上 下
74 / 298
トロブ復興

24.宴の後で

しおりを挟む
 その日の晩はリンネ姫を招いての盛大な宴会が開かれた。

 今回も町の有力者がヨーデン亭に集まり、俺の頼みでグランにも出席してもらった。

 最初は渋っていたグランだったけど結局は俺に借りがあるからと参加してくれた。

 なんだかんだ言ってこの地方で一番影響力を持っているのはグランなのだからリンネ姫に顔を通しておいて損はないはずだ。

 宴会の後でリンネ姫が俺の屋敷へと押しかけてきて、そこで二次会が始まった。




「ふう……」

 ようやく二次会が収まり、みんなが静かになってから俺は庭のベンチに腰掛けて一息ついた。

 恐ろしい宴会だった。

 途中でグランとアマーリアが飲み比べを始めたは良いものの、二人とも度を超えた酒豪だから酒がなくなってしまい、勢い余って腕相撲を始めてあやうくヨーデン亭が半壊する所だった。

「テツヤが黄昏れているなんて珍しいな」

 振り返るとそこにはソラノがいた。

「座ってもいいか?」

 頷くとソラノが横に腰かけてきた。

「今日は元気がなかったみたいだな」

 ぎくり。

「いやあ、そんなことないぞ?ちょっと騒ぎ疲れただけだって」

「だったらいいんだ」

 ソラノがそんな俺を見て微笑んだ。

 …

 ……

 …………

「なあ、俺がやってきたことって良かったのかな?」

「?どういう意味だ?」

 俺の言葉にソラノは不思議そうな顔をした。


「…今日はこの町の道路にアスファルトを敷いただろ」

「ああ、みんな喜んでいたな。私もあれは素晴らしいことだと思うぞ。あんなに奇麗で平らな道路は初めてだ」

「俺が行った世界ではあれが普通だったんだ。でもこの世界では違う。確かに生活は便利になったかもしれないけど、本当にそれで良かったんだろうか」

「何故だ?生活が便利になるのは良いことではないのか?」

 俺は空を見上げた。

 見事な満月が俺たちを照らしている。

「確かにそうかも知れないけど、俺はこの世界に急な変化を与えすぎてるんじゃないかと思って。バニラも道路も、ゴルドで作ったベアリングも本来はこの世界では使われていなかったものだろ。俺一人がこの世界を大きく変えすぎてるんじゃないかと思ったらちょっとね…」

 俺はこの世界に不可逆的な変化をもたらしてるんじゃないだろうか。

 もしそれで取り返しのつかないことが起きてしまったら、俺はどうしたらいいんだろうか?

 みんながそれによって酷い目に遭うことになったら……

 そう考えると目の奥が暗くなり、鈍い痛みが響いてくる。



 不意に俺の頭が引き寄せられた。。

「ソラノ?」

 ソラノは俺の頭を肩に抱きよせ、頭を持たせかけてきた。

 ソラノの細く輝く金髪から柔らかな香りが漂ってくる。

「そんなことに悩んでいたのか」

 ソラノの声はいつも以上に優しく柔らかに響いてきた。

「テツヤは確か六年間その地球という所で暮らしていたのだったな」

 俺はソラノに頭を抱きかかえられながら頷いた。

「ゴルドの通りはどこも石畳が敷かれているだろう?あれはテツヤがこの世界にいた六年前にはほとんどなかったのだぞ」

「本当なのか?とてもそんな風には見えないけど」

「本当だとも。ゴルドは千年の歴史を持っているが現国王の勅令によって新たに敷き直したのだ。おそらく六年前にゴルドを見ていたらあまりの変化に驚いていただろうな」

 俺はソラノが何を言いたいのかわからず、黙って聞いていた。

「つまりだ、この世界の変化はテツヤだけが起こしているわけではないということだ。今回のアスファルトだっていずれ誰かが同じことを考えたかもしれない。遅いか早いか、誰が考え実行したかの差でしかないのだ」

「……でも」

「ええい!まどろっこしい奴だな!」

 ソラノが俺の頭を更にきつく抱いた。

「私が言いたいのはだ、私はテツヤが良い奴だということを知っている。みんなのためを思って行動していることもだ。だから私はテツヤを信じている。テツヤのすることもだ」
 だから、とソラノは続けた。

「やったことは時に思いもしない良くない結果を生むかもしれない。それでも私はテツヤが良かれと思ってやったのだと知っているしそれを信じている」

「だからテツヤ、自分の行動は誰かのためになっていると、少なくともここにそう思っている人間が一人はいることを覚えていてくれ」

 顔を上げるとソラノが俺を見ていた。

 真っ直ぐに見つめるその眼には何の迷いもない。

 心が晴れた気がした。

「ありがとうソラノ。なんだか楽になったよ。やっぱり少し悩んでたみたいだ。領主に任命されて少し気負ってたのかな」

 その時不意にソラノが唇を重ねてきた。

 柔らかで優しいキスだった。

 触れ合ったかと思うとすぐにソラノは唇を離した。


「一人で抱え込まなくていいんだ。もっと私たちを、いや私を頼ってくれ。私では頼りにならないかもしれないけど、悩みがあるならいつでもこうして慰めてやるから」

 ソラノの顔がかすかに朱く染まっている。

「じゃ、じゃあ、わ、私はこれで行くからな」

 ソラノがギクシャクと立ち上がる。

 俺はその手を引いて再び座らせた。

 そしてソラノを抱き寄せ、唇を塞いだ。

 最初は強張っていたソラノの体から徐々に力が抜けていくのを感じる。

 俺の背中に回されたソラノの腕が強く抱きしめてくる。

 俺も強く抱きしめ返した。

 やがて俺たちはゆっくりと唇を離した。

「ソラノがいてくれて良かった」

 本心からの言葉だった。

「私もだ。テツヤ、あなたががいてくれて本当に嬉しい」

 月明かりの中で俺とソラノは無言で手をつなぎ合っていた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。

黒ハット
ファンタジー
 前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

食うために軍人になりました。

KBT
ファンタジー
 ヴァランタイン帝国の片田舎ダウスター領に最下階位の平民の次男として生まれたリクト。  しかし、両親は悩んだ。次男であるリクトには成人しても継ぐ土地がない。  このままではこの子の未来は暗いものになってしまうだろう。  そう思った両親は幼少の頃よりリクトにを鍛え上げる事にした。  父は家の蔵にあったボロボロの指南書を元に剣術を、母は露店に売っていた怪しげな魔導書を元に魔法を教えた。    それから10年の時が経ち、リクトは成人となる15歳を迎えた。  両親の危惧した通り、継ぐ土地のないリクトは食い扶持を稼ぐために、地元の領軍に入隊試験を受けると、両親譲りの剣術と魔法のおかげで最下階級の二等兵として無事に入隊する事ができた。  軍と言っても、のどかな田舎の軍。  リクトは退役するまで地元でのんびり過ごそうと考えていたが、入隊2日目の朝に隣領との戦争が勃発してしまう。  おまけに上官から剣の腕を妬まれて、単独任務を任されてしまった。  その任務の最中、リクトは平民に対する貴族の専横を目の当たりにする。  生まれながらの体制に甘える貴族社会に嫌気が差したリクトは軍人として出世して貴族の専横に対抗する力を得ようと立身出世の道を歩むのだった。    剣と魔法のファンタジー世界で軍人という異色作品をお楽しみください。

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

処理中です...