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今日は老害、引退日
しおりを挟む「私はそんな歳じゃない!」
年金事務所の帰りの満員の電車の中で、優先席を女子高校生に譲られた瞬間、言葉が出ていた。
目の前の自分の娘達よりも若い女子高校生の瞳が、どんどん潤んでいく。
これたがから、最近の若いもんは弱いんだ。私の頃は知らない大人に怒られても泣く事はなかったと、原田タツヲは心の中で独り言を呟いた。
駅に着いたとたん、女子高校生は「ごめんなさい」と小さな声を出してホームへと走り去った。
周りのサラリーマンや学生やスーツ姿の女性が、こちらをジロジロと見る。
本当に最近の若い奴らは・・・。
満員電車が揺れだした時に、どこからか「だから老害は、嫌なんだよ」と男子学生の声がする。
老害・・・?私が・・・?
退職してから、妻と長女家族と暮らすようになり、サラリーマン時代は見なかったテレビをタツヲは見るようになった。
市役所でずっと怒鳴る男性老人、図書館で大声を出す男性老人、店で若い主婦に嫌みを言う男性老人。
全て「老害」だと言われ、タツヲは自分とは違う種類の人間だと思っていた。
少し冷たくなった車両の中を、自宅がある駅で降りた。
「そりゃ、そうですよ。あなた76歳の後期高齢者なんですよ」
帰宅してから、妻のユミコに話すと、夕飯を食べながら妻に笑われた。
「私も、70ですけど娘達の邪魔にはなりたくなくて2世帯住宅にしたんですから、あなた頑固になったわ」
ユミコが、長女が作って持ってきた夕食を食べながら話す。
「ナナコの味付けは、濃い・・・」
何も言い返せなくてタツヲは、ふてくされたように夕飯を食べだした。
私が悪いのか・・・?
「文句は言わないの、あなたも私も歳をとって出来る事が、だんだん少なくなるのよ、ありがたいじゃない」
昔から、自分と違い柔軟な考えのユミコは、タツヲをなだめた。
確かに、あの時は1両中に自分の声が響いた気がする・・・。その日は秋の風が吹く良い気候だったのにタツヲはなかなか寝つけなかった。
「ええ?お父さん、高校生に怒ったの?ボケたのかなあ~?その高校生、可愛そう~」
朝起きると長女のナナコが、来ていて1階のリビングで妻のユミコと話している。
「前から頑固だったけれど、人様に当たるのはどうしたものかしらね。まだ自分の年齢を受け入れられないのよ、お父さん」
昨日とは違うユミコの戸惑う声が聞こえる。
心臓が跳ね上がりそうになった。そういえば、退職してから自分が死ぬまでの年齢を考えたくなくて、あれこれ妻にも長女にも口を出してきた。
家にも居ずらい。タツヲは財布とガラケーだけを持ち外へ出たら、長女の夫のサトルが、まだ4歳の孫娘と公園に行くのにでくわした。
「まあ、高校生から見たら俺だって立派なオジサンですからね。会社でも若い新人の女性には気をつかいますよ」
公園のベンチでサトルと座って話をすると、まだ30代の義理の息子から意外な言葉が出た。
目の前で、無邪気に孫娘が遊んでいる。
「そ、そんな時はサトル君はどうするんだ?」
思わず出た言葉にタツヲ自身が驚いた。
「僕の場合は、自分が間違ってたり、言い過ぎた時は、後で謝ります。自分がなりたくなかった大人には、なりたくないんですよ」
困ったように、サトルは頭をガシガシとかいた。
なりたくなかった大人・・・。果たして自分は大人の年齢を越えている。あの高校生は、怖かったのではないか。
それから毎日、同じ時間の電車に乗り、タツヲは席を譲ってくれた女子高校生を探した。
自分がしている事は、老害じゃないかとあきらめた時に、ホームに怒鳴りつけてしまった女子高校生がいたのを見て、タツヲは急いでホームに降りた。
「お嬢さん!」
タツヲの声に、女子高校生はビクリとして振り向いた。怯えた瞳だ。
「この前は、この前はすまなかった!」
息切れしながら、タツヲが言うと凍りついていた女子高校生から力がぬけていく。
「い、いえ。大丈夫です。亡くなった足の悪い私のおじいちゃんと少し似てたから・・・」
そう言って、女子高校生はペコリとお辞儀をして、階段を駆けあがっていく。
「おじいちゃんか・・・」
よく見るといつの間にか、細くなったシワだらけの腕も、息切れする体も、いつか自分が見ていた父親と同じ「おじいちゃん」だ。
今日は老害、引退日だ。
秋の夕暮れが、優しくタツヲを包んでいく。
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