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第 15話 観る
しおりを挟む山田まゆが実家から失踪して1ヶ月が経過した。
1度だけ間違えて実家に契約したばかりのスマホで電話してしまったが、着信が残っているはずなのに、母親のサユコから折り返し電話がくる事はなかった。
まゆが物心ついた時から、母親のサユコはまゆの瞳を奥を見るたびに誰か違う人を見るような瞳で見る。
妹のみゆは、生き上手で何をやらしてもほどほどに上手くいく。
まゆは、努力しなければみゆにすら何でも追い付かなかった。一卵性双生児の双子なのに。
両親は、勉強や学校に口を出す人達ではなかったが妹のみゆよりも認めて欲しくて浪人までして、同じ大学に入学したが、就職難で非正規で働いた。
毎日、毎日同じ道を歩き、毎日、毎日、自分に関心のない職場と家の往復に心が削れていく。
社会人になってから付き合う男性は、どこかまゆに興味のない両親に似ていた。目の前にいるのに、まるでまゆを観ていない。
仕事の人間関係も付き合っている男性ともズルズルと上手くいかなくなり、自分にとって帰る場所でもない家に窒息しそうになりそうだった。
午前中の仕事をかたずけて、昼食も食べずに会社の誰も来ない非常階段で独りうずくまって泣いていた。
仕事を辞めた所で、妹のみゆのような正社員ではない自分は次の仕事が見つかるかも分からない。
今、付き合っているまゆに興味ないような目で毎回自分を観てくる恋人と別れる力も気力もなかった。そもそも28だ。結婚を考えるなら別れたくないという意地もあった。
これじゃ、四面楚歌だ。午後は早退しようと決めた時だった。
「田中さん、体調悪いの?」
天井が高い吹き抜けの非常階段によく響く声だった。非正規で人間関係は、深くは付き合っていない。
上司だったらまずいと思い、まゆは何とか顔を上げて無理矢理に笑顔を作った。
「大丈夫で・・・」
見上げたら、背の高いスーツを着た同じ歳くらいの人の心を覗き込むような鋭い眼をした男性だった。
まゆが動揺していると、その人はまゆの横にしゃがんだ。
「いつも社食にいるのに、いなかったから田中さん探してた。俺の事は知らないでしょ?田中さん、いつも笑ってるけど誰も見ていないから」
ずけずけとまゆの事を言ってくるその男に腹を立てつつ、言われた事は真実を当たっている。
見ているようで観ていないのは、まゆだって同じだ。
「同じ部署で働いている、とうめいれおです」
その男はまゆの瞳を観て初めてはにかむように笑った。
「透明?」
聞いた事のない名前で戸惑った。
後に付き合うようになり、本名は「東名礼嗚」と言う変わった名前の同じ歳の若くして課長になっていた男だと分かった。
地方から上京してきて、居場所がなかった時にまるで幽霊のように社内を歩くまゆをずっと観ていたのだという。
礼嗚は、透明な海のように深い瞳でまゆを観てくれた人だった。
その時に初めて自分は、居場所を探しているのではなく、自分を観てくれる人を探していたのだと「東名礼嗚」に教えられた。
契約が切れるまで、何とか仕事を終えて次の契約が決まるまで家に住んだら?と言ってくれたのが礼嗚だ。
寄りかかるでも、依存でも、必死に繋ぎ止める仲でもない不思議な彼氏になった。
まるで昔から観ていてくれる懐かしい神様のような安心感だった。
同棲を決めてから一週間後にまゆは礼嗚の1DKの家に行き、家から失踪した。
自分を観てくれる人の元へと。
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