メアーズレッグの執行人

大空飛男

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シナリオは動き出す

4-3

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午後8時を迎えようとしている。いよいよ、オペラの第三幕を迎えようとしていた。
ヴェイグは私用で、一時的に席を外している。どうやら家族からの電話だったようで、申し訳ないように頭を下げながら出ていった。
ミイナは公演前のあまり時間を使い、オペラのパンフレットを眺め、これまでの内容を思い出しながら、胸の高鳴りを抑え込めずにいた。

最初の第一幕は、一人の少女にスポットが当たった。
中世を思い浮かべる城下町の様な舞台。そこに住む、薄汚れた衣を身に着けても、愛嬌とその振る舞いがなんとも可愛らしい少女。彼女は劇場の真ん中に立ち、透き通る様にして力強い声でセリフを響かせた。
訴えるのは、自身の過去。そして城下町に伝わる、妙な噂。少女は身に起こる逆境にも意を返さず、たくましくも生き、また街の住人も貧困ながら毎日を懸命に生きながら、笑いが絶えないそんな様子を披露していく。
場面が動いた。少女はやがて、戦乱に巻き込まれていく。100年にも及ぶ戦争の幕開けだった。これで、一幕が終わりを迎える。

第二幕。正規兵を度重なる連戦で失った王は、志願を募った。城下町の若い男たちは武勇を立てるべく、己の眠った力を信じ、野心を胸に秘めながら参加した。剣を持ち、鎧を身に着け、兵士へとなるべく訓練を行った。
少女は給仕係として採用され、訓練に勤しむ兵士たちに食事を振る舞った。兵士たちはやがて少女の顔を覚え、その仲を深めていく。それは嵐の前の静けさのように、穏やかで微笑ましい訓練風景だった。
それも長くは続かない。いよいよ、志願兵と正規兵を混合させた王の兵力、その第一陣が戦場に赴くことになる。少女もまた、給仕係としてその軍列に加わるが、ここで少女にとって過酷な運命の始まりが告げられる。
混成である練度にばらつきの目立つ少女たちの部隊は、敵勢力の斥候に見つかり、夜襲を仕掛けられた。正規兵、志願兵共に甚大なダメージを受け、やがて部隊は壊滅し、捕虜になることを迫られた。
少女はこうして、捕虜になった。荷車に乗せられ、やがて敵の領地へとたどり着くと、そこで奴隷商に引き渡される。ジュネーブ条約などありはしないこの時代に、つかまった捕虜は奴隷となる道しかなかったのだ。
首に値札を掲げられ、少女は路地裏に座らされる。非人道的な扱いに加え、まるで物のように扱われる少女は、やがて心が壊れていく。
少女はついに、敵勢力の富豪なる男に身を引き渡されることとなった。少女を乗せた荷車は富豪の元に連れていくべく、転がされていく。
だが、同時にある勢力が動いて居た。それは、敵勢力地にいながらもその政に反感を持つレジスタンスの存在。それが、仄めかされたのだ。
そして、第二幕が終わる。

ミイナは劇中。果敢にも運命に立ち向かうその少女に引き込まれた。少女は自分と変わらないほどの年齢であり、好印象だった。
また奴隷商に流され、心が荒んでいく様も、皮肉じみて自分に響いた。同調意識が働いたのだ。私もああした経験がある。似たような経験が。それで、それも富豪に引き取られどうなるかも想像が出来る。
もし。もしだ。
私も生まれる時代や場所、立場なら、きっとああした結果があったかもしれない。
普通に生まれ、普通に人と接し、困難や試練と出会う事で、たくましく成長していく。
そんな、ふわりと希望的な淡い思いが、湧きあがった。
刹那、ハッと自分の考えに驚き、首を振った。
「だ、だめだよ…」
現状を受け入れなければ、ミイナは心が本当におかしくなってしまう。自暴自棄にも似たその人生観を持っていなければ、彼女は廃人へと直行だ。
そうだ。そう考えればいい。少女には、自分と決定的な違いがいくつもある。彼女は不幸な体質ではない。それに、彼女以上に、他人から見れば恵まれた立場にいる。
オペラはあくまでも作り話。人々を盛り上げる為の娯楽。この世界に脚本家などいやしなければ、主人公やヒロインの様な役者も居ない。
「…それでも、もし脚本があるなら…私はお義父様の小道具なだけ。私の人生は、お義父さまの道具なんだ。神様が私に、何かの役割を与えてるなら、そういう事なんだ」
ミイナは胸元を、ぐっと両手で抑える。何度も何度も、自分にそう言い聞かせる。
そうしている間にも、時は経ち、ブザーが鳴り響いた。第三幕、その開演の合図だ。
辺りは再び、照明を落としていく。そして、真っ暗になった。
ミイナは瞼を開き、舞台に目を寄越した。少女の行く末を、見届けなければと。
だが、それは叶わなかった。
真っ暗になったままで、いっこうに照明が付かないのだ。
会場がざわめきだす。なんだどうしたと、不安げな声と不服そうな声が入り混じる。
その時だ。会場にいるの、誰も予見していなかった事態が起こった。
四つの照明が、檀上の一点を射した。そこに立っているのは、牧師服を身にまとう、禿げた中年男性だった。
彼はざわめく観客を前に、紳士的に片手を前に振ると、軽く頭を下げる。
「みなさん。本日はこのオペラハウスにお越しいただき、感謝しております。演目の最中ではございますが、本日はここまでと致します。非常に残念でならないでしょうが、その代わりの、お話を用意させていただきました。どうか、ご清聴をお願い申し上げます。我ら、血塗られた舌教団の、神についてでございます」
牧師服の男が軽い演説を終えた直後、薄暗い会場の端々から銃撃音が鳴り響く。
悲鳴が会場中にこだまする。人々は席を立ち、逃げようと必死に蠢き始めた。
すると、再び銃声が何発も響く。
「撃ってきやがった!」
「人殺し!」
叫ぶ観客がいる。彼らは問答無用に、銃声と共に絶命していく。
やがて、銃口を向けられた人々は円形状になっていき、動けなくなっていった。
「嘆かわしい。神の教えに背き、逃げ出そうなどと…。之も神の試練と言うのに。みなさま、既に試練は始まっているのです。ですが、貴方がたは理解を成されていない。故に、迷える子羊を導く者として、改めて言わせていただきます。ご清聴、頂けますね?」
牧師男は、そういうと、やがて人々は言われるがまま、静かになっていく。
「あっ…な、なんで…今日は絶対、もう起こらないって…」
その様子を見て、ミイナは狼狽した。その考えこそ、愚の骨頂だった。これまで上手くいったのは、このテロに遭遇する、すべての布石だったのだ。
ミイナはVIP席の入り口まで向かおうと、席を立つ。だが、すぐにそれは無意味だったと理解した。
扉が破られ、二人組の男女が侵入した来たのだ。彼らは黒光りする火器を持ち、笑みを見せてくる。
「おとなしく、してくれますね?迷える子羊よ」
ミイナは思わず、その場でへたり込んでしまった。
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