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13.ペッテンでの一夜

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「クソ、どうなってるんだ!」
アポロニオが叫んだ。

あれからひたすら歩き続け、三人がペッテンという小さな町に着いたのは日が沈もうかという時だった。

モブランとサラは疲れ切って道端に座り込んでいる。
本来ならまだ店や食堂が開いている時間のはずだが全ての店が閉ざされている。
と言うか、三人が来た途端にみんな閉め始めたのだ。

「おい、店主!まだ日があるではないか、何故閉める?」
アポロニオは看板を片そうとしていた店の主に詰め寄った。

「へ、へえ、生憎と今日はもう売るものがなくなってしまいやして」

「ふざけるな!そこにあるではないか?」

「あいすいません、これはもう予約が入ってやして」

「ぬぬ、ならば売値の倍、いや三倍だそう。それを売ってくれ」

「……仕方ありませんね。お客様には負けましたよ」

ようやくパンと飲み物を手に入れた三人は路上でがつがつむさぼった。
結局朝からほとんど何も口にしていなかったのだ。

「よし、宿を探すぞ!」
パンを食べてようやく人心地つき、三人は町を回る事にした。
しかしどこにも宿が見つからない。
あっても満室だと断られてしまう。

「モブラン、一体どうなってるんだ!」
何軒も断られ、遂にアポロニオの癇癪が爆発した!

「……これは、我々の評判が広まってしまってるのかもしれませんね」

「?どういう事だ?説明しろ!」

「つまり、我々は昼頃に荷馬車から降ろされたじゃないですか?あの噂がこの近辺に既に広まってるんじゃないかって話ですよ」

「???何を言ってるんだ?」
アポロニオにはモブランの言っていることがさっぱりわからなかった。

「つまりですね、田舎ってのは噂が真っ先に広まるんですよ。我々を乗っけた荷馬車の主が我々の事をあれこれ吹きまわったせいでみんなが敬遠してるんじゃないかって事です」
「何を言ってる?我々は魔界へ裏切り者を討伐に行く勇者一行だぞ!歓迎されることはあっても避けられる謂れはないはずだ!」

それがあるんですよ、という言葉をモブランは飲み込んだ。
田舎領主お抱えの魔道士家族出身のモブランには田舎の習慣がよく分かっている。
人のうわさは燕よりも早く伝わり、半年たっても消えることはない。

「とりあえず、どこか休める場所を探さないと。このままでは野宿になってしまいます」
サラが提案してきた。
既に日は暮れかかり、あたりは暗くなり始めている。
日が落ちたら本格的に野宿確定だ。

クソ、とアポロニオは歯ぎしりをした。
以前の魔王討伐では宿関係の手配は全てテオが行っていた。

孤児院出身で街の裏事情に詳しいテオはどこからともなく安く居心地のいい宿を探しだしていて、アポロニオもそれが当然のことと思っていたのだ。

思い通りにいかない事に更に苛立ちが募る。

「あんたら、宿を探してるのかい?」
一人の少年が三人に声をかけてきたのはそんな時だった。
薄汚れた格好をし、手にはランタンを持っている。

「こっちに来なよ。宿ならあるぜ。飯だってある」
そう言ってさっさと歩きだした。

三人はしばし顔を見合わせ、結局少年の後についていく事にした。
うさん臭くはあったが他に頼るものもいないので仕方がなかった。

三人が案内されたのは森の向こうにある崩れ落ちそうなぼろ屋だった。
中に入るとテーブルについていた数人の客とカウンター越しの主がじろりと値踏みするように見回してきた。

「お客さん、まずは宿代を払ってくんな。一人銀貨十枚だ」
テーブルに着くなり主がつっけんどんに言ってきた。

「十枚?」
モブランが素っ頓狂な声を上げる。
一泊銀貨十枚など首都の高級宿でもそうそうない額だ。

「ふざけるな!そんな金額だせるか!」
アポロニオも怒声をあげる。

「嫌なら出てってくんな。うちは宿泊客にしか飯は出さねえんだ」
その言葉にアポロニオは言葉をのむ。
慌てて出立したから食料は既に底をついている。
寝るのは野宿で良いとしても腹を満たさなくては休むこともできない。

「……わかった。三人で銀貨三十枚だ。これでさっさと食べるものを用意してくれ」
しぶしぶと金を払う。

「飯代は別料金なんだ。一人銀貨三枚だ」
アポロニオはこの野郎、と突っかかりそうになるのを何とか堪えた。
額に青筋が立っている。

「これでいいだろ!さっさと用意しろ!」
叩きつけるようにカウンターに銀貨を置く。
テオフラスを討伐したら真っ先にこの宿を取り潰してやる、そう誓った。

「へへへ、そう怒りなさんなって、お三人方。ここの店主は態度はわりいけど味は確かだぜ」
テーブルについていた客がニヤニヤ笑いながら近寄ってきた。

「失せろ、酔っ払い。私は機嫌が悪いんだ」
アポロニオが低い声で脅す。

「まあまあ、腹が立つのは腹が減ってるからってね。これでも飲んで落ち着きなって」
懲りずに男は近寄ると持っていたワインボトルからワインを継ぎ、三人の前に置いた。

「俺からの奢りだよ。これでも飲んで一息つきなよ」
そう言って元のテーブルに去っていく。

アポロニオはむかむかしながらそのワインをあおった。
さっき飲んだ水程度では喉の渇きは収まらなかったのだ。

サラとモブランもそれに続いでワインを飲む。
酸っぱいワインだった。

「おい、店主!何をしている!食事はまだか!」
そう叫んだアポロニオの視界がぐにゃりと歪む。
なんだ?何が起きたんだ?
周りを見るとモブランとサラは既にテーブルに突っ伏している。

「お客さん、だいぶ疲れがたまってるんじゃないか?そろそろベッドに入った方が良くないか?」
さっきの男が心配そうに聞いてきた。

そうだ、俺は一日歩き詰めだったんだ、だいぶ疲れてるみたいだ。

これは早く寝た方が良さそうだ……

そこでアポロニオの意識は途切れた。


目を覚ました時、宿はもぬけの殻だった。
というかそこは元々廃墟だった。

今は客はおろか、主の姿すらない。

アポロニオが目を覚ましたのは昨晩眠り込んだテーブルだった。
ぼんやりとした頭で辺りを見回していたが、やがて一つの事に思い当たり青ざめつつ懐をまさぐった。

やられた。

財布が抜き取られ、肩身離さず持っていた聖剣アルゾルトまで消えている。

「サラ、起きるんだ。モブラン、君もさっさと起きろ!」
未だにテーブルに突っ伏している。

「あいつら、財布をすりやがった!」
どやしつけるようにモブランを叩き起こす。

寝ぼけ眼で懐を探っていたモブランとサラの顔から血の気が引いていく。
二人もやられたのだ。
サラの持っていた魔晶を埋め込んだ聖棍も消えている。

「クソ!あのクソ野郎!クソ!クソ!クソ!」

アポロニオは怒りに青ざめた顔でテーブルを蹴飛ばした。
重たい丸テーブルが天井まですっ飛び、穴を開ける。

「あいつら全員ぶっ殺してやる!」
血相を変えて廃墟を飛び出す。
サラとモブランも慌てて飛び出した。

町に着くなりアポロニオは近くにいた人間に食ってかかった!

「おい、森の向こうにある宿の主はどこだ!禿頭の大男だ!」

「や、宿?あんなところにそんなものはねえよ」
突然胸ぐらをつかまれた男は目を白黒させている。

「ふざけるな!お前らもグルなんだろ!さっさとあいつらを連れてこい!いいか、俺は勇者だぞ!こんなちんけな町いつだって……」

「それ以上は駄目ですって!」

慌ててアポロニオを制するモブラン。
アポロニオは目が血走り、正気を失いかけている。

「ここの連中がグルだという証拠はないんです。今の我々にはどうしようもないですよ」
殺気のこもった眼で睨みつけるアポロ二オを必死でなだめる。

「ほら、私がいざって時のために杖に隠してたへそくりは無事ですから。」
モブランはそう言ってアポロニオに銀貨を見せた。

全部で五枚、本当はもう五枚あるがそれは黙っていた。
アポロニオはしばらくそれを睨み、何も言わずひったっくた。

「ふん!いいか!今度この町に来た時は貴様ら全員尋問にかけてやる!しかるべき報いを絶対に受けさせてやるからな!」
そう怒鳴り、ずかずかと歩いていく。

「サラ、モブラン!こんな町さっさと出ていくぞ!」
サラとモブランも慌ててそれに続く。
モブランの頭の中にあるのはどうやってこの一行から抜けられるかという言い訳だけだった。


「連中、出ていったかい?」
禿頭の大男―名はダムシンという―が先ほどの男の元にやってきたのはアポロニオたちが立ち去って一時間ほどたってからだった。

「ああ、すげえ怒ってたぞ!目つきで殺しかねない勢いだったぜ」
その男、マチミンはそう言って爆笑した。

「たまにいるんだよな、この辺が盗人街道と呼ばれてる事を知らずに通る馬鹿が。まあ殺さなかっただけ俺たちも優しいよな」

「違えねえや」
そう言ってダムシンも笑った。
町のみんなが笑っている。

久々の大物だった。
これでしばらくは豪遊できそうだ。
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