上 下
3 / 298
帰還

3.底辺ギルドと初の依頼

しおりを挟む
【ハインツ冒険者ギルド】

 ドアの横の看板にはそう書かれていた。

 その看板がなければギルドとはとても思えないようなうらさびれた佇まいだ。

 こういう場所を探していたんだ。

 軋んだ音を立てるドアを開け、中に入る。

 中はほぼバーだった。

 奥にカウンターがあり、店の中には丸テーブルと椅子が乱雑に並んでいる。

 数人の冒険者が既にテーブルを囲んでいて、俺が入るなりじろりと遠慮のないまなざしを向けてきた。

 壁の一面には仕事の依頼書が貼られるリクルートボードがあったけどわずかに数枚貼られているだけだった。

 しかもその依頼と言ったら”運び屋募集。秘密厳守”とか”キーピッカー(魔法解除込み)募集”とか怪しいものばかりだ。

 間違いなくここは底辺ギルドらしい。

 やれやれ、子供の頃は仕事を依頼するにしろ受けるにしろ底辺ギルドにだけは行くなと言われていたのだけど、その底辺ギルドを頼ることになるとはね。

 しかしこの依頼は流石に受ける気にはならないな。

 別のギルドに行ってみるか……

 そんな事を考えていると小さな音を立ててドアベルが鳴った。

 振り向くとそこには小さな少女がおそるおそる顔をのぞかせていた。

 年の頃は十歳位だろうか、汚れた格好をして髪もクシャクシャだ。

「あ、あの……ここもギルドなんでしょうか?」

 怯えたような顔で尋ねてきた。

 丸テーブルの男たちは少女を値踏みするように見回したきり、無視するように会話に花を咲かせている。

 一目で金にならないと判断したのだろう。

「あ、あの、お仕事を依頼したいんですっ」

 少女は店の中に入っていき、丸テーブルの男たちの下に歩み寄った。

「私の村が山賊に襲われそうなんです!お願いします!私の村を助けてください!」

 そう言って肩にかけたポーチに手を入れた。

 中から取り出したのは十数枚の銅貨と銀貨が二~三枚だった。

「ずっと貯めていたお金です。これしか用意できなかったけれど、どうかお願いします!」

 そう言ってすがるように男たちを見つめる。

 幾ら底辺ギルドとはいえ、依頼は銀貨五枚が最低相場だ。

 残念ながらその金額では手付金にもならないだろう。

 その様子に丸テーブルから押し殺したような笑い声が起きる。

「おいおい、嬢ちゃん、ガキにお使いを頼むんじゃねえんだぜ」

「その額じゃあ今夜の飲み代にもならねえよ」

「今夜嬢ちゃんが俺たちに酌してくれるってんなら考えてやらねえでもねえぞ?」

 下品な冗談を吐きながら下卑た笑い声をあげる。

 少女は涙を浮かべて立ち尽くしていた。

「なあ、ここはあの金額の仕事を受けるのか?」

 俺はカウンターの奥のマスターに尋ねた。

 マスターは肩をすくめて首を横に振った。

 当然だろうな。

「だったらその仕事、俺が受けても構わないってことだな?」

 俺の言葉に少女は驚いたように振り返った。

「その山賊討伐、俺が引き受けるよ」

 俺の言葉に少女の眼に涙が溢れていく。

「ありがとうござます!ありがとうございます!」

 少女がぺこぺこと何度も頭を下げてきた。

「おいおい、兄ちゃんよお。このガキは俺たちに仕事を振ってきたんだぜ?それを横から取ろうってのは筋が通らねえんじゃねえのか?」

 俺の言葉が面白くなかったのか、丸テーブルの禿頭の男が立ち上がってのそりと近寄ってきた。

 俺よりも頭一つ分くらいでかく、体の太さは倍くらいある。

「あんたらは今さっきその依頼を笑い飛ばしてたじゃないか。それともその金額で受けるつもりなのか?」

「受けるつもりはねえがよ、手前が何の断りもなく口を挟んでくるのが筋違いだってんだよ!」

「俺は今さっきこの子と依頼に対して合意を結んだんだ。横から口を挟んでくるあんたの方が筋違いじゃないのか?」

「てめ……」

 俺の言葉に大男の頭にメロンのような血管が浮かぶ。

「調子に乗ってんじゃねえぞ!このガキがっ!」

 叫ぶなり俺のシャツの襟首を掴み、削岩機のような拳を振るってきた。

 少女が叫び声をあげた。

 俺はその拳を首を傾けてかわし、襟首をつかんだ手首を掴むと捻り上げた。

「うおっ?い、いででででで!」

 突然のことに男は苦悶の表情で跪く。

 並の人間ならすくむような大男の拳も俺にとっては子猫がじゃれてくるようなものだ。

 日本で俺を育ててくれた師匠たちは世捨て人ではあるけどみんな剣や空手、拳法など武芸の達人ばかりで、彼らと一緒に暮らす中で連日厳しい特訓を受けてきたからだ。

 いや、あれは特訓なんて生易しいものじゃなかった。

 実際何度か死にかけたこともあったし。

 我ながらよく続けられたものだ。

 ともあれ師匠たちの特訓のおかげで多少の荒事には動じなくなっている。

「手前っ!」

 その様子に驚いた残りの男たちが一斉に襲い掛かってきたが、そいつらを床に這いつくばらせるのには十数秒もあれば十分だった。

「俺の実力はざっとこんなもんだけど、これだったら君の依頼に十分かな?」

 俺は少女に尋ねた。

「はいっ、是非お願いします!」

 少女が目に涙を浮かべながら笑顔で頷いた。

「じゃあ改めて契約成立だ。支払いは成功後ってことで良いよ。俺の名前はアラカワ テツヤ、テツヤと呼んでくれ」

「私の名前はステラといいます!よろしくお願いします!テツヤさん!」

 そのステラという少女が言うには、村は今まで度々山賊に襲われてきたのだという。

 領主に山賊退治を嘆願してもなかなか聞き届けてもらえず、村も謎の病気が蔓延してしまって山賊に立ち向かうこともできないらしい。

 そしてステラがなけなしのお金を持ってギルドにやってきたのだとか。

 俺とステラはとりあえず城壁の外に出た。

 ステラは普通に城門から出、俺は入ってきた時と同じように城壁を潜り抜けて外で再び落ち合った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

『特別』を願った僕の転生先は放置された第7皇子!?

mio
ファンタジー
 特別になることを望む『平凡』な大学生・弥登陽斗はある日突然亡くなる。  神様に『特別』になりたい願いを叶えてやると言われ、生まれ変わった先は異世界の第7皇子!? しかも母親はなんだかさびれた離宮に追いやられているし、騎士団に入っている兄はなかなか会うことができない。それでも穏やかな日々。 そんな生活も母の死を境に変わっていく。なぜか絡んでくる異母兄弟をあしらいつつ、兄の元で剣に魔法に、いろいろと学んでいくことに。兄と兄の部下との新たな日常に、以前とはまた違った幸せを感じていた。 日常を壊し、強制的に終わらせたとある不幸が起こるまでは。    神様、一つ言わせてください。僕が言っていた特別はこういうことではないと思うんですけど!?  他サイトでも投稿しております。

異世界に転生した俺は農業指導員だった知識と魔法を使い弱小貴族から気が付けば大陸1の農業王国を興していた。

黒ハット
ファンタジー
 前世では日本で農業指導員として暮らしていたが国際協力員として後進国で農業の指導をしている時に、反政府の武装組織に拳銃で撃たれて35歳で殺されたが、魔法のある異世界に転生し、15歳の時に記憶がよみがえり、前世の農業指導員の知識と魔法を使い弱小貴族から成りあがり、乱世の世を戦い抜き大陸1の農業王国を興す。

特殊部隊の俺が転生すると、目の前で絶世の美人母娘が犯されそうで助けたら、とんでもないヤンデレ貴族だった

なるとし
ファンタジー
 鷹取晴翔(たかとりはると)は陸上自衛隊のとある特殊部隊に所属している。だが、ある日、訓練の途中、不慮の事故に遭い、異世界に転生することとなる。  特殊部隊で使っていた武器や防具などを召喚できる特殊能力を謎の存在から授かり、目を開けたら、絶世の美女とも呼ばれる母娘が男たちによって犯されそうになっていた。  武装状態の鷹取晴翔は、持ち前の優秀な身体能力と武器を使い、その母娘と敷地にいる使用人たちを救う。  だけど、その母と娘二人は、    とおおおおんでもないヤンデレだった…… 第3回次世代ファンタジーカップに出すために一部を修正して投稿したものです。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

公国の後継者として有望視されていたが無能者と烙印を押され、追放されたが、とんでもない隠れスキルで成り上がっていく。公国に戻る?いやだね!

秋田ノ介
ファンタジー
 主人公のロスティは公国家の次男として生まれ、品行方正、学問や剣術が優秀で、非の打ち所がなく、後継者となることを有望視されていた。  『スキル無し』……それによりロスティは無能者としての烙印を押され、後継者どころか公国から追放されることとなった。ロスティはなんとかなけなしの金でスキルを買うのだが、ゴミスキルと呼ばれるものだった。何の役にも立たないスキルだったが、ロスティのとんでもない隠れスキルでゴミスキルが成長し、レアスキル級に大化けしてしまう。  ロスティは次々とスキルを替えては成長させ、より凄いスキルを手にしていき、徐々に成り上がっていく。一方、ロスティを追放した公国は衰退を始めた。成り上がったロスティを呼び戻そうとするが……絶対にお断りだ!!!! 小説家になろうにも掲載しています。  

処理中です...