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王のため、主のため
しおりを挟む「……よかろう。期限は変わらず春まで。その間に、薬を完璧なものにしてこい」
「ーーッ!! あ、ありがとうございます!」
勢いよく頭を下げたのはルカだった。
額が絨毯の床に叩きつけたせいで鈍い音が鳴る。
だが、そんなことお構い無しにルカは泣いているのか、震えと共に泣き声が隣から聞こえた。
これで故郷を救えると思っているのだろうか。まだ薬も未完成だというのにめでたいことだ。
それに、そのせいでシャオには付けられたくない首輪が付けられることになった。その落とし前はルカに後でしっかりと付けさせてもらおう。
「シャオと私に従属魔法を」
イースの近くにいた要人の1人が頷き、こちらに下ってくる。
この要人は知っている。魔法の実力はシャオに劣るがそれでもこの国でそれなりの地位にいる魔法士だ。
きっと、失敗もなく従属魔法をかけてくれるだろう。
「……」
それでも、アランの前で従属魔法をかけられるのは辛い。
ルカの時はシャオも意識がなかったし、アランの前でなかったからまだよかった。
アランの時は遠征で活躍した時の褒美だった。
だが、イースはシャオの意思でかけてくれと頼んだ。
自分で選んだ事でも、やはり屈辱というものがある。だが、アランの為だ。耐えなければ。
「……兄上、よろしいですか?」
イースがアランに声をかける。弟として、兄に形ばかりの確認をしているのだ。
シャオはアランに視線を向ける。アランは非常に穏やかな表情を浮かべていた。
その見たことがないような、肩の荷がおりた様なその表情にシャオは内心驚く。まさかこんな表情のアランを見ることができるのは思わなかった。
「……ええ、構いません。ですが、こやつは苦労する、とお伝えしておきます」
「……ふっ」
兄と弟はしばらくの間小さな笑い声をこぼしあった。
それが収まり、顔を引きしめたイースは控えていた魔法士に声を出す。
「やれ」
「はっ」
始まる。シャオは覚悟を決め、目を強くつぶった。
これはアランの為だ。自分がずっと望んできたアランの王族復帰のためであり、そのためには自分の身がどうなってもいいと本気でそう思っていた。
だが、まさかイースと従属魔法を結ぶことになるとは。仕方ないが、やはりアランのみとしか結んでいなかった時とは大きく変わる。
強く握った手のひらに、再度、冷たい手がシャオの手に乗せられ、握られる。
その心地いい冷たさ。それだけでシャオの心は平穏を取り戻し、幸福に満ちてしまう。
きっと、これはこれからも変わらない。シャオはアランの手を感じながら、従僕魔法がかかるのをまった。
「では、始めます」
魔法士の簡単な言葉のあと、シャオは自分にかかる魔法を感じた。
体から血が出る。それが宙に浮きイースの血と混ざり合う。それがシャオの体に戻り、血液を通してシャオの体内も徐々に支配されて行くような気がした。
シャオは目を閉じ、跪いたまま体を固めた。
『顔を上げよ』
脳が鷲掴みされる。だが、今回で3人目のせいなのか想像よりもその辛さはなかった。
体の命令通りにシャオは顔を上げる。それだけで周囲の人間たちのおぉ、という驚きの声が聞こえた。
『跪け』
シャオの体はイースの従属魔法のせいで勝手に動いた。
額と絨毯がぴったりとつく。
こんなの、イースの前だと初めてだ。
いつもイースに跪くということはしたくなかったので、した振りをするのがシャオの常であった。
そのシャオがイースの命令通りに動いた。
この場ではそれで十分。
イースもそれで満足したのか、周囲の人間に聞こえるほどの声量で言い放つ。
「アラン、貴様を王族に復帰させる」
「ありがたきお言葉」
「ルカ、貴様を薬物館の館長に任命する」
「は……?」
「我が兄と極悪魔法士を貴様に預ける」
イースは呆然としたルカにイタズラがバレた子供のようにニヤリと笑ったあと、周囲の者に声を張り上げる。
「皆の物、これにて終いだ。これは王の言葉として国書 に書いておけ!」
一斉に頭を下げた人間たちを晴れやかな顔をしたイースが眺めこの混乱した場は終わった。
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