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火神教騒乱
35.凄惨な光景
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「テツヤさん!」
三人を逃がしていた部屋への入り口を開けるとエイラが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「倒したのか?」
ゼファーが今も意識が戻らないヘルマを肩に担ぎながら出てきた。
その手にはまだ剣が握られている。
「ああ、奴は溶けて消えたよ」
「ならばあとはスカルドのみということか」
「そういうことになるな。奴を追いかけよう」
俺たちはスカルドが消えた扉へと向かった。
最大の脅威は去ったとはいえ燼滅教団にはまだ多数の信者がいるはずだ。
それが全く姿を見せていないというのが不気味だった。
扉に手を当てて向こうの様子を探る。
扉の向こうは更に巨大な空間になっていて、そこに多数の人間の気配があった。
人数は千人…いや二千人近くいる。
しかし何か様子が変だ。
慎重に扉を開けて奥の様子を窺う。
「なっ…!」
俺はその光景を見て絶句した。
そこには異様な光景が広がっていた。
体育館ほどの広間に燼滅《じんめつ》教団の信徒が集まっていた、が、みな地面をのたうち回って苦しんでいた。
老いも若きも、男も女もみな腹を押さえて地面にうずくまっている。
苦しみもがく声が広間を埋め尽くしていた。
「こ、これは…?」
あまりの光景に気付けば後ずさっていた。
「こ、ここに連れてこられた時に聞いたことがあります。ウルカン様を降臨させたら燼滅教団の信徒はみな天に召される、その用意は既にできていると」
青い顔をしてエイラが答えた。
凄惨な光景を直視できないのか俺の影に隠れている。
まさかこれがスカルドの言っていたことなのか?
本当に全信徒を集めて集団自決するつもりなのかよ!?
「燼滅教団は終末思想を持った宗派の中でも極北だ。奴らの究極目標は全人類を殺したのちに自らも命を絶つことにある。その目標が断たれた今、自分たちだけで死ぬことを選んだのだろう」
ゼファーが呟いた。
「クソッ」
俺は部屋の中に駆け込んだ。
「何をする気だ?」
「こんな光景を見て黙っていられるわけないだろ!」
俺は一番近い場所で苦しんでいる子供を抱き起した。
地面に青いお椀が転がっている。
これで毒を飲んだのか!
腹に手を当ててスキャンを開始する。
(致死量のタリウム、その他非致死性の生物毒)
タリウム?日本で殺鼠剤に使われていたこともある劇薬じゃないか!
しかしなんでこんなに早く苦しんでいるんだ?
タリウムは急性中毒でも症状が出るのに半日はかかるはず。
「おそらくそれは燼滅教団の入滅方法だろう」
背後で声がした。
振り返るとゼファーの肩に抱えられたヘルマだった。
意識が戻ったのか!
「燼滅教団では苦しんで死ぬことでよりウルカンへ近づけると考えている。そのために入滅の際は遅効性の毒を飲み、更にその毒が効果を発揮するまで別の毒を一緒に服用するのだ」
「なんだよそれ!そんなの正気じゃねえだろ!」
「それが燼滅教団という存在なのだ」
知らず知らずのうちに歯噛みをしていた。
冗談じゃねえ、そんな狂気に信徒全員をつきあわせたってのかよ!
「クソ!」
なにか、何かないのか!ここで苦しんでいる人たちを救う方法は!
その時子供の横に転がっているお椀が目に留まった。
目にも鮮やかな真っ青なお椀だ。
ひょっとして…
俺はお椀を手に取った。
(染料はプルシアンブルー)
やっぱりだ!こいつはプルシアンブルー、紺青が塗られている!
そして紺青はタリウムの解毒剤にもなる!
辺りを見れば他の信徒のお椀も同じように紺青を使っていて、更に壁や柱も紺青で塗られていた。
とりあえずまずはこれを飲ませるんだ!
意識を集中させ、お椀や壁、柱から紺青を集める。
空中で巨大な球となった紺青を細かく分けていき、床で苦しみもがく信徒へ飲ませていった。
ヘルマの言葉通りならタリウム中毒で死ぬのであって今苦しんでいる毒では死ぬことがないはずだ。
「これだけの数を助けるというのか。彼らは自ら死を選んだのだぞ」
ゼファーが呆れたように言った。
「だとしてもだ!こんなのを見せられて何もしないわけにはいかねえだろ!子供だっているんだぞ!」
俺は床で苦しんでいる子供を抱き起した。
涙と吐しゃ物で顔中が汚れている。
とても正視できるような姿じゃない。
俺は子供の体内に意識を集中した。
体内に溶け込もうとしているタリウムを集めて口から吐き出させる。
かつてテナイト村でヒ素中毒の村人を助けたのと同じ手順だ。
それでもやはり体内から毒物を取り出すのは魔力の消費が凄まじい。
あの時は五十人くらいで魔力切れを起こして気絶してしまった。
俺は部屋の中を見渡した。
苦しんでいる信徒は二千人近くいる。
俺にできるのか?
胃袋が鉛でも飲み込んだように重くなる。
それでもやるしかない。
自分に何かができるのに何もせずに見過ごすなんて御免だ!
俺は毒を排出させた子供を床に寝かせ、次の被害者へと向かった。
三人を逃がしていた部屋への入り口を開けるとエイラが嬉しそうに駆け寄ってきた。
「倒したのか?」
ゼファーが今も意識が戻らないヘルマを肩に担ぎながら出てきた。
その手にはまだ剣が握られている。
「ああ、奴は溶けて消えたよ」
「ならばあとはスカルドのみということか」
「そういうことになるな。奴を追いかけよう」
俺たちはスカルドが消えた扉へと向かった。
最大の脅威は去ったとはいえ燼滅教団にはまだ多数の信者がいるはずだ。
それが全く姿を見せていないというのが不気味だった。
扉に手を当てて向こうの様子を探る。
扉の向こうは更に巨大な空間になっていて、そこに多数の人間の気配があった。
人数は千人…いや二千人近くいる。
しかし何か様子が変だ。
慎重に扉を開けて奥の様子を窺う。
「なっ…!」
俺はその光景を見て絶句した。
そこには異様な光景が広がっていた。
体育館ほどの広間に燼滅《じんめつ》教団の信徒が集まっていた、が、みな地面をのたうち回って苦しんでいた。
老いも若きも、男も女もみな腹を押さえて地面にうずくまっている。
苦しみもがく声が広間を埋め尽くしていた。
「こ、これは…?」
あまりの光景に気付けば後ずさっていた。
「こ、ここに連れてこられた時に聞いたことがあります。ウルカン様を降臨させたら燼滅教団の信徒はみな天に召される、その用意は既にできていると」
青い顔をしてエイラが答えた。
凄惨な光景を直視できないのか俺の影に隠れている。
まさかこれがスカルドの言っていたことなのか?
本当に全信徒を集めて集団自決するつもりなのかよ!?
「燼滅教団は終末思想を持った宗派の中でも極北だ。奴らの究極目標は全人類を殺したのちに自らも命を絶つことにある。その目標が断たれた今、自分たちだけで死ぬことを選んだのだろう」
ゼファーが呟いた。
「クソッ」
俺は部屋の中に駆け込んだ。
「何をする気だ?」
「こんな光景を見て黙っていられるわけないだろ!」
俺は一番近い場所で苦しんでいる子供を抱き起した。
地面に青いお椀が転がっている。
これで毒を飲んだのか!
腹に手を当ててスキャンを開始する。
(致死量のタリウム、その他非致死性の生物毒)
タリウム?日本で殺鼠剤に使われていたこともある劇薬じゃないか!
しかしなんでこんなに早く苦しんでいるんだ?
タリウムは急性中毒でも症状が出るのに半日はかかるはず。
「おそらくそれは燼滅教団の入滅方法だろう」
背後で声がした。
振り返るとゼファーの肩に抱えられたヘルマだった。
意識が戻ったのか!
「燼滅教団では苦しんで死ぬことでよりウルカンへ近づけると考えている。そのために入滅の際は遅効性の毒を飲み、更にその毒が効果を発揮するまで別の毒を一緒に服用するのだ」
「なんだよそれ!そんなの正気じゃねえだろ!」
「それが燼滅教団という存在なのだ」
知らず知らずのうちに歯噛みをしていた。
冗談じゃねえ、そんな狂気に信徒全員をつきあわせたってのかよ!
「クソ!」
なにか、何かないのか!ここで苦しんでいる人たちを救う方法は!
その時子供の横に転がっているお椀が目に留まった。
目にも鮮やかな真っ青なお椀だ。
ひょっとして…
俺はお椀を手に取った。
(染料はプルシアンブルー)
やっぱりだ!こいつはプルシアンブルー、紺青が塗られている!
そして紺青はタリウムの解毒剤にもなる!
辺りを見れば他の信徒のお椀も同じように紺青を使っていて、更に壁や柱も紺青で塗られていた。
とりあえずまずはこれを飲ませるんだ!
意識を集中させ、お椀や壁、柱から紺青を集める。
空中で巨大な球となった紺青を細かく分けていき、床で苦しみもがく信徒へ飲ませていった。
ヘルマの言葉通りならタリウム中毒で死ぬのであって今苦しんでいる毒では死ぬことがないはずだ。
「これだけの数を助けるというのか。彼らは自ら死を選んだのだぞ」
ゼファーが呆れたように言った。
「だとしてもだ!こんなのを見せられて何もしないわけにはいかねえだろ!子供だっているんだぞ!」
俺は床で苦しんでいる子供を抱き起した。
涙と吐しゃ物で顔中が汚れている。
とても正視できるような姿じゃない。
俺は子供の体内に意識を集中した。
体内に溶け込もうとしているタリウムを集めて口から吐き出させる。
かつてテナイト村でヒ素中毒の村人を助けたのと同じ手順だ。
それでもやはり体内から毒物を取り出すのは魔力の消費が凄まじい。
あの時は五十人くらいで魔力切れを起こして気絶してしまった。
俺は部屋の中を見渡した。
苦しんでいる信徒は二千人近くいる。
俺にできるのか?
胃袋が鉛でも飲み込んだように重くなる。
それでもやるしかない。
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