メアーズレッグの執行人

大空飛男

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シナリオは動き出す

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この怪しげな男が依頼人だと如何にも思えなかったが、事実それ以外にこうした客人が訪れるのは滅多にない。
ジョージは威圧した視線を外さず、ホルスターに拳銃を差し込んだ。
とは言え未だに信用出来ない故に、怪しい動きをしたら即座に抜き放てるよう、利き手をホルスターになぞらせ位置を再確認した。
そのままの流れでジョージはキャビネットに体重を預けると、腰に手を当て静かに問う。
「どうやってこの部屋に入った。扉は空いていなかった筈だが?」
喪服男は愉快に笑った。
「いやぁ…ははは。窓が空いていたじゃないか。不用心だねぇ」
ふと窓に視線を向ければ、確かに鍵は外されていた。とは言え、ここはビルの三階。侵入はただの一般人であれば容易ではないだろう。つまり――
「素人では、無い。か」
余裕そうにハットの男は笑って見せる。ジョージはその得意げな態度が心底気に触り、苛立った。
「もういい。それで、依頼内容はなんだ?」
淡々と話を進めようとするジョージに男はまたもや大げさな素振りを起こす。
「まってくれ。そんなにトントンと進められてしまっては面白くないじゃないか」
「おもしろいも何も依頼人だ。俺はあんたと仕事以上に慣れ合う気は無い。さっさと話せ。断るぞ」
「まだ何も言ってないのに断るとは相当嫌われたようだねぇ。やっぱり君のような人物は総じて冷たいのかな?」
含みのある言い方にジョージは逆撫でされた気持ちを抱いたが、直ぐに表情を殺す。
「俺を頼って来た。つまりロクでもない依頼のはずだ。違うか?」
 彼の職業は分かりやすく言うと用心棒である。最善の手段を選び抜く力に、精密機械のように鋭い戦い方をする彼は、何時しかキリングマシーンと裏の世界に蔓延る組織に内々で危険視されていた。
その仕事ぶりに引く手数多の彼だが、彼はどの組織にも属さず、企業とも提携しないアウトローでもある。それに彼を頼るのは大方が堅気であり、彼を紹介する引き合い人もまた、堅気をターゲットとしていた。
つまり簡単に言うと彼は汚いやり方を行うクズ共に報復する、復讐人のような物なのだ。
ハットの男は口ぶりからしてそれらを認知しているようだが、口を開けばまるで喫茶店で友人と会話を楽しむような軽口じみたしゃべり方で、嬉々と喋りはじめる。
「いやぁ聞いてくれよ。私には友人がいるんだがね。それはとても素晴らしい奴なんだよ。あれほど面白い奴は類稀だ!」
「へぇそうかい。それはよかったな」
「おいおい依頼の話だ。ちゃんと聞いてくれたまえ」
「ああ、きちんと聞いているぞ、ホモ野郎なんだったか?お前の友人は」
ジョージは如何にも小ばかにしたような、横柄な態度で聞く姿勢を見せる。
しかし男もまた、小馬鹿にしたようににやけ面を見せた。
「面白くないなぁそのジョークは。ま、いい。それでね、その友人は起業家なんだ。これが大層に繁盛しているわけでね、そんな彼にこう聞いたんだよ。成功の秘訣はなんだってね?なんだとおもう?」
ジョージの反応を待つようにハットの男は目線を向ける。
「さぁ?俺はビジネスマンじゃない。そろばんを叩いたり、客の顔色を伺う毎日なんざ知りたくもない」
「そうかね。ま、それで、その秘訣だが…なんと女神がいるらしいんだよ。幸運の女神が!」
なんだそんな事かと、ジョージは乾いた笑いを見せた。
「へぇ、それは驚いた。よく出来たホラ話だな。予想にもしてなかった。どの道、クソみたいな謙遜だろうが」
「ははは、そう思うのも当然だ。だがねこれが本当らしい。なんでもその女神は彼曰く幸運を運んでくるそうだよ。どうだい?おもしろいだろう?」
さも驚いただろうといわんばかりにハットの男は言うが、ジョージは興味なさげに煙草に火をつける。
「で、なんだ。その女神をどうしろと?殺せばいいのか?ご利益をあやかりたいから誘拐でもすればいいのか?どの道、俺のやる仕事じゃない」
軽く突っぱねてやろうとした矢先、ハットの男は椅子にもたれかかると、両指を合わせた。
「いやぁ、殺すなんてもっての他。直球に言えばそうだね、誘拐じゃなく、君に保護してほしい。おそらくこのままだと、彼女は誘拐されるんだ」
 唐突な思いがけない内容の挙句、さもこれから起こる事を予見したような口ぶりにジョージは首を傾げる。
この話、何故か興味が湧く。ふざけた話し方だが、何処か信憑性がある様な気がした。
そんなジョージの様子にハットの男は横柄な姿勢を正した。
「お?やっと興味を持ったみたいだね」
「話が見えてこないな。どういう事だ?」
「どうもこうも君の依頼は彼女の保護。簡単だろう?」
 ジョージは煙を吐いて、一感覚置いた。
 やはり依頼に嘘を言っているような顔ではない。むしろ真実を語るそれだった。
 ジョージはやっとそこで、この男の言いたいことが腑に落ちた。
「そうか。つまりアンタは友人に恩を売りたいのか」
「そうとも、言うかもしれないね」
「だがなその情報、その友人とやらに教えてやれ。さっきも言ったが俺は暇じゃない。一言いえば、その友人も血相抱えて警備員を増員するんじゃないか?そうすれば、態々俺が出張る必要が無い。それともあれか?まさかこの依頼が、その友人に対してのサプライズか?だったら回りくどい。金持ちの道楽に付き合ってたまるか」
 叱咤するように言うジョージだったが、この依頼は何処か引っかかる。
もし友人の為ならば、先程も言ったようにその友人に教えるのが筋のはず。サプライズだとしても、友人の為を思って行うにはあまりにもリスクが高い。
 「頑なだね、ジョージ。ま、友人に教えてもいいのだが、彼がどうしようと、彼女が誘拐される運命は変わらない。問題はどうなるかだからね」
やはりだ。彼は頑なに誘拐と表現する。
おかしな話だ。如何してそこまで言い切れるのか。彼の口ぶりからすれば誘拐こそまだ起こっていないのだろうが、いずれ起こると運命の話まで出てくる。流石に疑問も湧き上がった。
そもそも、この男は何がおかしい。格好や人種はではなく、何かが変だと直感的に感じるのだ。占い師やイタコのようなうさん臭さともちがう。例えば、彼の言うことは何故か正しいのではないだろうかと、錯覚してしまうのだ。
ジョージはそれらの要因から、待てよと視点を変える。依頼の話ではなく、彼に対してだ。
すると彼には、やはり違和感がいくつもある様に思えた。例えるなら、人間にはない不気味で深淵の奥から成る、魅力を醸し出している、そんな風に。
 違和感とは、抱けば抱くほど浮彫になっていくものである。ものの数秒、ハットの男を注視すれば、ジョージは目を疑った。
 彼はぼんやりと確かに蜃気楼のようにゆがんで見えるし、凛と形をもって座っても見える。見据える男の瞳はまるで混沌を思わせるほど黒く無限大で、人知を超えた何かのように思えてならない。
気付くべきではなかったのかもしれない。認知してしまったジョージは思わず、一筋の冷や汗が出るのを感じた。
 そうしたジョージの表情を読み取ったのだろう。ハットの男はわざとらしく、それでいて不気味にニヤけて見せた。
「ほう…そうか」
彼は静かにそうつぶやき、変わらず調子よく話題を変えた。
「お、そうだ。話は逸れるが知っているかね?この世界に、神はいない。そう、十年前以前から語られてきたバイブルの神はね。人は何かにすがりたい物だ。だから、絶対的偶像を作りたがる。それは空想神であったり、民草の誇張表現からできた代物だ。しかしね…には神とは違う、君の運命を決める絶対者がいる」
「お前は…何を言っている?」
「惚けなくていい。君はその末端に触れてきたはずだからね。つまり…だ。このシナリオは今この時をもって、始まった!」
 末端、シナリオ、そうした言葉の羅列を聞けば、妄想だの空想だの、頭のいかれた奴と突っぱねたい気分になるだろう。
だが、ジョージは理解が追いついてしまった。故に自ずと、体が動いてしまった。
無理もないだろう彼は10年前のあの日から、そうした類に触れてしまっていた。
いや彼だけではない、世界中がだ。加えて言えばジョージは一般と比べれば少しだけ、より深く触れてしまっている
 居ても立ってもいられないジョージは、またも拳銃を抜き去り、男へ銃口を向ける。
 「お前は何だ?いや、正直お前がどういったものなのかは理解できるかもしれない。だがな、知らない。いや今知ってしまったんだろう。そういった方が正しいんだろう。だからあえて聞かせてもらう。お前は…お前は一体なんだっ!?」
 ジョージの言葉を最後に、静寂はさらに引き締まる。息も詰まるように張り詰めた空気があたりを覆う。ジョージは今にも引き金を引きそうで、ハットの男を完全に敵視している。
だが、男も銃口を見ると、一つ息を吐いた。
 「あのねぇ、嫌いなんだよそのは。人は自分が強いものだと、勘違いをしてしまうんだ」
 そう言うとハットの男はぼそりと何かをつぶやいた。ジョージの意識は何事かと聞き取るべく耳に行ったが、まったくと言っていいほど、理解の追いつかない言葉だった。そもそも、人間が発するような言葉ですらなかったのだが。
 刹那、ジョージの手元から拳銃は忽然と姿を消し、力んでいた手は力の行き場を失い空をつかむ。
 「くそっ…!」
 下手な動きをすれば殺られると判断したジョージは反射的に地を蹴って距離を取っていた。床板が鳴くように軋む。
 ハットの男はジョージの慌てふためく様に、にんまりとした分厚い唇をさらに歪めた。
 「ふふ、お前は何だ…か。いやぁ何だろう?神なのかもしれないし、人なのかもしれない。それとも、フェアリーテイルかな」
 そういって、ハットの男は立ち上がる。ジョージの警戒にも意も返さず、帽子を深くかぶりなおして革製の手袋を外し始める。
 ジョージは先に仕掛けるかと思考を巡らせたが、男はその前に口を挟んだ。
 「ああ、間違っても立ち向かおうと思わないことだ。私は倒せない。いまの君じゃ、無理だ。あと、私は痛いのが嫌いなんだよ。人間、だれしもそうだからね」
「お前が人間を語るな!化け物め!」
怒鳴るようなジョージの言葉を聞き流し、ハットの男は革製の手袋を丁寧に折りたたんでポケットに入れると、話続けた。
「ま、ともかく依頼は伝えたよ。ああ、依頼内容がよくわからないなんて話はなしだ。詳しい内容はデスクに資料を置いたからね。よく読んでくれたまえ。それともう一つ、小道具も置いておいた。それは君にとって、今日から始まるシナリオを左右する重要な代物だ。ま、君がそれを正しくどう使うかは、また別の話だが…精々期待を裏切らないでくれよ。英雄さん」
 ハットの男は最後に、ジョージに手のひらを向ける。一見意味のない動作に見えるが、ジョージにはそれがはっきりと異常だということを感づかせた。
 黒人は肌の色は黒くとも、その手のひらは意外にも色が薄い。曰く手のひらは身体的特徴が現れにくく、大概の人間はこうであると言う。理由としてメラニンが少ない故、また手のひらが発達した故など様々の説があるのだが、ともかくそうした生物学的法則がある。
だが、この男は――
 「これで、逃げようとも思わないだろう?これは私が君にかける保険だ。意味、分かるよね?」
 明らかに黒々とした色だった。注視しなければ気が付かない点だが、すなわちそれは人ではないという証である。
これではっきりした。この男は――
 「ああ、そういえば名乗っていなかったね、私はハングドマン。千の顔を持つ男…とも言われるね。いいかい?君はプレイヤーだ。つまり逃げられないのさ、この盤上から。それに君はシナリオでなければ死ねない――いや、死ぬことが。まあ今まで…酷だったねぇ、君は無駄な努力をしてきた訳なのだから。では、君に幸運を…」
 こうしてハットの男は不敵な笑みを見せると同時に、まるで元々そこからいなかったかのように空気が歪み姿を消したのだった。
    
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