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お気に入りは主のマッサージ ※R15描写あり

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 アランの柄にもない困惑の色をした声にシャオは慌てて涙を服の袖で拭う。

「……なんでもありません! 目にゴミが入ったようです」
「……」

 アランの銀の瞳が訝しげに細まる。
 何かを言いかけようにもしていたが、シャオがうつ伏せになるように言うと黙ってうつ伏せに変わってくれた。
 アランの顔が見えなくなったところでシャオは深い深呼吸をする。
 自分が泣くなどありえない。自分の体に何が起きたのか分からないまま胸の苦しさを我慢し背中側のマッサージに集中した。

「……ッ」

 香油の匂いで落ち着けば良いのに1度出た涙は止まらず、アランの背にシャオの涙が落ちる。
 拭わねばと思うのだが、それを拭う余裕がないほど、シャオの胸の苦しみは先程よりも更にひどくなってゆく。

「……ッ、ァ」

 なんなのだ。この感覚は。
 初めての感覚だ。この胸の苦しみは我慢できない。このままでは、主のマッサージに集中出来ない。

「……シャオ」
「も、申し訳ありません主!」

 アランがシャオの異変に気付き振り向く。
 主を困らせるわけにはいかない。早く落ち着けと自分に言い聞かせるが、胸の苦しさは先程よりも強く胸を苦しめる。

「ッ……、ハッ……」

 収まらない胸の痛みと同時に、苦しさも感じてきた。
 呼吸をせねばと息を吸う。だが、吸えば吸うほど更に息苦しくなっていく。
 息が出来ていないのだ。自分のおかしくなった体に混乱する。

「あ、ある、主……! 申し訳、ありッ、ませ――」

 息も絶え絶えになりながら謝ろうとした時だった。

「――ッ!」
 
 シャオの口に急になにか固いものが入れられた。
 胸の痛みを忘れ噛み付こうとしたが、それがアランの指であることに気づき、シャオの目が大きく見開いた。

「ンッ――!」

 口の中に指を入れられるとは夢にも思わず、シャオはされるがままにアランの骨ばった指で口内を掻き回される。
 胸の痛みも、涙も忘れてしまうが、アランはそんなことお構い無しにシャオの口内を掻き混ぜる。

「あ、あふ、あふ、し……! んっ、ふっ……」

 息もできず、口内を蹂躙される感覚。
 体も上手く力が入らず、気がついけば自分はアランに押し倒されるような形となっていた。

「ぁ、ンッ! あ、ぁふ……!」

 伸びた赤い髪がシャオの頬を触った。
 その美しいアランの顔がシャオの視界にめいいっぱい広がり、シャオの心臓がどくんと高鳴る。
 アランの顔がどんどん近づいてゆく。
 こんなに近づいたこと、アランの忠臣になってから1度もない。初めてだ。

「ぁ、ある……」

 シャオの口からアランの指が抜かれる。
 空いたその口に、新たに入れられたのはぬめりけのある何かだった。

「んゥ……!」
 
 その何かはシャオの口内をぐるりと這った後抜かれ、再び離れたアランの銀の瞳が自分を見つめている。
 その瞳が少しだけ色が濃くなったのを見てシャオは身をこわばらせた。

 ーーく、来る!

『息を吐け』

 頭が鷲掴みされる感覚がした。
 途端に、シャオの体は体の中にある空気を全て吐こうとする。
 
 ――従属魔法ッ!!
 
 アランがシャオに従属魔法をかけたのだ。

「ハッ――、ハッ、ハァッ……!」

 体の生殺与奪をアランに握られてしまった。
 息を吐ききっても、この息を吐く行為はアランが辞めぬ限り辞められない。
 例え、シャオの体が酸欠になろうとも体は息を吐こうとしてしまう。解放されたければ意識を失うしかない。

「あ、ぁる……、ハァ、ァ、ぁ、る……!」
 
 息も絶え絶えになりながらもアランにもうやめて欲しいと伝えようとした。
 だが、アランは辞めるつもりがないのか、シャオを押し倒した形のまま息を喘ぐシャオを見つめている。
 意識が遠くなり、このまま気を失うのかと思った時、再度アランの銀の目が色濃く変わった。

『息をしろ』
「ハ、ハァ……、ハァッ、ハッァ……!」

 ようやく自由に息をすることを許され、シャオはシーツの上に芋虫のように蹲りながら息を整える。
    従属魔法をアランとシャオが結んで早数年、この頭を鷲掴みされる感覚は慣れることはない。そもそも自分はアランの忠臣で、アランのやりたいことは命令される前から察し動いてきた。
    そのため従属魔法自体、アランと結んでから今を含めても片手で数えられる程しかした事がないのだ。体が正常に戻るのにも苦労してしまう。
    だが目の端でアランの指についた自分の汚れた唾液を見てしまい、シャオは急いでアランに清潔な布を渡した。
 
「あ、主! こ、こちらを」
「……」
 
 布をもらったアランが指を拭う姿に改めて血の気が引く。
 そのままベッドから急いで降り、むき出しの床に額をこすり付けた。

「申し訳ありません!」

 落ち着いた今ならわかる。自分は過呼吸になっていたのだ。
 過呼吸とは何らかの原因で呼吸の機能が壊れ、浅い呼吸を繰り返してしまう現象だ。
 十分な呼吸が出来ないこの症状の対処は息が吸えずに混乱している相手を落ち着かせ、息を吸う事より吐かせる事を意識づけること。
 この過呼吸と呼ばれるものをアランとシャオは昔、遠征に行った先の新米兵がなっていたのを見たことある。
 その新米兵は熟練兵に先程のシャオがされたような荒々しい介抱をされていたが、アランとシャオは主人と従者。
     従者が主人の介抱をしても従者が主人の介抱をするなど、聞いたことがない。

「申し訳ありません!  あ、主にこんな……、何で償ったらいいのか 」
「……よい」

 謝罪するシャオに対し、アランの声は冷たかった。
 当たり前だ。アランはシャオに失望している。
 まさか自分が主であるアランに介抱されるなんて。
 自分のありえない失態にシャオは唇を噛んだ。

「申し訳ありません……!   罰は甘んじて受けます。どうか、どうか私を罰してください!」
「……今日は、もう寝る。服を着せろ」
「ッ、……かしこ、まりました」

 簡潔な主の言葉はなじられるよりも辛い。
 シャオはよろける足を辛うじて支えながら立ち上がり言われた通りにアランの体に着いた香油を拭き取り、服を着せ直した。
 その間もアランは黙ったまま、ベッドの中に身を沈ませている。
      
「……申し訳ありません」
「……」

 アランは何も言わずでシャオに背を向ける。
 出て行けという意味だと察し、シャオはアランの部屋を出ると持っていた道具を片付けることなく、自室に飛び込んだ。
 道具が勢いよく音を立てて落ち香油が床に散らばる。シミを作るが気にする余裕はない。

「ウッ……、ウッ、アッ……!」
 
 シャオはベッドに倒れ込み枕に顔を押し付け、泣き声が誰にも聞こえないよう、1人咽び泣いた。


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