詩集

消えない五千円

  大好きな叔父は50代の若さで


  癌でこの世界とお別れをした


  
  まるで眠るように


  名前を呼べば起きそうな寝顔


 
 亡くなる数ヶ月前のお正月
家族みんなであった時に叔父は私だけ先に車に乗るようにうながした


  気がつくと叔父が私の右手を握っていた


  気がつきさいしない力で


  熊のような私の好きな大きな手


  スッと手が離れる


   何も言わず叔父はドライバー席まで歩きこちらを見た


   あっと声が出そうになった


  まるでこの世界を焼き付けるような瞳


  7歳の時から親戚の死と何度も向き合ってきた私はいつのまにか瞳を見ると


   知る


 この人は近いうちに亡くなる人の瞳だと


  呆然として叔父を見ていると微かに微笑んだ


   私の手の中には五千円が一枚、四つ折りにされて小さく生きていた


  それから２ヶ月後に叔父は息をひきとる


 五千円を使うか迷っていたが


 言葉にならない言葉を託したのだと思い一冊だけ本を買った


  あの五千円は、もうこの世界を叔父の命の代わりにめぐっているのに



  私の手には、何度も何度も小さな四角い五千円が消えずに記憶として戻る


  まるで生きろ、生きろと言われるように


   まるで自分はこの世界に存在していたのを伝えてくるように


   消えない五千円は誰にも渡されない


    なぜなら叔父が託した私への言葉のない遺言なのだから