兄に恋した

長谷川 ゆう

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第42話 兄妹

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  今さら、さやかを好きだとは言うつもりはない。


  
    高校生の時、初めて小学生のさやかに会った時からミタカはさやかを好きだと思い、恋だと思ってた。

   でも、それは恋とは違う感情だ。


   父親が不倫し再婚して、母親が重度のうつ病で入院し、「新しい家族」と言う薄っぺらいもろく、崩れそうな現実の中で、ミタカがすがりついたのが、さやかだ。


   38歳になり、離婚し、独りになってからますます思う。

  朝、独りで起き、仕事に行き、コンビニで夕食を買い、独りアパートの家に戻り簡単に夕食をすませ、風呂に入り眠る毎日が4月まで続いた。


  まるで初期設定を間違えていたような
人生だった。

  

  いまだに父親は、許せない。

   たぶん、その気持ちは一生だ。

  
    妻のエリから判を押した、離婚届が届いたのは年明けすぐにだった。

    
   実家に帰った事をLINEで知り、今までありがとう。幸せになれなくてごめんね。と一言だけ返ってきた。

      
     「春は、季節がツンデレだ。寒いかと思えば温かくなって寒くなる。ツンデレの季節だ」
  ミタカが、エリとお花見をした時に1度、桜を見ながら呟いたらエリがケラケラと笑った事がある。

       
      「さやかちゃんが、うちのお兄ちゃん、言葉のチョイスが変わってますよって言ってたけど、その事か」
  エリの口からさやかの名前が出たのは、驚いたが昔からミタカは、人よりずれた所があり、入社した会社の上司や部下からもよく笑われた。


      離婚後、上司からは38歳で、まだ若いんだからいくらでも人生をやり直せると励まされたが、疲れきりさやかのいない人生、とてもそんな気にはなれなかった。

   
   エリのLINEと新入社員が入社してきた事で、4月だと気がついたくらいだ。

    
   母親もパートの仕事が軌道に乗り、トモコの母親と仲良くなり、よく会っていると言う。

   
   父親も独り暮らしをしている連絡があってからは連絡は、とっていない。


   部下や上司は、新しい季節に希望や笑い声で満ちている。


   まるで、自分だけが動き出せず、凍えそうな真冬にいるようだ。


 4月の中旬、土日ぽっかりと予定があいてしまった。深夜からなかなか眠れず、早めに夕食を買いに行こうと、ミタカは土曜日の午後、散歩がてら二駅先のスーパーまで歩いた。

  やたら、家族連れや恋人たちや学生達の人が多いなとぼんやり歩きながら思った時だった。

 
  桜の淡い湿った薄ピンク色の花びらが、ミタカの目の前を一枚、ヒラヒラと風に乗って流れて、落ちた。

 
  それは、まるで真冬の中、独りで凍えて動けなかったミタカの心を動かすような起爆剤のように、その桜の色は、美しく弾けた。


  ああ、俺の世界に今まで色がなかったのか。

 
   さやかに会った時の夕日のオレンジ色から、ミタカの世界にも人生にも色はなかった。

   急に、周りが騒がしくなり、ミタカは思わず歩みを止めた。

    
     どっと溢れる絵の具のように、息が出来なくなるくらい世界が、うるさい色で溢れだした。


    気がつけば、近くの花見で有名な公園に着いていた。


   近くには、親に連れられた子供達や学生達が、桜を見上げながら歩いている。


   ミタカの耳には、辛くて優しい騒々しい声達だ。


   未来なんて、いらない。

  さやかが、石田と結婚した時、ミタカは自分の人生からさやかが、完全にいなくなってしまった孤独に、そんなことすら思った。

   
   ミタカを押し出すように、後ろから人が押し寄せ流れが止まらない。


   ミタカの瞳から、涙が一粒流れた。

 「お母さん、見て見て!華の好きなおはな!」
  その声に、ミタカは息を飲み込み辺りを見渡した。

   
    桜見の人の中に、石田に抱っこされた華が桜を見上げて小さな両手を一生懸命、伸ばしている。

  それは、まるでミタカが必死に幸せを掴みとろうとしていたさやかと会った時のようだ。


    石田の横に、少し微笑みながらさやかが立っていた。ふんわりとした柔らかい髪が、桜が散る風と一緒に流れている。

   ただ違うのは、ミタカと会った時と違い、人生に怯えてもいない、石田と華と人生を力強く歩いている、大人のさやかだ。


   ミタカが、立ち止まり見ていたせいか、さやかが、その視線に気がついた。

  はっとした、少し怯えたような、戸惑った顔だった。


  ああ、そうか、もう俺はさやかにそんな表情しかさせてやれないのか。


   ミタカは、思わず苦笑いした。

 「あ!ミタカおじちゃんだ!」
  母親のさやかの視線に気がついた華が、ミタカに気がつき、小さな両手で、ぶんぶん手をミタカにふる。

  石田は、腕の中であばれる華を落とさないように軽く会釈した。

  ミタカは、軽く手をふりかえした。
その時、自分が笑っている事に驚いた。


 さやかが、おずおずと手をふるので、ますますミタカは笑った。

  なんだよ、俺達は最初から兄妹じゃないか。そんな困った顔するなよ。

  「さやか、華ちゃん、来年正月に会おうな!石田さん、また酒でも飲みましょう!」
   ミタカの声は、さやか達にだけ響き、さやかが満面の笑顔になった。

  
   幸せになったのなら、もういいんだ。


  ミタカが、もう一度さやかに手をふると、さやかが手を伸ばして手をふりかえした。

   「お兄ちゃん、またね!」
 子供のように、さやかが無邪気に笑った。

   ミタカは、また笑うと歩きだした。


  桜の華が、花が、まるで咲き誇るような、さやかの笑顔、一つの記憶を持ってミタカは歩きだした。


   








    



   


   

  



   
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