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シナリオは動き出す
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「あ…」
ミイナは短い声を上げたのち、ジョージの背に隠れる。
ジョージはガバメントに手を添えながら、じっとその白髪の女性を眺めていた。
「ねえ、あなた…さっき廊下にいた人だよね?」
女性がそう問うてくるが、ジョージは黙ったままだった。
――まさか会敵しちまうとはな…
この状況に下においてでも、ジョージの思考は対策を思いつこうと巡りに巡らせていた。
完全な無防備の振る舞いだが、それは自信の表れだ。障壁があることは既に分かっている。問題は、それは銃で破ることができない事。
正面だけに、障壁を張っているのだろうか?もしそうなら、バックアタックを仕掛けるしかないだろう。
だが、奴には謎の見えない刃がある。どのような原理かも不明な以上、うかつに動けない。
さらに厄介なのは、ミイナの存在である。彼女はあまりにも無力すぎて足手まといだ。今から木陰に戻れと指示しても、生きてそこまでたどり着ける保証はない。
唯一こちらが有利である点は、壁の阻まれて撫でる程度しか感じない追い風だった。
「ねえ、言葉聞こえてる?」
「ああ、聞こえているぞ化け物。いや、魔女と言った方がいいか?どちらにせよ、逃がしちゃくれないんだろう?」
すると、化け物改め魔女は無表情の貫いたのち、瞳を閉じて首を振った。
「まあ、出方次第かな。別に好き好んで、私は人を殺さない。貴方と違って」
「何が言いたい」
魔女はおもむろに片手をあげ、ジョージたちに指を差した。
「その子、私に渡してちょうだい。そしたら、貴方を殺す必要は無いの」
「え、私…ですか?ど、どうして?」
意外な指名に、ミイナは戸惑いの声を漏らす。何が理由で指名されたのか、説明を求めた。
「必要だからかな。うん」
漠然とした指名内容だが、どうやらこの人物にとって何か重要な物を握っているらしい。
――狙いはミイナ…。
ならばとジョージは改めて思考を巡らせ、一つのプランを完成させた。
成功の保証はない。だが、ここで何もせず死ぬのだけは何としても避けたかった。切なるその願いを叶える為には、プロセスが必要だ。
ジョージは、じりじりと体を半身にしていく。プランを実行させる、その布石の為に。
すると刹那、ジョージの真横に何かが通り過ぎたような気がした。数刻後に聞こえるのは、オペラハウスを囲う塀が抉れた、岩をこすり合わせたような音。
「動かないで。次は、殺すから」
冷や汗が出る。ふざけた攻撃だ。まるで何も見えなかった。
彼女が手の平を向けていれば、それが何のアクションも無く唐突に出た様だった。
――銃をあざ笑うかのような呪文だな。クソめ。
ジョージは奥歯を噛み締める。自分が積み上げてきた戦闘術のすべてが否定されたかのような思いに駆られたのだ。それほどにまで、強力であり効果的なモノだった。
「スミスさん…私、その…」
その声には、直ぐにでも謝罪が飛び出るような程、弱弱しいもので、ジョージは思わず言葉を割って入れる。
「ミイナ。もう一度言うぞ。お前は死を運ぶ神じゃない。思い上がるな」
「…でもきっと、スミスさんは…死んでしまいますよ!」
「ああ、死ぬかもしれない。だが、俺は死ぬ気が無い。いいか、俺が動いたら合わせろよ」
だが、それでもこの場から逃げ出す必要がある。その手筈は、この少しのズレで整った。
――出来るだろうか?でもやるしかない。死を拒絶するのが、俺に架せられた呪いだ。
ジョージは体を死角とし、見えなくなった左手をゆっくりと動かすと、あるものに手を伸ばした。
――何もないこの場所で視界を遮るなら、この手しかないッ!
ジョージは早撃ち宛らの動きで拳銃を抜き去ると、姿勢を落として発砲する。狙いは、魔女の顔面だ。
まさかトチ狂って、障壁の存在をジョージが忘れたわけではない。寧ろだからこその賭けだった。
ケブラーマスクと言う物がある。これは顔面を守るために設計された防弾のマスクであり、9㎜程度の弾丸であれば防ぐことが出来るのだ。台湾の特殊部隊が使用しているれっきとした代物である。
しかし人間は反射的に、顔面に飛来してきたものに恐怖心を覚える。一種の防衛本能であり、例え防弾のマスクを被っていたとしても、同じ事だ。思わず目を瞑るか、顔面を横に向けるなどして、その恐怖から逃げようとする。それは訓練を積めば抑えることができるが、ジョージはこの人物がそうした訓練を受けてないだろうと、一か八かのチャンスに賭けたのだ。
「わっ!くっ…ふざけたことを!」
結果はジョージの勝ちだった。やはり顔を逸らした。その一瞬の隙を、ジョージは見逃さない。
「走れっ!」
マトリの背中を押して走り出しながら、ジョージはプラン通りの行動を開始する。
初動の発砲から既に、プレートキャリアのポーチからM18スモークグレネードを取り出していた。それを双方から見て中央の辺り投擲する。煙を巻き上げ数秒もすれば、徐々に広がっていき、辺りを覆い隠すようになる。
次に、追従するミイナを木陰の方角に突き飛ばした。ミイナは途中の芝生に突き倒されるように突っ伏したが、ジョージの意図をくみ取り、再び木陰まではいつくばって向かう。
「何処だッ!」
暫くすれば、辺りには風に運ばれた煙は辺りを覆い尽くす。おそらく魔女はいら立ちを交えた声で見渡しているだろうが、濃い煙の中で対象の人物を見つけるのは困難だろう。
またそうした呪文を使えないのも分かり切っていた。
もし、魔女が位置を探知できるような呪文を使えるのならば、力を誇示するような方法でこのオペラハウスに襲撃する必要が無かった筈だからである。
ジョージは姿勢を低くして、魔女の後方まで走り抜けた。
ここで逃げる選択肢もあっただろう。だが、どのみち逃げたところで、足取りを追われ続けたら対抗する手段が残されていない。ここでケリをつけておきたかったのだ。
煙の間を縫うように走り、やがて十分な距離まで到達した。彼女の真後ろではなく、さらに距離を取った壁際だ。
ジョージはそこで、拳銃を仕舞うとすぐにAR15を構えた。先程の信徒との交戦前に完全装填30発のマガジンはAR15に刺さっている。セレクターもフルオートのままだ。
すると、魔女はやみくもに見えない刃を放ち始めた。刃はあらゆる方向に飛び、煙を裂いていく。
今、彼女が見えた。煙が晴れるまで待つつもりだったが、これとない絶好の機会だ。
――そこか
ニーリングの姿勢で反動を抑えつつ、ジョージのAR15が今、火を放つ。
甲高いサイレンサーから成る音が響き渡り、魔女の方向へ弾丸が飛んでいく。
煙の流れが魔女を覆うが、既に姿を捉えている。ジョージはありったけの弾丸を叩きこんだ。
ボルトストップがかかった。弾丸を撃ち終えたのだ。これで終わらないと、さらに追撃として余らせていたマガジンに再装填し直すと、トリガーを引ききる。
さらに三十発もの弾丸が、彼女を襲う。
「どうだ…?」
残りの弾丸は、タクティカルリロードを行った残り数発のマガジンだけだ。
煙が、晴れていく。そこには、穴だらけとなり肉塊となった物が転がって――いる筈だった。
ジョージは目を疑った。そこにはゆらりと前傾姿勢ながらも、女性の姿があったのだ。
――最高だな…。全方位の障壁かよ。本当に規格外すぎるな…
そんな感想を抱いたジョージだったが、ニーリングからすぐに立ち上がる。
「ふぅ…ふぅ…そこに…居たかァ!」
彼女は手の平を向けた。そして、見えない刃が放たれる。
――うおっ
それは咄嗟の判断だった。AR15を盾にしたのだ。すると、AR15は真っ二つとなり、銃としての機能を失う。
「くっ…まだ、まだだ!」
何やら顔をしかめた魔女だったが、今度は地面を蹴りながら走り寄ってくる。ジョージはガバメントを抜きさり、CARsystemの構えで応戦した。
無論、45ACPは弾かれる。悪足掻きだが、最後の最後まで、ジョージは諦めていなかった。
――まだだ…俺は全力を出し切っちゃいない!
やがて魔女が接敵する。ゼロレンジだ。
彼女は片足で地面を踏みしめると、蹴り上げを放ってくる。スカートだろうと関係なく、思い切りの良いキックだった。
ジョージは後方に小さく跳ねながら、それを避ける。鈍い光沢を放つそれは、西洋甲冑の部位で言うソールレットとグリーブだが、細かい模様と文字が彫られいる呪具のようだ。オカルトじみたその効力はどうあれ、おそらくこの魔女は格闘戦にも精通しているのだろう。そうでなければ、間合いを詰めては来ない。
そのまま、足に掴みかかり投げ飛ばせるかと考えたが、障壁の性能が未知数である以上それは無謀な賭けだ。故にジョージは格闘戦の選択を捨て去り、スレスレの回避を続けつつ近接射撃を続る。
もはや、ジョージの勝ち筋はなかった。このまま永遠に避け続ける事など出来るわけもない。
やがてジョージは、壁際まで追い込まれた。そしてついに、一撃を貰う事になる。
視界外から飛んでくるローキック。ジョージは瞬発的に右腕でそれを受けるが、シルバー製レギンスと威力が合わさり、無事ではなかった。
メキキ。骨にひびが入るような音聞こえる。
「くっ!」
ジョージはよろめきながらも、ロープ際から切り抜けるボクサーの様な動きで壁際からすり抜けると、ガバメントを彼女に向けた。激痛が走るが、それでもジョージは戦う意思を止めなかった。
だが、結局はやせ我慢だ。照準は定まらず、思うように当たらなくもなってきた。
「くっ…全く最高だなこれは」
自嘲気味にいうジョージだったが、すぐに追撃が来た。
今度は下段からのサマーソルトキックだ。ジョージは骨のひびなど意も返さず、腕をクロスさせて受け止める。
メキリ。流石のジョージも、目を見開き奥歯を噛み締める。ついに、骨が折れた。
「うぐ…ぬうう!」
ジョージは蹴られた勢いを利用して横に飛ぶと、バックステップをする。
その最中、素早く左手でガバメントのマガジンを抜きさり、ガバメントのマガジンを再装填しようと試みる。
だが、ここが運の尽きだった。その強烈な痛みは、ジョージの腕を思うように動かさず、やがて身体の警告により手の震えが生じ、ガバメントを落としたのだ。
――しくじった!
そのままの流れであったため、ジョージはガバメントを拾えることなく、女性との距離を取る。
だが、それでどうする?無意味だったとはいえ、それでも使える武器のすべて失った。AR15はスクラップと化し、ガバメントは地面の上。片手にはマガジンがあるが、発射するものが無ければ現状ガラクタ同然だ。
「死ねっ!お前!」
魔女はさらに追撃を掛けてくる。今度は体を横に回した、回転蹴りだ。
反射的に体が動いた。ジョージは体をいなす様に動かすが、魔女の足はまるで死神の鎌如く、ジョージの横腹を抉るように直撃した。
「カ…ハッ」
肋骨が折れたであろうその衝撃に、思わず両膝が落ちる――いや、まだだ。地面に倒れまいと、渾身の力でジョージは踏みとどまった。
しかし、既に勝敗は決した。ジョージはよたよたと後ろに下がるが、再び壁際まで追い込まれる。
「これで終わりにしてやる」
魔女が、ぶつぶつと何かを唱え始め、やがてその手のひらを向けようとした。
――ジ・エンドか…ざまぁないな。
ふと、ジョージはそんなことを思った。これが大根役者に架せられた、シナリオの幕引き。
謎の呪文を使う、まるで歯の絶たない脅威。それをジョージは、持ちうるすべての技術や経験を使い、対等に戦って見せた。
十分すぎる程の役割。十分すぎる程の見せ場。このシナリオにおいて死んでいくだけの引き立て役にしては、印象に残れるほどの活躍を見せただろう。
だがそれも、これで、終わり。ジョージは魔女を睨みつけながらも、死を受け入れようとした。
その時だ。
『マダ、オワラナイダロウ?』
イヤホンから聞こえてきたような気がしたその声に、ジョージは無意識に反応した。
骨折したはずの右腕が、まるで何ともなかったかのように動く。
引き抜いたのは、メアーズレッグ。ウィンチェスター弾を装填した、この国の遺物。
まるでスローモーションだった。ジョージがメアーズレッグを引き抜くと、今度は旧来の相棒の如く、レバーを回転させるようにして弾丸をチャンバーに送り込んだ。スピンコックだ。
「なっ!」
やがて魔女も、何かを唱えていたようだったが、その光景に唱えるのを忘れてしまう。
ジョージの右ひじから下に至るまで、黒地の迷彩服を所々突き破る様にして、炎が上がっているのだ。まるで腕から自然着火したように、じわじわとそれが広がっていく。
「なんで…お前は人間ではないのかっ!?いや、まさかッ!?」
魔女は何かを言おうとしたが、その刹那。メアーズレッグの銃口が彼女に向いた。
そして、弾丸は放たれる。雷管は撃鉄により爆発し、銃口から鉛玉が射出される。
筈だった。
それは、鉛玉ではなかった。正確にいうならば、鉛玉が赤熱し炎を纏った火球だったのだ。
やがて、火球は彼女の障壁に当たる。確かに弾丸を防いだが、やがて窓ガラスをたたき割る様にして、障壁を粉々に砕いた。
次に来るのは、その衝撃。魔女はその勢いに抵抗できず、「がっ」と短い声をあげた。彼女はそのまま突き飛ばされ、やがて後頭部から地面へと倒れた。
メアーズレッグの銃口から、煙が上がる。そして静かに、炎が沈静化していく。
すべての炎が消え去ると、ジョージは我に返る。そこには片手でメアーズレッグを放っていた、自分がいた。
「今のは…なんだ…?」
眼前に倒れる魔女を見て、ジョージは唯々困惑の念を漏らしたのだった。
ミイナは短い声を上げたのち、ジョージの背に隠れる。
ジョージはガバメントに手を添えながら、じっとその白髪の女性を眺めていた。
「ねえ、あなた…さっき廊下にいた人だよね?」
女性がそう問うてくるが、ジョージは黙ったままだった。
――まさか会敵しちまうとはな…
この状況に下においてでも、ジョージの思考は対策を思いつこうと巡りに巡らせていた。
完全な無防備の振る舞いだが、それは自信の表れだ。障壁があることは既に分かっている。問題は、それは銃で破ることができない事。
正面だけに、障壁を張っているのだろうか?もしそうなら、バックアタックを仕掛けるしかないだろう。
だが、奴には謎の見えない刃がある。どのような原理かも不明な以上、うかつに動けない。
さらに厄介なのは、ミイナの存在である。彼女はあまりにも無力すぎて足手まといだ。今から木陰に戻れと指示しても、生きてそこまでたどり着ける保証はない。
唯一こちらが有利である点は、壁の阻まれて撫でる程度しか感じない追い風だった。
「ねえ、言葉聞こえてる?」
「ああ、聞こえているぞ化け物。いや、魔女と言った方がいいか?どちらにせよ、逃がしちゃくれないんだろう?」
すると、化け物改め魔女は無表情の貫いたのち、瞳を閉じて首を振った。
「まあ、出方次第かな。別に好き好んで、私は人を殺さない。貴方と違って」
「何が言いたい」
魔女はおもむろに片手をあげ、ジョージたちに指を差した。
「その子、私に渡してちょうだい。そしたら、貴方を殺す必要は無いの」
「え、私…ですか?ど、どうして?」
意外な指名に、ミイナは戸惑いの声を漏らす。何が理由で指名されたのか、説明を求めた。
「必要だからかな。うん」
漠然とした指名内容だが、どうやらこの人物にとって何か重要な物を握っているらしい。
――狙いはミイナ…。
ならばとジョージは改めて思考を巡らせ、一つのプランを完成させた。
成功の保証はない。だが、ここで何もせず死ぬのだけは何としても避けたかった。切なるその願いを叶える為には、プロセスが必要だ。
ジョージは、じりじりと体を半身にしていく。プランを実行させる、その布石の為に。
すると刹那、ジョージの真横に何かが通り過ぎたような気がした。数刻後に聞こえるのは、オペラハウスを囲う塀が抉れた、岩をこすり合わせたような音。
「動かないで。次は、殺すから」
冷や汗が出る。ふざけた攻撃だ。まるで何も見えなかった。
彼女が手の平を向けていれば、それが何のアクションも無く唐突に出た様だった。
――銃をあざ笑うかのような呪文だな。クソめ。
ジョージは奥歯を噛み締める。自分が積み上げてきた戦闘術のすべてが否定されたかのような思いに駆られたのだ。それほどにまで、強力であり効果的なモノだった。
「スミスさん…私、その…」
その声には、直ぐにでも謝罪が飛び出るような程、弱弱しいもので、ジョージは思わず言葉を割って入れる。
「ミイナ。もう一度言うぞ。お前は死を運ぶ神じゃない。思い上がるな」
「…でもきっと、スミスさんは…死んでしまいますよ!」
「ああ、死ぬかもしれない。だが、俺は死ぬ気が無い。いいか、俺が動いたら合わせろよ」
だが、それでもこの場から逃げ出す必要がある。その手筈は、この少しのズレで整った。
――出来るだろうか?でもやるしかない。死を拒絶するのが、俺に架せられた呪いだ。
ジョージは体を死角とし、見えなくなった左手をゆっくりと動かすと、あるものに手を伸ばした。
――何もないこの場所で視界を遮るなら、この手しかないッ!
ジョージは早撃ち宛らの動きで拳銃を抜き去ると、姿勢を落として発砲する。狙いは、魔女の顔面だ。
まさかトチ狂って、障壁の存在をジョージが忘れたわけではない。寧ろだからこその賭けだった。
ケブラーマスクと言う物がある。これは顔面を守るために設計された防弾のマスクであり、9㎜程度の弾丸であれば防ぐことが出来るのだ。台湾の特殊部隊が使用しているれっきとした代物である。
しかし人間は反射的に、顔面に飛来してきたものに恐怖心を覚える。一種の防衛本能であり、例え防弾のマスクを被っていたとしても、同じ事だ。思わず目を瞑るか、顔面を横に向けるなどして、その恐怖から逃げようとする。それは訓練を積めば抑えることができるが、ジョージはこの人物がそうした訓練を受けてないだろうと、一か八かのチャンスに賭けたのだ。
「わっ!くっ…ふざけたことを!」
結果はジョージの勝ちだった。やはり顔を逸らした。その一瞬の隙を、ジョージは見逃さない。
「走れっ!」
マトリの背中を押して走り出しながら、ジョージはプラン通りの行動を開始する。
初動の発砲から既に、プレートキャリアのポーチからM18スモークグレネードを取り出していた。それを双方から見て中央の辺り投擲する。煙を巻き上げ数秒もすれば、徐々に広がっていき、辺りを覆い隠すようになる。
次に、追従するミイナを木陰の方角に突き飛ばした。ミイナは途中の芝生に突き倒されるように突っ伏したが、ジョージの意図をくみ取り、再び木陰まではいつくばって向かう。
「何処だッ!」
暫くすれば、辺りには風に運ばれた煙は辺りを覆い尽くす。おそらく魔女はいら立ちを交えた声で見渡しているだろうが、濃い煙の中で対象の人物を見つけるのは困難だろう。
またそうした呪文を使えないのも分かり切っていた。
もし、魔女が位置を探知できるような呪文を使えるのならば、力を誇示するような方法でこのオペラハウスに襲撃する必要が無かった筈だからである。
ジョージは姿勢を低くして、魔女の後方まで走り抜けた。
ここで逃げる選択肢もあっただろう。だが、どのみち逃げたところで、足取りを追われ続けたら対抗する手段が残されていない。ここでケリをつけておきたかったのだ。
煙の間を縫うように走り、やがて十分な距離まで到達した。彼女の真後ろではなく、さらに距離を取った壁際だ。
ジョージはそこで、拳銃を仕舞うとすぐにAR15を構えた。先程の信徒との交戦前に完全装填30発のマガジンはAR15に刺さっている。セレクターもフルオートのままだ。
すると、魔女はやみくもに見えない刃を放ち始めた。刃はあらゆる方向に飛び、煙を裂いていく。
今、彼女が見えた。煙が晴れるまで待つつもりだったが、これとない絶好の機会だ。
――そこか
ニーリングの姿勢で反動を抑えつつ、ジョージのAR15が今、火を放つ。
甲高いサイレンサーから成る音が響き渡り、魔女の方向へ弾丸が飛んでいく。
煙の流れが魔女を覆うが、既に姿を捉えている。ジョージはありったけの弾丸を叩きこんだ。
ボルトストップがかかった。弾丸を撃ち終えたのだ。これで終わらないと、さらに追撃として余らせていたマガジンに再装填し直すと、トリガーを引ききる。
さらに三十発もの弾丸が、彼女を襲う。
「どうだ…?」
残りの弾丸は、タクティカルリロードを行った残り数発のマガジンだけだ。
煙が、晴れていく。そこには、穴だらけとなり肉塊となった物が転がって――いる筈だった。
ジョージは目を疑った。そこにはゆらりと前傾姿勢ながらも、女性の姿があったのだ。
――最高だな…。全方位の障壁かよ。本当に規格外すぎるな…
そんな感想を抱いたジョージだったが、ニーリングからすぐに立ち上がる。
「ふぅ…ふぅ…そこに…居たかァ!」
彼女は手の平を向けた。そして、見えない刃が放たれる。
――うおっ
それは咄嗟の判断だった。AR15を盾にしたのだ。すると、AR15は真っ二つとなり、銃としての機能を失う。
「くっ…まだ、まだだ!」
何やら顔をしかめた魔女だったが、今度は地面を蹴りながら走り寄ってくる。ジョージはガバメントを抜きさり、CARsystemの構えで応戦した。
無論、45ACPは弾かれる。悪足掻きだが、最後の最後まで、ジョージは諦めていなかった。
――まだだ…俺は全力を出し切っちゃいない!
やがて魔女が接敵する。ゼロレンジだ。
彼女は片足で地面を踏みしめると、蹴り上げを放ってくる。スカートだろうと関係なく、思い切りの良いキックだった。
ジョージは後方に小さく跳ねながら、それを避ける。鈍い光沢を放つそれは、西洋甲冑の部位で言うソールレットとグリーブだが、細かい模様と文字が彫られいる呪具のようだ。オカルトじみたその効力はどうあれ、おそらくこの魔女は格闘戦にも精通しているのだろう。そうでなければ、間合いを詰めては来ない。
そのまま、足に掴みかかり投げ飛ばせるかと考えたが、障壁の性能が未知数である以上それは無謀な賭けだ。故にジョージは格闘戦の選択を捨て去り、スレスレの回避を続けつつ近接射撃を続る。
もはや、ジョージの勝ち筋はなかった。このまま永遠に避け続ける事など出来るわけもない。
やがてジョージは、壁際まで追い込まれた。そしてついに、一撃を貰う事になる。
視界外から飛んでくるローキック。ジョージは瞬発的に右腕でそれを受けるが、シルバー製レギンスと威力が合わさり、無事ではなかった。
メキキ。骨にひびが入るような音聞こえる。
「くっ!」
ジョージはよろめきながらも、ロープ際から切り抜けるボクサーの様な動きで壁際からすり抜けると、ガバメントを彼女に向けた。激痛が走るが、それでもジョージは戦う意思を止めなかった。
だが、結局はやせ我慢だ。照準は定まらず、思うように当たらなくもなってきた。
「くっ…全く最高だなこれは」
自嘲気味にいうジョージだったが、すぐに追撃が来た。
今度は下段からのサマーソルトキックだ。ジョージは骨のひびなど意も返さず、腕をクロスさせて受け止める。
メキリ。流石のジョージも、目を見開き奥歯を噛み締める。ついに、骨が折れた。
「うぐ…ぬうう!」
ジョージは蹴られた勢いを利用して横に飛ぶと、バックステップをする。
その最中、素早く左手でガバメントのマガジンを抜きさり、ガバメントのマガジンを再装填しようと試みる。
だが、ここが運の尽きだった。その強烈な痛みは、ジョージの腕を思うように動かさず、やがて身体の警告により手の震えが生じ、ガバメントを落としたのだ。
――しくじった!
そのままの流れであったため、ジョージはガバメントを拾えることなく、女性との距離を取る。
だが、それでどうする?無意味だったとはいえ、それでも使える武器のすべて失った。AR15はスクラップと化し、ガバメントは地面の上。片手にはマガジンがあるが、発射するものが無ければ現状ガラクタ同然だ。
「死ねっ!お前!」
魔女はさらに追撃を掛けてくる。今度は体を横に回した、回転蹴りだ。
反射的に体が動いた。ジョージは体をいなす様に動かすが、魔女の足はまるで死神の鎌如く、ジョージの横腹を抉るように直撃した。
「カ…ハッ」
肋骨が折れたであろうその衝撃に、思わず両膝が落ちる――いや、まだだ。地面に倒れまいと、渾身の力でジョージは踏みとどまった。
しかし、既に勝敗は決した。ジョージはよたよたと後ろに下がるが、再び壁際まで追い込まれる。
「これで終わりにしてやる」
魔女が、ぶつぶつと何かを唱え始め、やがてその手のひらを向けようとした。
――ジ・エンドか…ざまぁないな。
ふと、ジョージはそんなことを思った。これが大根役者に架せられた、シナリオの幕引き。
謎の呪文を使う、まるで歯の絶たない脅威。それをジョージは、持ちうるすべての技術や経験を使い、対等に戦って見せた。
十分すぎる程の役割。十分すぎる程の見せ場。このシナリオにおいて死んでいくだけの引き立て役にしては、印象に残れるほどの活躍を見せただろう。
だがそれも、これで、終わり。ジョージは魔女を睨みつけながらも、死を受け入れようとした。
その時だ。
『マダ、オワラナイダロウ?』
イヤホンから聞こえてきたような気がしたその声に、ジョージは無意識に反応した。
骨折したはずの右腕が、まるで何ともなかったかのように動く。
引き抜いたのは、メアーズレッグ。ウィンチェスター弾を装填した、この国の遺物。
まるでスローモーションだった。ジョージがメアーズレッグを引き抜くと、今度は旧来の相棒の如く、レバーを回転させるようにして弾丸をチャンバーに送り込んだ。スピンコックだ。
「なっ!」
やがて魔女も、何かを唱えていたようだったが、その光景に唱えるのを忘れてしまう。
ジョージの右ひじから下に至るまで、黒地の迷彩服を所々突き破る様にして、炎が上がっているのだ。まるで腕から自然着火したように、じわじわとそれが広がっていく。
「なんで…お前は人間ではないのかっ!?いや、まさかッ!?」
魔女は何かを言おうとしたが、その刹那。メアーズレッグの銃口が彼女に向いた。
そして、弾丸は放たれる。雷管は撃鉄により爆発し、銃口から鉛玉が射出される。
筈だった。
それは、鉛玉ではなかった。正確にいうならば、鉛玉が赤熱し炎を纏った火球だったのだ。
やがて、火球は彼女の障壁に当たる。確かに弾丸を防いだが、やがて窓ガラスをたたき割る様にして、障壁を粉々に砕いた。
次に来るのは、その衝撃。魔女はその勢いに抵抗できず、「がっ」と短い声をあげた。彼女はそのまま突き飛ばされ、やがて後頭部から地面へと倒れた。
メアーズレッグの銃口から、煙が上がる。そして静かに、炎が沈静化していく。
すべての炎が消え去ると、ジョージは我に返る。そこには片手でメアーズレッグを放っていた、自分がいた。
「今のは…なんだ…?」
眼前に倒れる魔女を見て、ジョージは唯々困惑の念を漏らしたのだった。
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なんだかざまぁ(?)系が書きたかったので書いてみました。
エルバルド学園卒業記念パーティー。
それも終わりに近付いた頃、ある事件が起こる…
※エブリスタさんでも投稿しています
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