追放王子と出奔魔法使いの一冬の話

ブリリアント・ちむすぶ

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イース

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「殺してやる! お前らも全員だ! 全員、殺してやる!」

 シャオの気迫に、誰もが声を出せなくなる。だが、顔色を変えない人間がいた。
 シャオの目の前に居る男だ。男は紅茶のお代わりも求めながら、周りの緊迫感も気にした様子もなく、のんきに欠伸をしている。
 一口紅茶を飲み――、やけにゆっくりとした口調でシャオに言う。

「……シャオ、君は落ち着いたほうがいいな。仕方あるまい。わけも分からず王宮に連れてこられたのだ。目が覚めたら王宮など、怯えるなど無理もない。食事をすれば、気分も落ち着く」
「ふざけるな、誰が食事などーー」
「ルカ」
 
 男は視線をシャオの後ろにいるルカにやった。ルカの息を飲む音がしたあと、息を吸う音が聞こえた。
 やばい。シャオの本能が背後にいるルカに対し警鐘を鳴らしている。
 抵抗するのは無駄だとしても、シャオは絞り出したような声でルカに抵抗する。

「やめ――」
「食事を、してください」
「ッ! ぐっ、ふっ、うっーー」

シャオの手は勝手に置かれたナイフとフォークを持った。
持った手はシャオの意志とは無関係に肉を切り、シャオの口にそれを運び込む。

「うぐっ、ぁ、あ、ぐ」

シャオは無理やり口の中に放り込まれた肉を咀嚼した。味なんて分からない。ただ口に運ばれた食事を飲み込むだけだ。
やがて、口の中の食べ物を飲み込む。ごくりと喉が鳴らす音が体に響く。吐き出したいくらい気持ち悪い。
だが、シャオの手は勝手に次の料理を口へ運んでいる。目の前には大量の料理がある。この地獄がいつまで続くのか。想像するだけでも恐ろしい。

「ぐぅーー、ふっーー、ンーー、うっ、ーこ、ころーーす」

嘔吐くような、喉を詰まらせたような声を漏らしながらシャオの口は勝手に開き、肉を咀嚼し、嚥下しつづけた。
ここまでアランとの場所が離れていても従属魔法が効くとは思わなかった。
シャオが熱を出した時にされた従属魔法がここにきてシャオを苦しめるなど考えもつかない。
解くには従属魔法の解除方法を見つけるか、アランが眠るなどし従属魔法を結んでいる意識が弱められるのを待つしかない。
現実的なのは後者だ。
だからシャオは今、屋敷にいるアランが眠るのをひたすら遠い王宮で待っていた。

――主ッ! お眠りを、どうか、お眠りを……!!

 アランの身がいったん無事なことは従属魔法が効いていることからわかる。
 しかも、屋敷全体にはシャオが敷いた結界がかかっている。屋敷に暮らす人間以外が入らないようにするものが。
 アランの身はいったんは無事なはずだ。王宮に連れてこられたことを考えても、大した時間がかかっているわけがない。
 主は無事だ。だから、シャオは遠く離れた王宮の地でアランが眠りにつくのを必死で心の中で祈っていた。
 だが、それとは正反対に手は勝手に食べ物を切りわけ、口の中に運んでくる。
 それを吐き出すことも出来ず、次第に膨らむ腹の気持ち悪さにシャオは涙を零した。

「泣くほど美味しいかい?」
「こ、ろーー、ぅっ、あっ、ふーー!」

男は涙を流しながら食べるシャオを見ながら紅茶を飲んでいた。
その瞳はアランと同じ銀の瞳で、笑った顔はアランと少しだけ似ていた。
イース・フォン・クレメンツ。
この国の王であり、アランの弟である男をシャオはこれまでに無い殺意を向けた。
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