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蠢動

31.風呂は心の交流所なのだ

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「ふう……」

 俺はお湯に浸かりながら息をついた。

 ここはゴルドの街中にある銭湯だ。

 石造りの巨大な銭湯で、浴室の構造は日本のスーパー銭湯によく似ている。

 違うのはシャワーがないところくらいだろうか。

 結局あの後はアマーリアの提案でみんな半ば強引にこの銭湯へと連れられてきたのだった。

 それでもやっぱり汚れを洗い流して風呂に入るのは気持ちが良い。

 天窓からは沈みゆく太陽の光が差し込み、辺りを朱色に染めている。

 まだ時間が早いからだろうか、男湯の入浴客は俺一人だけだ。

 手でお湯をすくってみる。

 アマーリアの屋敷と同じように薄青く濁ったお湯だ。

「この辺の温泉は全部こういう色なのか?」

 なんとなく独り言ちてみる。

「その通り。このあたりの地下から出る源泉はみなこういう色をしているんだ。打ち身、冷え性、肩こり、怪我に効能があるなかなかいい泉質だぞ」

「へ~そうなんだっ……て、なんでアマーリアがこっち男風呂にいるんだよ!」

 声がしたと思ったらアマーリアが男風呂の中で堂々と立っていた。

 当然全裸で。

 俺は音がでそうなくらいの勢いで反対方向を向いた。

 アマーリアは全く気にせず体を流してから湯船に入り、俺の方へと寄ってきた。

「どうだ、この風呂は?ここは龍人族の経営している銭湯でな。市民にも人気なのだぞ」
「そ、そんなことよりここは男風呂だぞ!他の人が入ってきたらどうするんだ!」

「ああ、それなら問題ない。私が貸し切ったからな」

 アマーリアはこともなげに言い放った。

「いや、貸し切ったから良いって問題じゃないだろ!いいから女風呂に戻ってくれ!」

「それは断る。我が龍人族にとって風呂を共にするのは心を許し合うことを示す重要な行為なのだ。こればかりはテツヤの頼みでも聞けないぞ。それともテツヤは私と心を許し合うのが嫌なのか?」

 そう言ってアマーリアが更ににじり寄ってきた。

 俺はそれに押されるようにじりじりと下がっていくが、やがて浴槽の角へと追いやられてしまった。


「そういえば人族は裸を見られることに抵抗があるのだったな。ならばここは濁り湯であるから問題なかろう?」

 いや、濁り湯といっても半透明みたいなもんだし、それに日光の入射角の問題でその、色々と見えてしまってるんだけど……


「アマーリア様!何をしているんですか!」

 女湯の方からソラノの叫び声がした。

「ああ、ソラノ。君もこっちに来ないか?一緒に入ろう」

「で、で、できるわけないでしょう!早くこっちに戻ってきてください!」

「キリもあっちに行く!」

「駄目です!」

 女湯の方は女湯の方でひと騒動あるみたいだ。

 この隙に俺はなんとかアマーリアの包囲を抜け出し湯船の中央まで離脱することに成功した。

 今のうちに上がってしまわなくては。

「まったく、しょうのない奴だ」

 アマーリアが腕を振り上げた。

 その途端女湯から湯柱が立ち上がったと思うとその湯柱に乗ってソラノとキリが男湯の湯舟へと降ってきた。

 当然全裸で。

 派手な飛沫と共に湯船の中に落下する。

「ぶあっ!何をするんですか!」

 咳き込みながら立ち上がるソラノ。

「なに、いつまでたっても来ないから来てもらったのさ。さあ一緒に入ろう」

「いい加減にしてください!全く、こんなところをテツヤに見られでもしたら……」

「テツヤだったら君の足下にいるぞ」

「は?」

 真下を見下ろすソラノ。

 確かに俺はそこにいた。

 湯船から頭だけを出し、立ち上がったソラノを真正面から見上げる形で。

「はあい♥」

「き……」

 笑ってごまかそうとするが、ソラノの顔、いや体まで朱に染まっていく。

 湯気が充満する浴室だというのに髪の毛が逆立ち、パチパチと放電が起こっていく。

「待てソラノ!それは流石にヤバい!」

 慌てて止めたが既に手遅れだった。

「いやああああああああ!!!」

 ソラノの絶叫と共に男湯に電撃が飛び交った。





「し、死ぬかと思った……」

 辛うじて生き永らえた俺は再び息をついた。

 あれだけの電撃が降り注いだというのにアマーリアとキリは涼しい顔をしている。

「私とキリの周りのお湯を純水に変えておいたのだよ。純水は電気を通さないからね」

 流石は水属性、模擬戦の時も平気な顔をしていたのはだからなのか。

 いや、そもそもアマーリアが男湯に来なければそんなことをする必要もなかったはずなんだけど。

「男の人に裸を見られた男の人に裸を見られた男の人に裸を見られた男の人に裸を見られた男の人に裸を見られた男の人に裸を見られた男の人に裸を見られた男の人に裸を見られた」

 一方のソラノはというとさっきから背中を向けてぶつぶつ呟いている。

 雪花石膏アラバスターのような肌が肩まで真っ赤になっているのはお湯のせいだけではないのだろう。


「まったく、見られて恥ずかしい裸でもなかろうに」

「裸は見られて恥ずかしいものなんです!」

 呆れたようにため息をつくアマーリアにソラノが叫んだ。

「まあまあ、ここは龍人族の経営する風呂なのだ。郷に入っては郷に従ってもらうぞ」

 どんな理屈なんだ。

「ともかくこのメンバーで一緒に風呂に入れて私は嬉しいよ。裸になってしまえばそこには地位も肩書もない、ただの個人同士だ。あるのは心からの付き合いだけだ」

 アマーリアの言葉はなんだか日本人を思い出すな。

 日本の温泉でも何度かそういう言葉を聞いたっけ。

「そうは言っても心の準備というものがあるんです!」

「ほう……」

 ソラノの言葉にアマーリアがにやりと笑ってにじり寄っていった。

「つまり、心の準備さえできていれば一緒に入るのはやぶさかではないと、そういうことなのだな?」

「そ、そういう問題ではありません!テツヤも何とか言ってください!」

「まったく、ソラノは可愛いのう」

 アマーリアとソラノがじゃれ合い、キリは我関せずと湯舟の中で泳いでいる。

 俺はというと、そろそろ限界だった。

 このままだと別の意味でのぼせてしまう。

「……そろそろ出たいんだが、三人とも先に上がってくれないか」

「なんだテツヤ、もうのぼせたのか?私はもうしばらく入っているから先に上がっていいぞ?」

「だから、三人がいると上がれないんだって!いいから女湯に戻ってくれ!」
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