追放王子と出奔魔法使いの一冬の話

孤独

　散らばった皿、壊れた棚、半壊したベッド。
　それでも、手錠はとれない。魔法は使えない。鉄格子は外せない。
　魔法が使えないシャオはただのか弱い人間だ。
　それをこんな形で痛感されるとは。
　
　――これでは、主を助けだすことが……。

　アランは今、屋敷の中で一人だ。
　ルカの言っていた話など信じられるわけがない。
　シャオは信じない。アランは、屋敷にいるはずだ。それも、一人で。
　助け出さなければ。主を。

『アラン様が行方不明になりました』

「……ッ！」

ルカの言葉がシャオの脳内で再生する。

「嘘だ。嘘だ……！」

　そんなの、嘘に決まっている。
　きっと、屋敷にいて、シャオが来るのを待っているはずだ。
　
『まさか、自分の国の危機に逃げる方だと僕も王も思いませんでしたから』
「違う！」
『アラン様は、臆病者です』
「やめろ！」
『アラン様は貴方を見限り逃げた。貴方は、捨てられたんです』
「……ッ！」

嘘だ。そんなの、全部嘘だ。
アランは屋敷でシャオを待っているはずだ。
だって、アランは王になる男なのだから。そのためには、シャオの力が必要なのだ。
魔法の天才である自分の力が。
あぁ、でも今、自分は魔法が使えない。そんな自分をーー、アランは欲してくれるのだろうか。

「はぁ……、はぁ、はぁ」

　息が出来ない。
　苦しい。
　過呼吸だ。
　落ち着け、落ち着くのだ。息を吐け、息を――。

「――ッ、ゥ、ハァ……」

　床を殴り必死で自分を落ち着かせる。
　息を必死で整える。早く、早く落ち着かねば。

『お前は、もう必要のない』
『汚らしい。近づくな』
『お前は必要ない』
『お前はいらない。もういらない』

違う。この言葉はアランに言われた言葉ではない。
過去の、アランに出会う前に言われた孤児時代の言葉だ。
今は違う。アランはそんなこと、シャオに言ったことが無い。
そんなこと、アランは言わない。

『お前がいなくなっても問題は無い』
「ッ……、ァ」

　体が震えた。
　これは、これはアランに言われた言葉だ。
　アランの命令を遂行できなかった馬鹿な自分を見限ったアランが放った言葉。

「ァ……、ラン。な……ぜ」

　シャオはここにはいないアランに問いかける。
　なぜ、自分を捨てるのか。ならば、どうすればよかったのか。
　自分はアランが全てだ。それなのに。

「な、ぜ……、だ……ァ」

　なぜ少しも、自分を認めてくれないのだ。
　少しでもいい、アランから隣にいることの許しが欲しかった。アランに、認めてほしかっただけなのに。
　なぜだ、なぜだ、なぜだ。自分に、何が足りなかったのだ。
　戦場で活躍するだけでは足りなかったのか、アランを利用する者を殺しただけでは足りなかったのか。ならば、それ以外に何をすればアランから傍にいることを許されるのか。
　シャオは床に頭を打ち付ける。何度も、何度も打ち付ける。
　いつの間にか、過呼吸は収まっていた。
　でも、苦しさは消えない。

「うっ……、ぁ、……」

　瞳からは無制限に涙が零れた。
　それは床を濡らし、小さな泉を作るがそれは止まらない。
　涙は際限なくシャオの瞳から流れ続けた。
　アランはきっと、シャオを失望し尽くしてしまったのだ。
　だから、この国を捨て、どこかに行ってしまった。

「く、そ……、ォ！」

　体に残ったアランとの跡。
　それを消すようにシャオは自分の体に爪を立てた。
　いっその事、アランの記憶など消してしまいたかった。　
　だが、シャオの中にはアランの存在が強くこびりついている。それを否定してしまったら、シャオはシャオで無くなるほどにアランの存在は自分に取ってなくてはならないものだった。