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怒り
しおりを挟む無理やり抱いた後のファルと同じ部屋に過ごすことはしたくなかった。
かといって塔の空き部屋は日当たりが悪く、風通りも悪いためコルドは専ら寝る以外は城内の中の散策をしていた。
城内は城外よりは整備しているはいえ、城外に近い方だとコルドも歩きやすい。そこを歩きながらぼんやりと過ごすのが最近のコルドだった。
もうしばらく城外の宿舎には帰っていない。
ユーリはどうしているだろうか。そういえば、故郷への手紙は書きかけだった。
一旦戻って手紙を書くくらいはした方が良いかもしれない。
そういったことを考えながらコルドが散歩を終えると、塔の前にいたのは老人だった。
首飾りが盗まれた以降、顔を合わしていなかった老人は顔を赤くし、コルドの姿を見つけると勢いよくこちらに向かっていった。
「…………っ!」
有無を言わさず胸ぐらを掴まれ、コルドは仰け反る。
老人とは思えない力で締めあげられたコルドはどうにか息苦しさを耐えながら老人を見る。
老人の顔は眉が吊り上がり、肩で息をし、目は興奮しているのか赤く充血をしていた。
明らかに正気ではない老人の様子にコルドは声も出せなかった。
「お前……、お前……!!」
老人は拳を強く握る。
「あんな、あんなことを、彼に――」
老人の言葉だけでコルドは老人がなぜこんなにも怒り狂っているのかを察した。
おそらく老人は城に入り意識を失っているファルを見たのだ。
老人にとってファルは花を贈る程に大切な存在だ。
それが、理由がどうであれ今のコルドがファルにしていることは許されないのだろう。
コルドは声を絞り出す。
「……っ…殴る、なら、殴れば良いでしょう」
コルドも殴られることの覚悟は出来ていた。
だが、それでも行っていることに対しての罪悪感はなかった。
その思いを込めるようにコルドは胸ぐらを掴まれながら老人を睨んだ。
コルドと老人、2人の膠着した時間が過ぎていった。
「…………」
「…………」
長い膠着の後、老人は掴んでいた胸ぐらを離した。
苦しそうな、悔しそうな顔をしている老人にコルドは何を言えばいいのか分からず下を向いた。
老人の拳は震えている。
その震えは、コルドを殴るためではなく、コルドを殴らないように必死に自分を制御しているようにも見えた。
その拳をコルドには不思議に思えた。
「殴らないのですか?」
「……お前に振るう、拳が勿体ない。」
絞り出した老人の声がやけに自分の頭に反響する。
黙り込むコルドに老人は何度か自分を落ち着かせるように息を吐いた。
「なぜ、お前は――」
「王の、命令です」
「それはどこからだ。彼を抱くことか? それとも、彼の尊厳を嬲ることか?」
「……尊厳など、彼にはないでしょう」
コルドの言葉に老人は殺意を込めてコルドを見た。コルドはそれを見ながらさらに言葉を続けた。
「今更、彼になんの尊厳があるというのですか? 塔から出れず、王の男娼として暮らすことになんの尊厳が?」
「お前――!!」
「私は断言できます。王の男娼の彼よりも私の方が遥かに尊厳を持っていると。彼はその私に嫉妬をし、命より大事な私の両親の形見を奪ったのです」
コルドはそういって父の首飾りを老人に見せた。
老人はコルドの顔と首飾りを何度も見比べている。
「……本気で言っているのか?」
漠然とした老人の問いにコルドは答えることはなかった。
その代わり、老人の瞳を真っ直ぐ見る。
そのコルドの意志の強さを悟った老人の気迫は次第に収まり、諦めたように息を吐いた。
その姿はまさに年相応の老人のそれだった。
「……なるほどな。尊厳がないからこそ、彼を蹂躙するというのか。私は、お前のことを思い違いをしていたよ。誰にでも平等で、仲間の中心にいたお前のことを」
「父でもない貴方に言われる筋合いはありません」
「そうだな、そうだった。間違えていたのは、選択を間違えたのは、俺だった」
老人は諦めたようにその場を離れた。
先程コルドを締め上げた体が嘘のように、老人の背中は小さかった。
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