家族まで

長谷川 ゆう

文字の大きさ
上 下
8 / 19

第7話 話す

しおりを挟む

  今さら家族を取り戻そうなどとは、思わない。


  ただ、世間体から見た形だけでも家族をとサユコは夫と双子の娘が失踪してから焦った。


  双子の娘の妹が働いていた会社の社長の田所から渡された、みゆの荷物には家から徒歩、数分の家族経営の自動工場で作られている車のキーホルダーのついた鍵があった。


  サユコの近所では、挨拶程度の近所付き合いしかない。車のキーホルダーを持ち、近所の店で買った菓子折りを持って家を出る。


  夫と娘達が、消えてから3週間後の事だ。

   自動車工場は、1階部分が工場で2階部分が住居になっている。サユコは真と結婚してから29年以上同じ場所に住んでいるにも関わらずよく見ていなかった。


  工場部分の看板には、赤木工場と古ぼけた看板があり、住居に通じているインターホンの表札には「赤木」とある。


  自治会もない近所で、人間関係が苦手なサユコにとってありがたかったが家族が消えた今は、近所に誰が住んでいるのか分からない事は、不安でしかなくなった。


  姿勢を正し、インターホンを押す。自動車工場は休みなのかシャッターが全部おりている。


  「はーい」
 サユコと同じくらいの年齢の女性の声がした。娘の所持品とは言わずに、サユコは車のキーホルダーのついた鍵が、家の敷地内に投げ込まれていたので持ってきたと言った。


  女性は、赤木実奈と名乗った。


  2階から下りてきたのは、小太りの人の良さそうなサユコと同年代の女だ。きっちり化粧をしており、サユコとは真逆の性格なのがうかがえた。


  「あら、あら、本当に!うちで作ってるキーホルダーだわ。鍵もうちのみたい。悪いわねぇ、えーと・・・」
    相手も近所だというのにサユコの名前を知らないのか困った顔をした。


  山田です。とサユコが名乗ると、ああ!ご近所の!とすぐに分かったようだ。


  「やだわ、息子の悟の鍵だわ。嫁と子供達は今は実家に帰省してるから、だらしなくって、ご迷惑おかけして!」

  
  さっぱりした、いかにも職業柄明るい性格なのか、サユコを話しながらも好奇心でいっぱいで見る。


   「そういえば、田中さんちのお姉さんの方?まゆちゃんとばったり半年前に会ったわ!」
   意外な話しにサユコは、愛想笑いをしながらも心臓は早鐘のように脈を打っていた。

   「お仕事辞めて、結婚するために同棲するから実家には当分いないので、母を宜しくお願いします、なんて言われちゃて、しっかりした良い子ね!」
   サユコの口から、思わず「えっ」と声がもれた。


   赤木さんが、一瞬、不信な顔をする。



  「ええ、まあ、続くかは分からないんですが、ほっとしてます」
   何とか話を合せると、赤木さんが満足そうに何度もうなずいた。

  
   「うちの息子の悟なんて、今なら笑い話だけど出来ちゃった婚のうえに嫁と子供達まで同居する事になって、最初は大変だったわよ!」
   確か、娘達と同年代の息子が同じ中学に通っていたのをサユコは思い出した。

     いつも制服を着崩して、だらしなさそうな感じがサユコに嫌な印象を与えていた。


  確か、まゆの1つ年上だっただろうか?家に帰れば卒業アルバムがあるはずだ。なぜこの家の鍵をみゆが持っているのか、何か分かるかもしれない。



  あとは、近所のたわいもない話をして自動車工場を後にした。


  
  いかにも噂好きで、おしゃべりそうな女性でサユコは苦手な人間だ。


  何となく、自分の母親を思い出し、サユコはザラリとした嫌な心の感覚を忘れようと、足早に家に帰った。


  夫と双子の娘達が消えてから、3週間目の夕日が沈みかけている。


   
    

   




  
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

セレナの居場所 ~下賜された側妃~

緑谷めい
恋愛
 後宮が廃され、国王エドガルドの側妃だったセレナは、ルーベン・アルファーロ侯爵に下賜された。自らの新たな居場所を作ろうと努力するセレナだったが、夫ルーベンの幼馴染だという伯爵家令嬢クラーラが頻繁に屋敷を訪れることに違和感を覚える。

貴方にはもう何も期待しません〜夫は唯の同居人〜

きんのたまご
恋愛
夫に何かを期待するから裏切られた気持ちになるの。 もう期待しなければ裏切られる事も無い。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

生まれ変わっても一緒にはならない

小鳥遊郁
恋愛
カイルとは幼なじみで夫婦になるのだと言われて育った。 十六歳の誕生日にカイルのアパートに訪ねると、カイルは別の女性といた。 カイルにとって私は婚約者ではなく、学費や生活費を援助してもらっている家の娘に過ぎなかった。カイルに無一文でアパートから追い出された私は、家に帰ることもできず寒いアパートの廊下に座り続けた結果、高熱で死んでしまった。 輪廻転生。 私は生まれ変わった。そして十歳の誕生日に、前の人生を思い出す。

地獄の業火に焚べるのは……

緑谷めい
恋愛
 伯爵家令嬢アネットは、17歳の時に2つ年上のボルテール侯爵家の長男ジェルマンに嫁いだ。親の決めた政略結婚ではあったが、小さい頃から婚約者だった二人は仲の良い幼馴染だった。表面上は何の問題もなく穏やかな結婚生活が始まる――けれど、ジェルマンには秘密の愛人がいた。学生時代からの平民の恋人サラとの関係が続いていたのである。  やがてアネットは男女の双子を出産した。「ディオン」と名付けられた男児はジェルマンそっくりで、「マドレーヌ」と名付けられた女児はアネットによく似ていた。  ※ 全5話完結予定  

人生を共にしてほしい、そう言った最愛の人は不倫をしました。

松茸
恋愛
どうか僕と人生を共にしてほしい。 そう言われてのぼせ上った私は、侯爵令息の彼との結婚に踏み切る。 しかし結婚して一年、彼は私を愛さず、別の女性と不倫をした。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

処理中です...