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シナリオは動き出す
4-4
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時は、少し遡る。
午後8時まで、あと数十分と言った所だ。ジョージは路肩にアイアン883を停めると、素早くオペラハウスの裏口に回り、景観を整えるために植えられた木々と玉柘植のある庭に隠れた。
ジョージの目が届く範囲には、鉄扉がある。ここは非常用出口の1つで、そのままオペラハウスの裏口に繋がっていた。
改めて周囲を警戒しても、何もいない。それもそうだ。豪華絢爛の正面入口からは雲泥の差があるほどの簡素な扉で、舞台員は勿論オペラハウスのスタッフですら、頻繁には使用しない。
だが、この裏口はやがて信徒達に封鎖される手筈になっている。とは言え先の通り、重要なポイントでは無いため、侵入するには都合の良い場所であった。
奴らが動き出すまでもう間もなく。その混乱に乗じる準備をしなければならない。
まずジョージはジャケットを脱ぐと、バッグからAR15とタクティカルベルト、それとメアーズレッグを取り出した。
結局のところ、ジョージはAR15とガバメントのほかに、メアーズレッグも装備に加えていた。しかし、あくまでも持っていくだけだ。実用性の有無は、時と場合によるものだと、一種の願掛けのつもりだった。とはいえ、どこかしらに使い所が有る武器。必要な際に手元に無ければ、自身の怠惰からの失敗。自身のポリシーに反してしまう。故にデットウェイトになってしまうが、常に手元になければならなかった。
ベルトをコブラバックルで腰回りに固定すると、メアーズレッグを腰裏の特注ホルスターにしまい込む。
これはアンドレイに頼み込み、作らせたものだ。ナイロンを基盤とした大型ハンドガンのホルスターを改良し、ベルクロ調節でメアーズレッグを差し込める様に改良されたものだった。
腕時計のアラームが鳴った。いよいよ、計画が始動するだろう。
「始まったか」
ジョージは小走りで鉄扉まで向かう。すると、途中で銃声が聞こえた。発射数は連射で5発ほどだ。
――銃声からして、小銃。アサルトライフル持ちが一人確実に居るな。
やがて鉄扉にたどり着くと、胸元のポーチから手鏡を取り出し、角度を付けながら窓の向こう側を映した。
視界に入ったのは、民間人を装った男だ。例に漏れず、G36Cを握っており、無線による更新を行っている様だった。
信徒であろう男が通信を終えた直ぐ、ジョージは扉を軽く押して、素早くオペラハウスの内部へと入り込んだ。
改めて視界に入ったのは、信徒二人。彼らが気が付くころには、既に何のためらいもなくトリガーを引いていた。音速で飛び出した5.56mmの弾丸は、信徒の頭を打ち抜いた。無慈悲にもそれは眉間付近を貫く。
――まず一つ。次は…
徒党を組んでも所詮は素人。乱入者が居ることを想定していなかったのだろう。何が起きたかと茫然と立ちすくんでいる女の信徒に、ジョージは即座にトリガーを2回引いた。
「きっ」
短い悲鳴を上げると同時に、弾丸が2発、彼女を貫いた。額辺りと心臓。二射確殺だ。
相手が女だろうが子供だろうが、エリア内で銃を握っていればそれは敵だ。そこに容赦の必要はなく、躊躇は死に繋がる。確実な判断こそが、生死を左右する世界だ。
――クリア。さて…
ジョージは射殺した信徒の死体まで向かうと、物を漁った。狙いは無線機だ。拾い上げ、接続端子にインカムを差し込むと、プレートキャリアにマウントした。これで信徒の行動を、聞くことができる。
先ほどの銃声だが、どうやらこの場に丁度居合わせた観客に向けて発砲したらしい。歳はジョージより少し若いくらいの男で、ビジネススーツに身を包んだ男だった。
男の手元には、電話機が握られていた。そこから、音声が漏れてくる。
「パパ。どうしたの?ねえパパ!今の音は何!」
子供にでも電話をかけていたのだろうか。ジョージはその場を後にして、先へと進む。
しかし、辺りを見渡せば、既にガランとした廊下が広がっている。もう既に、奴らは配置についている。道中に転がっている、警備スタッフであろう死体がそれを物語っていた。
「運が無かったな」
ジョージはスタッフだった物にそう言い残すと、アラートポジション――銃の構え。会敵時に即時対応可能な待機状態。銃口を斜め下に傾け、視界を確保する構え――を取り、前進していった。
ジョージの頭には既におおよその配置が既に入っている。故に出来るだけ相手の視界に入らず、場合によっては相手を殺傷し、ミイナ・コールのいる部屋まで向かうのに、会敵率の低い最短のルートを選んだ。
銃撃音が、また聞こえた。今度はホール内だ。同時に、観客の悲鳴が不揃いな合唱の様に響き始める。
おそらく、PIPDが通報を聞きつけ動き出すまでに、30分ほどだろう。ジョージは腕時計のストップウォッチ機能を使い、30分に時間を合わせた。
時間との戦いだ。身体に染み付いたクイックピーク――壁越しから一瞬だけ顔を出し、安全を確認する方法――を使いつつ、クリアリングを手早く行っていく。
道中、ホールからは血塗られた舌の演説が始まった。マグダエルの言う通り、夢物語を永遠と話している。加えて自身らのテロ行為を正当化するようなことまで喋り始めたのだから、もはや救いが無かった。
「まったく、聞いてられないな。クソめ」
まるでボタンを押せば喋り出す、玩具のサンタ如く煩わしい演説に毒吐きながらも、ジョージは歩みを止めなかった。
ミイナ・コールの居るであろう、階段まで差し掛かった所。再び信徒が居た。向こうはまだこちらに気がついていない。
この場所を通らなければ、ミイナ・コールにはたどり着けない。ジョージは深く息を吸い、カウントを開始する。
――3、2、1…ッ!
ジョージは左足を軸に180度回転し、即座に照準を信徒に合わせた。
まるで信徒たちには、構えた男が急に現れたように感じただろう。二人組がハッと気が付くころには、もう遅かった。息を吐く暇もなく放たれたセミオート射撃が、一発二発。そして、一発二発と信徒たちに叩き込まれる。
信徒たちは銃弾の勢いにより壁にもたれ掛かり、そのままずるずると壁に血痕を残し崩れた。
「クリア」
自身に言い聞かせるようにジョージは言うと、階段までローレディポジション――アラートポジションよりもさらに銃口を下げた姿勢。スタンバイ状態――の構えを取り、小走りで階段まで差し掛かる。
『こちらジェイ。全員状況報告』
ふと、通信が入った。ジョージはそれを無視し、階段を駆け上がる。
当然、二組からの返答はない。ジェイと名乗った男は、不審そうにもう一度通信で声をかけてくる。
『おい、ランディ、ベイブ。応答しろ。聞こえないのか?』
ジョージがゆっくりと歩調を落とし、中間の踊場に差し掛かった時、ついにジェイは何かが起きていると察したようだ。
『こちらジェイグループ。ジョンソングループと二階から一階に降りる。各員は待機しろ』
通信と同時に、どたどたと足音が上から響いてくる。ご親切に「急ぐぞ!」と急かす言葉まで聞こえてくるのだ。何故ここまで敵が来ているのかと、警戒をしないのだろうか。それだけ奴等は浮足立っているのか。或いは、所詮は素人の集まりか。
ジョージはすぐさま照準を階段の先に合わせた。セレクターはフルオートに。再び頭には秒針が浮かび、相手の歩調からカウントを開始する。
――よし…5、4、3、2、1…ッ!
信徒らが姿を表した刹那、ジョージは踊り場の半分から飛び出すと、小さく進みながら三点射を等間隔で開始した。
4人の信徒は瞬く間にその数を減らしていき、やがて最後の1人が地面に倒れた。ずる、ずると階段から滑り落ち、驚愕した顔で死んでいた。
「一度に出てくるバカがいるかよ」
ジョージはそう言い残し、やがて階段を登りきる手前まで来た。
ここからは、開けた場所に出る。加えて言うなら、信徒達が最も守らなければならない場所だ。その人数を減らせたのは、大きい。
なおこのオペラハウスの2階VIP席は、1階の観客席の最後尾から三列分、突き出るようにして作られている。弧を描くようになっており、2階へ上がる階段はそのちょうど真ん中に位置した。
まずジョージは階段の端に寄りながら、徐々に廊下が見える位置まで上がっていく。
そこはなんとも滑稽な光景だった。VIPの連中が手足をガムテープで縛られ扉の前に座らされ猿轡と目隠しをされながら、まるで商品の陳列如く並べられている。
片側がそうなのだ。おそらくもう片側も、同じだろう。
覗いた方には、ミイナ・コールの姿は見えない。ならばとジョージは、もう片側もクリアリングを済ませるべく、顔を覗かせた。
「来たなっ!コンタクトォ!」
少し奥に、信徒がいた。さすがに階段であれだけ騒いだのだ。加えて弾丸まで飛んできたとあれば、少しでも頭のある奴はそうする。向こうは待ち伏せを行っていた。
厄介なのはガンロック――バリケード等の障害物から銃身を固定し照準は出てくるであろう場所に合わせ、待ち伏せする方法――により先手を取ることが難しく、自身の被弾面積も小さくしている点だ。
信徒達は、2人1組だ。おそらく2名は確実に待ち構えているはず。では、どうするか。
――リスクは高いが…!
ジョージはポーチから手のひらより少し大きな、円柱型の物体を取り出すと、ピンに指をかけた。
M84スタングレネードだ。
ジョージはそれを体が出るギリギリのラインから投げると、それは壁に当たり、確度から信徒の近くまで弾け飛んだ。
「なっ!」
まさかそこまで用意していたとは思わなかったのだろう。そうした油断が信徒たちの判断を鈍らせた。
それは勢いよく爆ぜて、辺りに光と凄まじい音を響かせた。おおよそ100万カンデラと、170デシベルの合わせ技が、信徒たちに襲いかかる。
このスタングレネードの恐ろしさは、殺傷力ではなくその効果。強烈な光と音を同時に受けた人間は、パニック状態に陥り、完全に無力化する。うずくまるか、叫び散らすかで戦意を喪失させるのだ。
このスタングレネードを確実に受けたかは不明だが、ジョージは爆破からほんの数刻後に飛び出した。
どうやら信徒の2人は、狙い通りもろにそれを受けたらしい。やかましくも悲鳴に似たうめき声を上げ、目元か耳元を抑えている。
「はっ、哀れなもんだ」
信徒達は立っている事すらできないのか、やがて地面に倒れ目を瞑り耳を抑えて暴れ始める。
ジョージはそんな彼らの元までゆっくり歩いていくと、一人、また一人と頭部を撃ち抜いていく。彼らは無抵抗であっても、敵であることに変わりはない。確実に仕留めることこそ、ジョージのポリシーだった。
こうして、二階の制圧は終わった。何ともあっけない物であったが、一方的に勝利することこそ、どの戦場においても求められる。それは卓上の理論かもしれないが、ジョージはその理論を忠実に行ったにすぎない。
だが、まだこれで終わったわけではない。ジョージはやっとAR15を手放しスリングにその自重を預けたが、いまだこのオペラハウスは敵のど真ん中。ガバメントだけは抜いておいた。
ミイナ・コールは、確か色白の少女だ。並べられた人質たちを品定めするように、ジョージはその列を歩いていく。
無論、銃撃戦があったこの場だ。流れ弾を受けて流血している人質、またフラッシュバンの170デシベルをもろに受けた人質もいた。ジョージはそんな彼らを眺めたが、やがて視線を外し、ミイナ・コールを探し始める。同情はするが、ジョージに彼らを助ける余裕はない。既にPIPDが動き始めるまで、残り10分に迫っている。後の被害者は、警察に任せるか、誘拐でもされればいい。
順に見ていけば、やがてそれらしい人物が見えた。彼女は俯くようにして首を垂れ下げて、何かをつぶやいているようだ。
――こいつか?
ジョージは片膝をつくと、彼女の顔をじっと見る。磁器の様に色白のあどけなさを残す顔立ち、濃い紫がかった髪色に、少し長めのボブカット。間違いない。彼女だ。
「ミイナ・コールだな」
「!」
彼女は顔を上げるが、しばらくすると再び俯いた。
「何故顔を下げる。お前を保護しに来た」
すると再び、ミイナは顔を上げると、首を傾げた。おそらく何故自分が保護される状況になったのか、把握できていないらしい。
ジョージは面倒だと、猿ぐつわを外した。彼女は新鮮な空気を吸い込むように、深く息を吸い込む。
「は、はあはあ…えっと…だ、誰ですか…?」
「今はお前の味方だ。余計な事は、口にするなよ」
一応、安心をさせるような言葉を投げかけておく。変に騒がれては、後々面倒だからだ。
すると、忠告をしたはずにもかかわらず、ミイナはぼそぼそとしゃべり出した。
「やっぱり…その、お義父様の使いの人ですよ…ね?助けてくれることは、その、感謝します。でも…」
どうやら彼女は、父親の使いだと勘違いしているようだ。だが、ジョージにとってそっちの方が、都合がよかった。
「クライアントの依頼に従っているだけだ。もう、喋るな」
ジョージは再びミイナに釘を刺すと、その場を立って辺りを警戒した。
こうして、ジョージはミイナの元までたどり着いたのだった。
午後8時まで、あと数十分と言った所だ。ジョージは路肩にアイアン883を停めると、素早くオペラハウスの裏口に回り、景観を整えるために植えられた木々と玉柘植のある庭に隠れた。
ジョージの目が届く範囲には、鉄扉がある。ここは非常用出口の1つで、そのままオペラハウスの裏口に繋がっていた。
改めて周囲を警戒しても、何もいない。それもそうだ。豪華絢爛の正面入口からは雲泥の差があるほどの簡素な扉で、舞台員は勿論オペラハウスのスタッフですら、頻繁には使用しない。
だが、この裏口はやがて信徒達に封鎖される手筈になっている。とは言え先の通り、重要なポイントでは無いため、侵入するには都合の良い場所であった。
奴らが動き出すまでもう間もなく。その混乱に乗じる準備をしなければならない。
まずジョージはジャケットを脱ぐと、バッグからAR15とタクティカルベルト、それとメアーズレッグを取り出した。
結局のところ、ジョージはAR15とガバメントのほかに、メアーズレッグも装備に加えていた。しかし、あくまでも持っていくだけだ。実用性の有無は、時と場合によるものだと、一種の願掛けのつもりだった。とはいえ、どこかしらに使い所が有る武器。必要な際に手元に無ければ、自身の怠惰からの失敗。自身のポリシーに反してしまう。故にデットウェイトになってしまうが、常に手元になければならなかった。
ベルトをコブラバックルで腰回りに固定すると、メアーズレッグを腰裏の特注ホルスターにしまい込む。
これはアンドレイに頼み込み、作らせたものだ。ナイロンを基盤とした大型ハンドガンのホルスターを改良し、ベルクロ調節でメアーズレッグを差し込める様に改良されたものだった。
腕時計のアラームが鳴った。いよいよ、計画が始動するだろう。
「始まったか」
ジョージは小走りで鉄扉まで向かう。すると、途中で銃声が聞こえた。発射数は連射で5発ほどだ。
――銃声からして、小銃。アサルトライフル持ちが一人確実に居るな。
やがて鉄扉にたどり着くと、胸元のポーチから手鏡を取り出し、角度を付けながら窓の向こう側を映した。
視界に入ったのは、民間人を装った男だ。例に漏れず、G36Cを握っており、無線による更新を行っている様だった。
信徒であろう男が通信を終えた直ぐ、ジョージは扉を軽く押して、素早くオペラハウスの内部へと入り込んだ。
改めて視界に入ったのは、信徒二人。彼らが気が付くころには、既に何のためらいもなくトリガーを引いていた。音速で飛び出した5.56mmの弾丸は、信徒の頭を打ち抜いた。無慈悲にもそれは眉間付近を貫く。
――まず一つ。次は…
徒党を組んでも所詮は素人。乱入者が居ることを想定していなかったのだろう。何が起きたかと茫然と立ちすくんでいる女の信徒に、ジョージは即座にトリガーを2回引いた。
「きっ」
短い悲鳴を上げると同時に、弾丸が2発、彼女を貫いた。額辺りと心臓。二射確殺だ。
相手が女だろうが子供だろうが、エリア内で銃を握っていればそれは敵だ。そこに容赦の必要はなく、躊躇は死に繋がる。確実な判断こそが、生死を左右する世界だ。
――クリア。さて…
ジョージは射殺した信徒の死体まで向かうと、物を漁った。狙いは無線機だ。拾い上げ、接続端子にインカムを差し込むと、プレートキャリアにマウントした。これで信徒の行動を、聞くことができる。
先ほどの銃声だが、どうやらこの場に丁度居合わせた観客に向けて発砲したらしい。歳はジョージより少し若いくらいの男で、ビジネススーツに身を包んだ男だった。
男の手元には、電話機が握られていた。そこから、音声が漏れてくる。
「パパ。どうしたの?ねえパパ!今の音は何!」
子供にでも電話をかけていたのだろうか。ジョージはその場を後にして、先へと進む。
しかし、辺りを見渡せば、既にガランとした廊下が広がっている。もう既に、奴らは配置についている。道中に転がっている、警備スタッフであろう死体がそれを物語っていた。
「運が無かったな」
ジョージはスタッフだった物にそう言い残すと、アラートポジション――銃の構え。会敵時に即時対応可能な待機状態。銃口を斜め下に傾け、視界を確保する構え――を取り、前進していった。
ジョージの頭には既におおよその配置が既に入っている。故に出来るだけ相手の視界に入らず、場合によっては相手を殺傷し、ミイナ・コールのいる部屋まで向かうのに、会敵率の低い最短のルートを選んだ。
銃撃音が、また聞こえた。今度はホール内だ。同時に、観客の悲鳴が不揃いな合唱の様に響き始める。
おそらく、PIPDが通報を聞きつけ動き出すまでに、30分ほどだろう。ジョージは腕時計のストップウォッチ機能を使い、30分に時間を合わせた。
時間との戦いだ。身体に染み付いたクイックピーク――壁越しから一瞬だけ顔を出し、安全を確認する方法――を使いつつ、クリアリングを手早く行っていく。
道中、ホールからは血塗られた舌の演説が始まった。マグダエルの言う通り、夢物語を永遠と話している。加えて自身らのテロ行為を正当化するようなことまで喋り始めたのだから、もはや救いが無かった。
「まったく、聞いてられないな。クソめ」
まるでボタンを押せば喋り出す、玩具のサンタ如く煩わしい演説に毒吐きながらも、ジョージは歩みを止めなかった。
ミイナ・コールの居るであろう、階段まで差し掛かった所。再び信徒が居た。向こうはまだこちらに気がついていない。
この場所を通らなければ、ミイナ・コールにはたどり着けない。ジョージは深く息を吸い、カウントを開始する。
――3、2、1…ッ!
ジョージは左足を軸に180度回転し、即座に照準を信徒に合わせた。
まるで信徒たちには、構えた男が急に現れたように感じただろう。二人組がハッと気が付くころには、もう遅かった。息を吐く暇もなく放たれたセミオート射撃が、一発二発。そして、一発二発と信徒たちに叩き込まれる。
信徒たちは銃弾の勢いにより壁にもたれ掛かり、そのままずるずると壁に血痕を残し崩れた。
「クリア」
自身に言い聞かせるようにジョージは言うと、階段までローレディポジション――アラートポジションよりもさらに銃口を下げた姿勢。スタンバイ状態――の構えを取り、小走りで階段まで差し掛かる。
『こちらジェイ。全員状況報告』
ふと、通信が入った。ジョージはそれを無視し、階段を駆け上がる。
当然、二組からの返答はない。ジェイと名乗った男は、不審そうにもう一度通信で声をかけてくる。
『おい、ランディ、ベイブ。応答しろ。聞こえないのか?』
ジョージがゆっくりと歩調を落とし、中間の踊場に差し掛かった時、ついにジェイは何かが起きていると察したようだ。
『こちらジェイグループ。ジョンソングループと二階から一階に降りる。各員は待機しろ』
通信と同時に、どたどたと足音が上から響いてくる。ご親切に「急ぐぞ!」と急かす言葉まで聞こえてくるのだ。何故ここまで敵が来ているのかと、警戒をしないのだろうか。それだけ奴等は浮足立っているのか。或いは、所詮は素人の集まりか。
ジョージはすぐさま照準を階段の先に合わせた。セレクターはフルオートに。再び頭には秒針が浮かび、相手の歩調からカウントを開始する。
――よし…5、4、3、2、1…ッ!
信徒らが姿を表した刹那、ジョージは踊り場の半分から飛び出すと、小さく進みながら三点射を等間隔で開始した。
4人の信徒は瞬く間にその数を減らしていき、やがて最後の1人が地面に倒れた。ずる、ずると階段から滑り落ち、驚愕した顔で死んでいた。
「一度に出てくるバカがいるかよ」
ジョージはそう言い残し、やがて階段を登りきる手前まで来た。
ここからは、開けた場所に出る。加えて言うなら、信徒達が最も守らなければならない場所だ。その人数を減らせたのは、大きい。
なおこのオペラハウスの2階VIP席は、1階の観客席の最後尾から三列分、突き出るようにして作られている。弧を描くようになっており、2階へ上がる階段はそのちょうど真ん中に位置した。
まずジョージは階段の端に寄りながら、徐々に廊下が見える位置まで上がっていく。
そこはなんとも滑稽な光景だった。VIPの連中が手足をガムテープで縛られ扉の前に座らされ猿轡と目隠しをされながら、まるで商品の陳列如く並べられている。
片側がそうなのだ。おそらくもう片側も、同じだろう。
覗いた方には、ミイナ・コールの姿は見えない。ならばとジョージは、もう片側もクリアリングを済ませるべく、顔を覗かせた。
「来たなっ!コンタクトォ!」
少し奥に、信徒がいた。さすがに階段であれだけ騒いだのだ。加えて弾丸まで飛んできたとあれば、少しでも頭のある奴はそうする。向こうは待ち伏せを行っていた。
厄介なのはガンロック――バリケード等の障害物から銃身を固定し照準は出てくるであろう場所に合わせ、待ち伏せする方法――により先手を取ることが難しく、自身の被弾面積も小さくしている点だ。
信徒達は、2人1組だ。おそらく2名は確実に待ち構えているはず。では、どうするか。
――リスクは高いが…!
ジョージはポーチから手のひらより少し大きな、円柱型の物体を取り出すと、ピンに指をかけた。
M84スタングレネードだ。
ジョージはそれを体が出るギリギリのラインから投げると、それは壁に当たり、確度から信徒の近くまで弾け飛んだ。
「なっ!」
まさかそこまで用意していたとは思わなかったのだろう。そうした油断が信徒たちの判断を鈍らせた。
それは勢いよく爆ぜて、辺りに光と凄まじい音を響かせた。おおよそ100万カンデラと、170デシベルの合わせ技が、信徒たちに襲いかかる。
このスタングレネードの恐ろしさは、殺傷力ではなくその効果。強烈な光と音を同時に受けた人間は、パニック状態に陥り、完全に無力化する。うずくまるか、叫び散らすかで戦意を喪失させるのだ。
このスタングレネードを確実に受けたかは不明だが、ジョージは爆破からほんの数刻後に飛び出した。
どうやら信徒の2人は、狙い通りもろにそれを受けたらしい。やかましくも悲鳴に似たうめき声を上げ、目元か耳元を抑えている。
「はっ、哀れなもんだ」
信徒達は立っている事すらできないのか、やがて地面に倒れ目を瞑り耳を抑えて暴れ始める。
ジョージはそんな彼らの元までゆっくり歩いていくと、一人、また一人と頭部を撃ち抜いていく。彼らは無抵抗であっても、敵であることに変わりはない。確実に仕留めることこそ、ジョージのポリシーだった。
こうして、二階の制圧は終わった。何ともあっけない物であったが、一方的に勝利することこそ、どの戦場においても求められる。それは卓上の理論かもしれないが、ジョージはその理論を忠実に行ったにすぎない。
だが、まだこれで終わったわけではない。ジョージはやっとAR15を手放しスリングにその自重を預けたが、いまだこのオペラハウスは敵のど真ん中。ガバメントだけは抜いておいた。
ミイナ・コールは、確か色白の少女だ。並べられた人質たちを品定めするように、ジョージはその列を歩いていく。
無論、銃撃戦があったこの場だ。流れ弾を受けて流血している人質、またフラッシュバンの170デシベルをもろに受けた人質もいた。ジョージはそんな彼らを眺めたが、やがて視線を外し、ミイナ・コールを探し始める。同情はするが、ジョージに彼らを助ける余裕はない。既にPIPDが動き始めるまで、残り10分に迫っている。後の被害者は、警察に任せるか、誘拐でもされればいい。
順に見ていけば、やがてそれらしい人物が見えた。彼女は俯くようにして首を垂れ下げて、何かをつぶやいているようだ。
――こいつか?
ジョージは片膝をつくと、彼女の顔をじっと見る。磁器の様に色白のあどけなさを残す顔立ち、濃い紫がかった髪色に、少し長めのボブカット。間違いない。彼女だ。
「ミイナ・コールだな」
「!」
彼女は顔を上げるが、しばらくすると再び俯いた。
「何故顔を下げる。お前を保護しに来た」
すると再び、ミイナは顔を上げると、首を傾げた。おそらく何故自分が保護される状況になったのか、把握できていないらしい。
ジョージは面倒だと、猿ぐつわを外した。彼女は新鮮な空気を吸い込むように、深く息を吸い込む。
「は、はあはあ…えっと…だ、誰ですか…?」
「今はお前の味方だ。余計な事は、口にするなよ」
一応、安心をさせるような言葉を投げかけておく。変に騒がれては、後々面倒だからだ。
すると、忠告をしたはずにもかかわらず、ミイナはぼそぼそとしゃべり出した。
「やっぱり…その、お義父様の使いの人ですよ…ね?助けてくれることは、その、感謝します。でも…」
どうやら彼女は、父親の使いだと勘違いしているようだ。だが、ジョージにとってそっちの方が、都合がよかった。
「クライアントの依頼に従っているだけだ。もう、喋るな」
ジョージは再びミイナに釘を刺すと、その場を立って辺りを警戒した。
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