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第35話 泡沫
しおりを挟む「私、離婚するの」
ミタカの妻、佐藤エリは年明けの1日に実家に連絡をした。
年明け早々に、めでたくはない話を実家に電話する事をためらったが、ミタカから離婚を告げられ悩み、やっと気持ちが固まったのが年末だった。
ミタカは、離婚の話し合いをする時だけしかエリと外で会う事以外はしなかった。
すでに、一緒に暮らしていたアパートからミタカは出ていき、長期にわたっての精神科から退院後、パートをしながらアパートで暮らす母親のもとへ行ってしまった。
ミタカの父親の再婚相手の義母のトヨコから、何度も電話やLINEの連絡がきたが、全て無視し未読スルーをしている。
ミタカから、両親が離婚して、すでに父親のカツヤが家から出ていった事を知っていたエリは、自意識過剰のカタマリのようなトヨコが、エリにすがりつく事は、何度も会っているエリが市場よく知っている。
実の娘のさやかをないがしろにし、初孫の華にまで距離を置く、本当に淋しい人間だとエリは思い始めていた。
離婚の話を年明けにしたのは、エリの姉の家族も実家に戻り、話が一度ですむからだ。
22歳から40歳までの18年、長かったような気もする。
ミタカと血の繋がらないさやかを憎み、産まれてきた幼いさやかの娘の華に嫉妬をし、ずいぶん大人げない事ばかりしてきた。
ミタカを、さやかを恨んだが、独りミタカのいないアパートで暮らすうちに自分が手に入らないものばかりを欲しがっていた気がする。
そもそも、私は子供が欲しかったのだろうか?
子供の頃から、不自由な暮らしもせず、彼氏も途切れた事もなく、自分が欲しいものは必ず手に入った。
街に買い物に独りで出ても、家族ずれを見てもなにも羨ましくない。
むしろ、うっとうしさすら感じた。
離婚の話を聞いた両親と姉家族は、動揺し、ミタカと何とかならないのかと騒いだが、エリ自身が最後は、ミタカとの離婚を決めたと言うと、エリには甘い両親と姉は、渋々、承知してくれた。
離婚後は、ミタカと暮らしたアパートを引き払い、実家に戻り、今のパートの仕事を続ける事で話がまとまった。
義母のトヨコへは、長年、お世話になったとLINEをしたが、返事はなかった。さやかにもLINEをしたが、返事はなく既読スルーされる。
自分が今までしてきた仕打ちの報いだと、エリは自虐的に少し笑い、トヨコとさやかのLINEを全て消去した。
両親と姉から、お正月、実家に帰って来ないかと言われて最低限の荷物をキャリーバッグに入れて、とりあえず実家に戻る事にした。
正月の街は、やたら寒く、静まりかえっていた。
エリのキャリーバッグの車輪の音だけが、カラカラと道路に響いた。
マフラーに顔をうめ、少しだけミタカと18年間を過ごしたアパートを眺めた。
20歳のミタカと22歳のエリが、結婚し、住むためにいろんな物件を見て歩きまわって、二人で決めたアパートだ。
ミタカが、いつか自分が働きだしたら、戸建てを買おうとすら笑って言ってくれた。
お互い、若く希望にあふれ未来は、ずっとこのまま続くと思っていた毎日。
18年の時を経て、その希望や夢は、現実の荒波に巻き込まれ、泡沫となった。
「いがいと、今までで一番、良い恋をしたのかもしれない」
エリは、18年の年月を経て、いつの間にかボロアパートになったいたミタカと過ごしたアパートを見て、白い息とともに呟いた。
エリの白い呟きは、誰にも聞かれる事もなく、泡沫のように新年の空へと消えていった。
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