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第4話 承認欲求
しおりを挟む「彼は、私のために死んだんです!だから会いたいんです!だって、彼の生きがいは、私だけなんだから!」
本当に今の若いお嬢ちゃんは、やかましくて自分中心しか思考が及ばない。死者すら自分の持ち物だ。
死者とのタチアイ人、日和見タイカ(ひよりみ たいか)は、20代の酷い化粧をして、頭の痛くなる香水を撒き散らす依頼人の女に、朝からうんざりした。
「彼が死ぬ前に、大喧嘩しちゃったから、私のせいで、彼が死んじゃったのかも」
そう言って、依頼人の神崎なぎ(かんざき なぎ)は、ハンカチを顔にあて、肩を上下に揺らし、嫌らしい嘘泣きをした。
死者と再会させ、その対価として死者との記憶が消える、タチアイ人、通称裁ち会い人(たちあいにん)の仕事をしている日和見タイカは、雑居ビルの小さなブラウンのテーブルとパイプ椅子二脚の部屋で、この仕事をしている。
「神崎さん、亡くなった彼氏と私があなたを再会させる対価に、記憶がなくなるんですよ?それでも宜しいんですか?」
タイカは、テーブルに置かれた獏の置物を白い長い人差し指で撫でながら呟いた。
「だって、彼に会いたいもん!」
答えにすらなっていない。タイカは、心の中で失笑した。
「神崎さんの彼氏が亡くなったのは、3年で宜しかったですよね?報酬として前払いで、3万円を頂戴致します」
タイカが言うと、渋りながら派手なGUCCIのカバンから、神崎なぎは3万円を出した。
「では、獏、目の前の置物に2回呟いて下さい、私の悪夢を食べて下さい、と」
神崎なぎが、しぶしぶ唱えると、横に青白い顔をした20代の細身の長身の男が神崎なぎを見下ろしていた。
「はっくん!会いたかったよ!」
神崎なぎは、盛大に泣くが、再会した死者こと、菊田ハナトは無表情だった。
世間知らずのタイカでも、どこかで見たことがあると思ったら、メンズ雑誌のトップモデルだった。
「はっくん、ごめんね、なぎがわがままばかり言ったから、はっくん疲れちゃったんだよね?」
神崎なぎは、掴めもしない死者の菊田ハナトにすがるように詰め寄った。
相変わらず、菊田ハナトは無言だ。
タイカが、獏の置物を菊田に向けると、めんどくそうに話し始めた。
「俺は、俺を殺した奴になんて会いたくなかったよ」
小さな雑居ビルの1部屋ですら、聞こえるか聞こえないかの声だったが、神崎なぎの表情は、一気に凍りついた。
殺人か。タイカはめんどくそうに神崎なぎに冷たい視線を送った。ただの痴話喧嘩だと表にはていたが、たちが悪い。
死者が、悪意や思念が強いほど、生きている人間をあの世に引っ張りこみ、思考を根こそぎ奪って廃人にしてこちらの世界によこす。
それを食い止めるのも、日和見タイカの仕事だ。
「えっ、だって、はっくん、なぎが他の人を好きになったんだから怒ったんだよね?」
神崎なぎは、再会の喜びよりも恐怖に飲み込まれ、タイカを見ながら助けを求め始めた。
「お前が会いたいって言うから、ビルの屋上まで行ったら新しい男を紹介して、別れたいって言い出したのはお前だろ!そのあと、俺がめんどくさいだの騒いで、あの男と一緒に俺をビルの上から突き飛ばしたんじゃねえか!」
菊田ハナトが、神崎なぎに掴みかかろうとした所で、タイカは獏の置物の上で白い長い指をパチンと鳴らした。
動かないはずの獏の小さな口が開き、激昂していた菊田ハナトが消えた。
「神崎さん?神崎なぎさん?」
呆然と突っ立っている神崎に、タイカが声をかけると魂が抜けたかのように、神崎なぎがタイカを見た。
メンズ雑誌をタイカが、ブラウンのテーブルの上に置くと、神崎なぎが少し怯えたように、その表紙を飾る菊田ハナトを見た。
少し、魂をもっていかれたか。タイカは小さく舌打ちをした。
「この方を、ご存知ですか?」
タイカが雑誌を突きだすと、神崎なぎがひっと行って退いた。
「ええ、日本でドップモデルの菊田ハナトさんでしょ?確か、3年前にビルから転落事故で亡くなったとか、、、彼氏の父親が警視庁に勤めているので知ってるけど」
イケメンなのにかわいそう、神崎なぎは最後にそう呟いてタイカの元を去った。
「少し失敗したな。仕事に失敗はつきものだが」
タイカが置物の獏に呟くと、獏は食後のあくびをしてまた置物へと戻った。
日和見タイカの仕事場に、いつもの静けさが戻った。
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