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第五部~ベルトラン帝国

3.リンネ姫の兄

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 着替えた俺たちが向かったのはビキタの町から更に離れた山の中にある豪奢な屋敷だった。

 背面には山がそびえ、目の前は高台から草原の広がる一帯を見渡すことができる。

 リゾート地になるのも納得の絶景だ。



「それでは私たちはこれで失礼します。どうぞお気を付けください」

「うむ、向こうの警備が付いているとはいえ何があるかはわからない。お主たちも宿で待機しておいてくれ」

「はっ、それではセレン様、テツヤ殿、リンネ姫をよろしくお願いします!」

「ああ、任せておいてくれ」

 屋敷まで送ってくれた警護隊と別れを告げた俺たちは屋敷の中へと入っていった。

 リンネ姫についてきたのは俺とメイドに扮したセレンだけだ。

 武器の持ち込みは禁止されているので屋敷に入る前に俺とセレンには厳重な身体検査もあった。


 屋敷の中は外と劣らぬくらい立派なつくりで、入ってすぐが大広間になっている。

 しばらく待っていると広間の脇にある階段から降りてくる人物がいた。


「リンネ!久しぶりだね!」

「お兄様!」

 その人物を認めてリンネ姫が嬉しそうに駆け寄る。

 これがリンネ姫の兄なのか。

 顔立ちはリンネ姫によく似ていて髪の毛はリンネ姫よりも淡い橙色、眼の色はリンネ姫と同じ金と鳶色のオッドアイだけど左右の色がリンネ姫とは逆になっている。

 そしてリンネ姫と同じくとんでもない美形だった。

 二人が寄り添っている姿はまるで映画のワンシーンみたいだ。


「リンネ、ひょっとしてこの人が…?」

 思わず見とれているとリンネ姫の兄がこっちに気付いた。


「ええ、彼がテツヤです」

「おお、君があのテツヤ君か!」

 リンネ姫の兄が嬉しそうに叫ぶと俺の手を取って強く握ってきた。


「リンネから話は聞いているよ!是非一度会いたいと思っていたんだ!」

「は、はあ」

「ああ、これは失礼した。自己紹介がまだだったね。私はエリオン・フィルド、リンネの兄です」

 勢いに気圧されているとリンネの兄、エリオンが自己紹介をしてきた。


「どうも、俺はテツヤ・アラカワと言います。リンネ姫にはいつもお世話になっています」

「君のことはいつもリンネから聞かされていたよ。というかここ最近は君の話題ばかりで王国のことなんかそのついでという様相でね。僕としても君に興味が出てきたんだ」

「お、お兄様!私はそこまでテツヤのことばかり話してるわけじゃありません!」

「でも事実だろう?こうなると兄としては気になってくるじゃないか、愛する妹のハートを射止めた男がどんな人物なのかってね」

「もう、お兄様ったら!」

 顔を真っ赤にして怒るリンネ姫をエリオンが笑顔でいなしている。

 王家とはいえこうしていると兄と妹がじゃれ合っているようにしか見えないな。


「やあエリオン、その美しいお嬢様はどなたなんだい?」

 その時、通りかかった褐色の肌をした青年がエリオンに親し気に話しかけてきた。


「ああ、ファルド、こちらは我が妹のリンネさ。リンネ、この男は我が友人のファルドだよ。親御さんは元老院議員をされているんだ」

「初めまして、リンネ・フィルドと申します。兄がいつもお世話になっております」

「これはこれはご丁寧に。私はファルド・ザファル、あなたのように美しい方とお目にかかれて光栄です。エリオン、妹がいるのは知っていたがこんなに美人だったなんて聞いてないぞ」

「僕の妹なんだから美人に決まってるじゃないか」


「エリオン様の妹君なんですか?私にも紹介してくださいな」

「私にも!」


 気付けばいつの間にかエリオンとリンネの間には人だかりができていた。

 エリオンはこの学園の中ではかなり人気者みたいだ。

 それにリンネ姫の美貌が加わったら人が集まらないわけがない。


「ちょ、ちょっと待った、妹の紹介はパーティーが始まったら改めてするから、今はこの辺で勘弁してくれないか。妹も長旅で疲れているだろうから」

 エリオンが人混みをかき分けるようにリンネ姫を連れ出してきて俺にその手を握らせた。

「そういう訳でリンネ姫のお守を頼んだよ」

 そう言ってウィンクをしてきた。


「了解です!」

 その意図を察して俺はリンネ姫の手を引くと執事に案内されて部屋へと向かった。


「悪かったな、もうちょっと早く連れ出しとくべきだったのに」

「いや、構わなんよ。兄といるといつもああなのだ」

 ベッドに腰を下ろしたリンネ姫が肩をすくめた。

「兄は人当たりが良くてすぐに人気者になる性質でね、どこにいっても人が集まってくる。そこが私とは大違いだな」

「そうなのか?リンネ姫だってパーティーでは人気があるじゃないか」

「兄が私と違うのはそれを心から楽しんでいることさ。私はどうも駄目だな、ああいうのはいつまでたっても慣れない」


 リンネ姫はそう言って目を伏せて自嘲気味に微笑んだ。

「私は同じ年頃の女子とも馴染めないし、人と接するのはどうにも苦手でな。私に兄のような人当たりがあればもう少し姫としての役割も上手く果たせるのだろうが」

「そんなことはない。リンネ姫は上手くやってるさ」

 俺はリンネ姫の横に腰を下ろしてその手を握った。


「人と接するのが苦手でもいいじゃないか。リンネ姫には他に得意なことも魅力的な部分もあるだろ?俺たちがリンネ姫にどれだけ助けられてきたと思ってるんだ」

「テツヤ…」

「それに俺たちがリンネ姫についてきてるのはそういう得手不得手が理由じゃない。みんなリンネ姫の人柄に惹かれてるからだよ」

「そ、そう…かな」

 リンネ姫の頬が朱に染まっている。

「それともリンネ姫はついてくるのが俺たちじゃ不満かな?もっとイケメンたちの方が良かったか?」

「そ、そんなわけあるか!」

 リンネ姫が慌てたように叫んで俺のシャツの襟もとを掴んできた。

「わ、私はテツヤでいい!いや、テツヤじゃなきゃ嫌だ!」

「それは良かった」

「テ、テツヤは…どうなのだ?わ、私のような扱いにくい女じゃなくてもっとおしとやかなひとの方がいいのではないか?」

「だったらこんな所には来てないって。俺もリンネ姫じゃないと嫌だね」

 俺は上目遣いに見上げてくるリンネ姫の髪の毛を優しくさすった。

「テツヤぁ……」

 リンネ姫が俺の胸に顔をうずめる。


「オホン」

 その時部屋の片隅にいたセレンが咳払いをした。

「うわぁ!」

「きゃあ!」

 俺たちは慌てて距離をとった。

 やべえ、セレンの存在をすっかり忘れてた。というか気配を消してなかったか?


「そういうことをなさるのであれば席を外していましょうか?」

「い、いやいい!俺はもう部屋に戻るから!」


 俺は慌てて立ち上がった。

「じゃ、じゃあリンネ姫、またあとでな!」

「あ、ああ、また後で…それから…その、ありがとう。慰めてくれて」

「良いってことよ!それも俺の役目だろ?」

 俺はリンネ姫に親指を立てると部屋から出ていった。
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