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暖炉の火

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「……ッ」

だが、シャオはルカをどうしようもできないのだ。
その事がシャオは悔しくて悔しくてたまらない。
アランが必要とする従者でありたいのに、それが出来ないのだ。
しまいには主であるアランに縋りついて、食事の準備を怠る、そんな最低な従者に成り下がっている。
視界が涙で微かに歪む。

「も、申し訳っ……ありません」
「シャオ」
「……ッ」

アランの節ばった手がシャオの頬に触れた。
驚いて思わず目を瞑れば、アランの手はそのまま下へと動き、首筋を撫で、肩へと降りる。
服の上からだというのに、その手の冷たさにシャオはぞくりとした。

「俺に、何を求める?」
「……何を?」

言葉の意味がわからず、シャオは目を開ける。
 アランはシャオの目から零れた涙を親指で拭った。

「俺に、何を求める?」

もう一度、同じ言葉を繰り返す。
その目は完全に据わっており、普段のアランではないような雰囲気にシャオは後ずさるが、いつの間に肩に置かれた手がそれを許さない。逃すまいとする指が肩に食いこんでいる。

「わ、私は……」

声が出ない。
この答えで今後のアランとシャオの関係が大きく変わってしまうような気がした。シャオが求めていること、そんなこと決まっている。

「わ、私は……アラン様の従者でございます」

言った後に出来た胸の奥のつかえをシャオは気づかない振りをした。
その代わり、アランの目を見て、精一杯の笑みを浮かべた。

「そうか」

アランは簡潔にそう言ったあと、瞳が濃くなる。
まさかまた従属魔法、と思い身構えた。
 
 『呼び名を自由にしろ』
「あっーー」

頭の中に縛られている紐が少しだけ緩められた感覚がした。抑えるように置かれた手がどけられる。 
アランが呼び名を縛る従属魔法を解除したのだ。

シャオはおそるおそる、アランに問いかける。

「あ、あるじ……」

言える。アランではなく、主とハッキリと。
そのことに、シャオは歓喜のあまリ跳ね上がるのを必死で抑えながら頭を下げた。

「ありがとうございます!」

これでいつも通り「主」と呼べることが出来る。アランという呼び方ではなく、主と。
従者として、アランを呼ぶことが出来る。シャオは心の底から喜び、その衝動を抑えられなかった。

「……ルカは、俺の計画の協力をしてくれている。あやつが戻り次第、お前にもやって欲しいことがある」
「わかりました! 何なりとお申し付けください!」

嬉しさのあまり満面の笑みになりながら頷くシャオをアランの笑みが見下ろした。
必要とされている喜びにシャオの胸は躍る。
だがーー、その高鳴りは突然シャオの頭に鳴り響いた鐘の音で止められた。
鐘の音に驚き、シャオは立ち上がる。窓の中央に視線を向け、見えない先を睨んだ。

「……ッ」

この感じ、1ヶ月ほど前にもあった。
頭の中に鳴り響く警報音がシャオに魔法士として、アランの従者としてのの感覚を呼び覚ます。

「……主、申し訳ありません。探知魔法に誰かが引っかかりました」
 
低く呟いたシャオにアランは目を見開き、窓の外を見つめた。

「どこからだ?」
「わかりません……ですが、魔素を複数感じます。相手は魔法士。もちろんルカではありません」

壊された結界の代わりにシャオが敷いた探知魔法は屋敷のある程度の距離に誰かが近づくとシャオの頭の中に警報がなる。
1か月前のルカもシャオのしいた探知魔法に引っかかったのだが、今回は違う。1人ではない。複数の人間が、屋敷に近づこうとしている。

「……主、念の為ですが、自室にて待機してください」

アランの自室にはシャオが敷いた最高峰の防御魔法が敷いてある。仮に数千発の魔法弾を当てられたとしてもその部屋だけは無事な程のものを敷いたから、アランはそこに入れば問題ない。
 無論、屋敷に近づく前に不穏な奴らは排除するつもりだ。今回はルカのような真似はしない。

「……主、いってよろしいでしょうか?」

シャオはアランの方に目を向けた。
アランは不安からか複雑な表情をしていたが、頷く。

「ああ」
「すぐに戻ります」

そう言い残し、シャオは執務室からでた。
半日ぶりの廊下の冷たい風が高揚した気持ちを冷ましていく。
いつの間にか胸に出来ていたつかえも取れた気がした
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