上 下
206 / 298
火神教騒乱

35.凄惨な光景

しおりを挟む
「テツヤさん!」

 三人を逃がしていた部屋への入り口を開けるとエイラが嬉しそうに駆け寄ってきた。


「倒したのか?」

 ゼファーが今も意識が戻らないヘルマを肩に担ぎながら出てきた。

 その手にはまだ剣が握られている。


「ああ、奴は溶けて消えたよ」

「ならばあとはスカルドのみということか」

「そういうことになるな。奴を追いかけよう」


 俺たちはスカルドが消えた扉へと向かった。

 最大の脅威は去ったとはいえ燼滅じんめつ教団にはまだ多数の信者がいるはずだ。

 それが全く姿を見せていないというのが不気味だった。

 扉に手を当てて向こうの様子を探る。

 扉の向こうは更に巨大な空間になっていて、そこに多数の人間の気配があった。

 人数は千人…いや二千人近くいる。

 しかし何か様子が変だ。


 慎重に扉を開けて奥の様子を窺う。


「なっ…!」


 俺はその光景を見て絶句した。




 そこには異様な光景が広がっていた。




 体育館ほどの広間に燼滅《じんめつ》教団の信徒が集まっていた、が、みな地面をのたうち回って苦しんでいた。

 老いも若きも、男も女もみな腹を押さえて地面にうずくまっている。

 苦しみもがく声が広間を埋め尽くしていた。


「こ、これは…?」

 あまりの光景に気付けば後ずさっていた。


「こ、ここに連れてこられた時に聞いたことがあります。ウルカン様を降臨させたら燼滅じんめつ教団の信徒はみな天に召される、その用意は既にできていると」

 青い顔をしてエイラが答えた。

 凄惨な光景を直視できないのか俺の影に隠れている。


 まさかこれがスカルドの言っていたことなのか?

 本当に全信徒を集めて集団自決するつもりなのかよ!?


燼滅じんめつ教団は終末思想を持った宗派の中でも極北だ。奴らの究極目標は全人類を殺したのちに自らも命を絶つことにある。その目標が断たれた今、自分たちだけで死ぬことを選んだのだろう」

 ゼファーが呟いた。


「クソッ」

 俺は部屋の中に駆け込んだ。


「何をする気だ?」

「こんな光景を見て黙っていられるわけないだろ!」

 俺は一番近い場所で苦しんでいる子供を抱き起した。

 地面に青いお椀が転がっている。

 これで毒を飲んだのか!


 腹に手を当ててスキャンを開始する。

(致死量のタリウム、その他非致死性の生物毒)


 タリウム?日本で殺鼠剤に使われていたこともある劇薬じゃないか!

 しかしなんでこんなに早く苦しんでいるんだ?

 タリウムは急性中毒でも症状が出るのに半日はかかるはず。


「おそらくそれは燼滅じんめつ教団の入滅方法だろう」


 背後で声がした。

 振り返るとゼファーの肩に抱えられたヘルマだった。

 意識が戻ったのか!


燼滅じんめつ教団では苦しんで死ぬことでよりウルカンへ近づけると考えている。そのために入滅の際は遅効性の毒を飲み、更にその毒が効果を発揮するまで別の毒を一緒に服用するのだ」

「なんだよそれ!そんなの正気じゃねえだろ!」

「それが燼滅じんめつ教団という存在なのだ」

 知らず知らずのうちに歯噛みをしていた。

 冗談じゃねえ、そんな狂気に信徒全員をつきあわせたってのかよ!


「クソ!」

 なにか、何かないのか!ここで苦しんでいる人たちを救う方法は!

 その時子供の横に転がっているお椀が目に留まった。

 目にも鮮やかな真っ青なお椀だ。

 ひょっとして…

 俺はお椀を手に取った。


(染料はプルシアンブルー)


 やっぱりだ!こいつはプルシアンブルー、紺青こんじょうが塗られている!

 そして紺青はタリウムの解毒剤にもなる!

 辺りを見れば他の信徒のお椀も同じように紺青を使っていて、更に壁や柱も紺青で塗られていた。

 とりあえずまずはこれを飲ませるんだ!

 意識を集中させ、お椀や壁、柱から紺青を集める。

 空中で巨大な球となった紺青を細かく分けていき、床で苦しみもがく信徒へ飲ませていった。

 ヘルマの言葉通りならタリウム中毒で死ぬのであって今苦しんでいる毒では死ぬことがないはずだ。


「これだけの数を助けるというのか。彼らは自ら死を選んだのだぞ」

 ゼファーが呆れたように言った。


「だとしてもだ!こんなのを見せられて何もしないわけにはいかねえだろ!子供だっているんだぞ!」

 俺は床で苦しんでいる子供を抱き起した。

 涙と吐しゃ物で顔中が汚れている。

 とても正視できるような姿じゃない。

 俺は子供の体内に意識を集中した。

 体内に溶け込もうとしているタリウムを集めて口から吐き出させる。


 かつてテナイト村でヒ素中毒の村人を助けたのと同じ手順だ。

 それでもやはり体内から毒物を取り出すのは魔力の消費が凄まじい。

 あの時は五十人くらいで魔力切れを起こして気絶してしまった。


 俺は部屋の中を見渡した。

 苦しんでいる信徒は二千人近くいる。

 俺にできるのか?

 胃袋が鉛でも飲み込んだように重くなる。

 それでもやるしかない。

 自分に何かができるのに何もせずに見過ごすなんて御免だ!


 俺は毒を排出させた子供を床に寝かせ、次の被害者へと向かった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。

黒ハット
ファンタジー
 前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

処理中です...