家族まで

長谷川 ゆう

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第14話 香る

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  サユコは、玉ねぎのみじん切りの手を止めた。


  目の前には、4人分のカレーライスの野菜が半分以上切りおわりプレートにそれぞれ、綺麗に乗せられている。


  私はいつまで、帰ってこない夫と娘達のために毎日、夕食を作っては独りで食べ、あまった夕食を次の日に食べる日々を続けるのだろうか。


  夫と一卵性双生児の2人の娘達が失踪してから、1ヶ月が過ぎる。


  流石に警察に相談に行こうとしたが、夫の真の25日の給料日にサユコの銀行口座に、夫名義で生活費が振り込まれていたのを見て、辞めてしまった。


  夫も娘達も、失踪したがどこかでは、この家と繋がっている。

  
   サユコは、近所の目を気にしながらも、さも家族がいるかのように普通にくらしていた。


   カレーを作る手を止めて、リビングを見た。それぞれの席は1ヶ月前のままの位置で時間を止めている。


   それとも、夫の真が自分を避けはじめた頃からこの家族の時間は止まっていたのだろうか?

 
   玉ねぎのみじん切りを終えて、機械的にカレーを4人分、サラダを4人分作り終えた頃には、日が落ちて辺りは暗くなっていた。


   自分の席につき、サユコは1人分のカレーライスとサラダをテーブルに置いた。

  
   双子の姉のマユコは、料理が上手だった。大学時代に2人で喫茶店で働いていた時は、店長がいない時は、キッチン担当のマユコが最後の味付けをしていたくらいだ。


   姉のマユコが、真を好きだと言ったサユコを見て嬉しそうに笑いキッチンとホールを交換しようと店長にまでかけあってくれた。


    その後、すぐに姉のマユコが両親と同じ交通事故で亡くなった。



  両親が7才の時に亡くなってから、叔母夫婦の養女となり、可愛がってもらったが内向的なサユコは、サバサバした叔母になじめず、いつも姉のマユコの後に影のようにかくれていた。



   頼っていた姉が突然、理不尽に命を奪われ喫茶店のバイトも大学も半年間、休み、叔母夫婦に心配されたが、見守ってくれていたせいかサユコは、なんとか大学とバイトに復帰できた。


    姉が亡くなり、寂しくなった家に帰るのも辛くて喫茶店のバイトでも祝日も平日もシフトを入れて、キッチン、ホールかまわず働いた。


  姉が亡くなったばかりと言うことあり、父親のような店長は休みをすすめてくれたが、からっぽの時間を作ると気がおかしくなりそうだ。


   ホールでの仕事にもなれ、土日に本を片手に持ち喫茶店に来る田中真とも少しずつ会話がはずんだ。


  「なんだか、雰囲気が変わりましたね」
 ある日、カレーライスとコーヒーを頼んだ真の席に運んで行ったら、突然、一言言われ、動揺したサユコは、手元が狂い床に落としてしまった。


   失礼しました。洋服は大丈夫ですか?火傷はしていませんか?代わりのをすぐに持ってきますと床を拭きながら下を向くサユコに真は戸惑っていた。


  この人は、私達姉妹が双子だと知らなかったのだ。


  姉が亡くなったことも、姉と自分を間違えていることも、自分ではなく、姉のマユコを好きだということも、全て分かった。


  いつの間にか、にじむ涙が床に落ちて冷えたカレーに落ちて分離している。


   真の大丈夫ですか?と言う言葉にもうなずくのが精一杯だった。


   冷たくなったカレーの香りは、姉のマユコが作っていたものにだいぶちかずいた。だけど、どこか香りが違う。


  「女性に失礼な事を言って、申し訳ない」真の言葉が、サユコの心を引き裂きそうになった。この人は、誠実な人だ。


  なら、私は双子だという事も姉が亡くなった事も言えない自分は真に好きになって欲しいあまり、黙っている自分は卑怯なのだろうか・・ ・・・・。


  サユコが、過去から現在に戻ると目の前のカレーも冷えていた。


  やはり、姉のマユコが作ったカレーライスとは香りがどこか違う。


   サユコは、一口も口をつけずにカレーは鍋に戻し、サラダを冷蔵庫に入れた。


   サラダの皿が、綺麗に4つ並んでいる。   


 サユコはまた明日から同じ日が続く毎日から目をそむけるように、そっと冷蔵庫を閉めた。


  
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