私は厳しく接してきた。しかし、20をとうに過ぎた年齢になっても治らなかった。
「あの曲の名は、桜嵐。桜という花の豊かさと自身の老いを対比させた歌です」
「…ええ」
「桜というのは春に咲く花で、出会いと別れを意味するそうです」
別れ、と言った段階で息子の手の強さが強まった。
「父さん」
息子の震え声に胸が締まる。
涙はもう出尽くしたのではと思うほど流れ出ている。
「私は王に出会い、彼だけが早く亡くなり、私だけがこうして生き残った。まるで私のようではありませんか」
「いいえ! まだ! まだです! あなたはまだーー!」
「もうすぐなんですよ」
息子の言葉を私は遮った。
息が詰まる音が聞こえた。
「もうすぐ、もうすぐ、王に出会える。私の唯一の王に」
「…父さん!」
「だから、止めないでください」
「…………」
早く死ぬはずだったのに、様々な出会いが私をしぶとくも長く生きながらせてしまった。
早く、王に会いたいのだ。
もう「王」と呼ばれない存在だが、私の中ではそれでも王なのだ。
「父さん」
「お供します…。随分遅くなってしまいましたが…また、あなたのおそばに…」
「父さんっ…!」
私の行先は地獄だろう。
息子の命を救っただけでは足りない。
きっと、地獄に王もいるはずだ。
あぁ、この老いぼれを王は傍に置いてくれるだろうか。
それより前に、私だとわかってくれるだろうか。
そんな馬鹿らしいおもいを抱きながら、私はゆっくりと目を閉じた。
残るのは息子の熱い手のひらと、私を呼ぶ声のみだった。
ーーーーーーーーーーーーーー
「外人さん、なんでこんな所に?」
案内役の少年が気さくに私に話しかけた。
確かにここは観光地とは程遠い。
しかし、私はここがよかったのだ。
「私の父が、ここから見た桜を歌った詩をモチーフにした歌が好きでね。1度見て見たかったんだ」
「へぇ~。どんな詩です?」
「花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものは我が身なりけりって歌…。わかる?」
「あぁ、その歌はこの街の出身の歌人の歌だ」
「その桜を見たかったんだ」
「桜って言ってもここはこじんまりとした所で…、街ではもっと大きな桜もありますが、いいんですか?」
「あぁ。ここがいいんだ」
「もうすぐですよ」
少年の案内で歌の題材の場所になった桜に向かった。
確かに少年の言う通り、今まで見た中でかなりこじんまりとした桜だった。
はらはらと落ちる花を私は手のひらで受け取る。
その花を私は握った。
「…父さん」
憐れな人だった。
過去にしか生を見いだせぬ亡国の生き残り。
彼が慕う王もすべての憎しみを受け、死んだ。
父親が生き残ったのは数多の幸運のおかげだが、彼はそれに対しても幸運とは思わなかったようだ。
だから、私だけでも彼を弔おう。
「…父さん」
頭の中で父さんがよく聞いていた曲のメロディーが流れた。
花さそふ嵐の庭の雪ならでふりゆくものは我が身なりけり
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