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第7話 寂寥

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  人の気配がしたので義雄はドアを開けた。玄関には、顔をこわばらせた渡辺さんが立っていた。


  思わず心配して声をかけたら渡辺さんがぎこちなく笑う。
「申し訳ないです。前のお風呂介助で田中さんがご満足して頂けたか心配で」

  
   あまりにも寂しそうな心もとない笑顔だったので義雄は慌てる。今までこんな気遣いの出来るヘルパーはいなかった。


   辞めてしまったら、困る。何より父親が渡辺さんがくるようになったら穏やかになり、義雄は独りで抱えていた気持ちが溢れだしそうだった気持ちが、少しずつ流れていっている。


   「渡辺さんが来て下さった時から、不思議と父親が穏やかなんです。あがって下さい」
  久しぶりに無理矢理、笑顔を作ると渡辺さんは安堵したように一息をはいて、にっこりと笑い家に入ってくれた。


    風呂あがりの父親からまたミントの香りがする。爽やかでもきつくなく母親の香水の香りを義雄は思い出す。


   
   仕事を辞職してから社会人でもなく、独身で結婚している分けでもない自分は誰かの夫でもなく、唯一の社会との繋がりは役所とヘルパーのみだ。


  いったい自分は、この社会でどの立場にいる人間なのだろうか?認識もされていない、父親と共に朽ちていく人間なのだろうかとまで追い詰められていた。


   そんな事を頭で考えていらリビングのテーブルで義雄はうとうとしてきた。


    父親の介護を独りでして家事に買い出し父親の看護用品などをしていて睡眠不足だ。

 
  父親の一義がまだヘルパーを拒み、足を骨折した時に介護のいろはも分からず毎日必死だった。


  片足が動かない分、父親はベッドの上で苛立ちながら1日に10回以上は義雄を呼びつけ声をあらげた。


   義雄の毎日の睡眠は、3時間にも満たなかった。  


   朦朧とした頭、睡眠不足、怒鳴り当たり散らす父親、先の見えない明日、もうどうでもよくなってきた時に自分の口から思わぬ言葉が出ていた。

   「もういい加減にしてくれよ!頼むから死んでくれよ!」

    義雄は、嗚咽をしながら泣いていた。父親の部屋は静まりかえり、義雄の押し殺した泣き声が静寂を押し出すかのように響く。

 
   息をきらしながら、自分が酷い事を言った事に気がつき、涙てま目の前が揺れる父親を見た。


   父親の一義は、ベッドの上で半身を起こして泣きたいような不憫な瞳で義雄を見ている。

   
    「すまなかったな・・・義雄に辛い思いをさせて・・・」
  そう言った一義は、昔の元気だった頃の父親の目だった。


    謝られてもこれからどうしたら良いのか分からない。義雄は膝からくずれ畳に頭をこすりつけるほど絶叫するように泣いた。

  寂寥感しかなかった。


  「義雄さん、義雄さん」
 どこからか、温かい自分を包み込んでくれるような声が響いた。

  
   ふと目をあけると、泣いていたのか目の前がよくみえない。
   目の前にミントの香りがする渡辺さんがいる。

  
   「疲れていらっしゃったから、眠って頂きたかったのですが、仕事を終えたらご家族に報告するのが義務なので」
   渡辺さんに不安そうな気持ちが瞳に混ざっていた。

   「いや・・・申し訳ない」
 義雄は、夢の悲しみよりも恥ずかしさがでて愛想笑いをした。

   
   父親の介護を続けて、世間の育児とは違いゴールは残酷だが介護をされている人間の死だ。父親が迷惑をかけた世間や病院に申し訳ないと愛想笑いが上手くなってしまった。


   「いいんですよ、看護されているご家族が少しでも独りになる時間を作るのが僕達の仕事ですから」
     渡辺さんが義雄を見て微笑んだ。


  そんな事を言ってくれる人はこの10年以上、誰一人として言ってくれなかった。


  義雄の瞳からポロポロと涙が流れて止まらず、渡辺さんはテーブルをはさんだイスに座りずっとにこにこしている。


  孤独も重圧も涙も何もかも渡辺さんが共に背負ってくれているようで、涙がとまらなくなった。


   いつから、自分はこんなに孤独だったのだろうか。


   



    

  


       


    
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