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第5話 彼女

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  アキが転生して、7日経過した。
  娘が近くの幼稚園、大人の足で徒歩10分のグリーン幼稚園に通園している事を知り、パソコンの動画で見よう見まねでお弁当を作り娘の愛を送り出した。


   ありがたいことに、幼稚園バスはアキの家の周辺には同世代の子供がいないらしく、ママ友とは会わずにすんだ。


 担当の先生も、人当たりの良い20代前半の笑顔がヒマワリのように明るい先生だ。


   実家から、母親が妹を心転生する前にアキが通院していた心療内科に行かせるという電話以来、LINEも電話もこない。


  どこかで、ほっとしている自分がいた。アキが転生する前は、妹家族がいる実家には邪険にされ、最後の通院日に人生すら終わらせる気でいたのだ。


 なのに、立場が逆転したとたん自分は妹の泉を遠ざけている。


  これでは、転生前に妹家族と両親がアキにしていた事と同じではないか。アキは苦い気持ちがじわじわと心に広がるのを感じた。


  電話くらいしようか。

 迷った末、慣れない家族分の洗濯や買い出しや家事をかたずけて、受話器をとろうとした時だった。


 電話のベルが勢いよくなった。アキは転生する前にブラック企業でうつ病になり、燃え尽きるまで、散々クレーム対応の電話処理に追われ、電話に対してひどい拒否反応がでる。

  数回すると、ピタリとベルは止んだ。時計を見る。

  
  11時5分。まただ。

  夫が仕事に出て、愛を幼稚園に送り出し、家事を終えると見計らったように電話が数秒鳴り、切れるのが7日は続いている。

  見ると、非通知ではなく相手の電話番号が表示されている。


   転生後のアキの世界は、何もかも立場が逆転している事だけは分かる。だからなおさら怖いのだ。


  職場の他の女性と出来ちゃた婚をした元カレは、今のアキの夫になっている、夫の直人の両親とは、お正月に1度だけしか挨拶ていどしかあった事がない。


 転生後、結婚していない妹の泉の夫は、この世界でどこにいるのかすらアキには分からない。


 すると、珍しくまた電話が鳴った。反射的に体がひきつったが、アキは思いきって受話器をとる。


  「はい・・・」
 あえて名乗らず電話をとると、無言だ。いたずら電話だろうか?

  プツリ、プツリ、と電話が通じている音はする。


 「直人を、直人を私に返して」
 その声にアキは、凍りついた。声の主は、アキが転生する前に、夫の直人と出来ちゃた婚をして、うつ病のアキだけをわざわざ結婚式に呼ばなかった近藤奈美だ。


 アキがうつ病になり、直人との別れ話が出た頃、あっさり直人は職場の奈美と付き合いだし、子供が出来て結婚した。


 アキが休職中という事を理由に、アキだけが職場で1人だけ結婚式に呼ばれなかった。


 あからさまな奈美からの嫌がらせだった。


  直人は、職場では仕事も出来て、それなりに見た目も良い。付き合い始めたのはお互い同期で話が合ったからだったが、だんだん仕事で頭角を現してきた直人は、女性社員にモテた。


  アキがうつ病になってからも直人は、支えてくれたが仕事や付き合いで、徐々にアキから距離が離れていくのが分かり、フェードアウトするように、アキの休職と共に別れた。


 正直、ホッとする気持ちと、アキと別れた後、すぐに奈美と結婚した事は複雑な気持ちが半々なままだった。

  
  おまけに子供まで産まれたのだ。


 「ちょっと!聞いてるの?」
 金切り声のような奈美の声に、現実に引き戻された。


 「直人だけでもいいからさ!ガキはいらない!」
  近藤奈美は、交遊関係も広く職場の女性同士とも上手く人間関係を築き、物事をストレートに言う人だったが、ここまでキツイ発言はしない。


 「あんたが直人とでき婚なんかしなきゃ、直人は私が結婚してたのよ!」
  アキは、頭の後ろをガツンと殴られるようだった。


  私が、直人と、でき婚?

    アキが呆然としているとダムが決壊したように奈美がまくしたてたが、支離滅裂で全てがアキの頭を素通りする。


 ガチャンッ!とひどい音をたてて電話は、一方的に切れた。


 ツー、ツー、という呼び出し音だけが響いていた。


  なぜか、アキの両目から涙が流れた。


 欲しかったものが、周りにあるのに何でこんなに生きるのは、胸が痛むのか。


 我にかえり、時計を見るといつの間にか1時になっている。

 
  愛を迎えに行く準備をしないと、確かもうすぐ夏休み前のプールの時間が始まると幼稚園からきたメールに書いてあった。


 アキは、転生前に頭をぶつけ粉々になった血まみれの鏡台に向かう。


  鏡は傷1つなく、アキを映し出した。


  
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