兄に恋した

長谷川 ゆう

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第30話 天国

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   「お母さんの選んだ道に、私はもういないの」

   母親から突然電話がきたと思ったら、再婚相手の佐藤と離婚する、私はどうしたらいいのかと騒ぎ立て一方的な話をされた後、さやかは自分の口から出た言葉が意外で驚いた。


   母親が、無言になったらさやかは無言で静かに電話を切った。

   日曜日の夕方、呆然と電話を切ったさやかはスマホを持ったままリビングに立っていた。

  「お母すん?」
  リビングのソファーで、石田の膝の上で今流行りのアニメを見ていた娘の華が、2才にして心配そうな顔をして見てきた。

   石田が、冷めきった目をした。
「さやかは、気にすんな。またお母さんの勝手だろ?華、おかあさんは大丈夫だよ、おとうさんがついてるだろ?」

  石田が、華をあやすと華はきゃっきゃと笑いだしてさやかは、ほっとした。

  華まで、私の人生を巻き込みたくない、背負いさせたくない。さやかが一心に想う事だ。

  「ないてる。お母すん、どこか、いたいいた?」

   華の言葉で、さやかは初めて自分が涙を流していることに気がついた。

  


   さやかは華が、「さ」を言えずに「す」と発音してしまう事に陰で母親とミタカの妻エリが華は脳に障害があるのじゃないかと笑いながら話しているのを、たまたま実家に帰った時に聞いていた。

   さやかは、酷く傷ついた。


   独りでひどく悩んでいたさやかに、 顔馴染みの保健師の華を可愛がってくれる年配の女性が、言葉を覚えるのは子供でも個人差があるからと教えてくれた。


   石田にも相談すると、いつものようにひょうひょうとして微笑んだ。

   「例え、華がそうだとしても、俺は父親として華が可愛い事に変わらないし、さやかと一緒に育てていくよ」
   と笑う。

  さやかにとっても、華が言葉を覚えるのが遅くても、例え障害があっても、華はさやかにとっての可愛い娘に変わらない。

   ただ、実の祖母であるさやかのさやかの母親とミタカの妻エリに嘲笑われた事に傷ついたのだ。

  
  さやかの涙が、今までのどろどろした気持ちを吐き出しながら流れ落ちる。

 
「おかあさん!どっかいたいいたいの?」
  華が泣き出しそうな顔で駆け出して、さやかの右足をぎゅっと抱きしめてきた。

  石田が、ゆっくりその後を歩きながら、華を真ん中にはさんだまま、さやかを抱きしめた。

   長身の石田の体は、さやかも華もすっぽり包み込む。

  「どうしよう、わたし、お母さんが大嫌いだ、私、華とヨウタと死んだお父さんが大好きだ」

    すすり泣き出したさやかを、ヨウタがきつく抱きしめた。

  「はなも、おかあさん、だいすきだよおお」
  いつの間にか、華が「す」を「さ」と言いながら泣き叫んでいた。

   ああ、私は、許されていいのだ。

    救われていいのだ。別に生きている実の母親を嫌いで、死んだ父親を好きなままでいいのだ。

   崩れおちるように、さやかはしゃがみながら泣いている華を抱きしめた。石田もそのまま、しゃがみながら華とさやかを抱きしめた。

  「ほんと、さやかは、めんどくさいな、ははっ」

   初めてさやかと石田ヨウタが話した時のように、石田は笑った。


  さやかは、自分が死んだ父親に、石田に、華に愛されていること、愛していること、生きている実母とミタカの妻エリが大嫌いなこと、全てを自分にゆるせた。

  いつの間にか、リビングの窓から差し込みだした夕日がオレンジ色にさやかと華と石田を染めた。

  ああ、最期に父親と別れた時のオレンジだ。

   さやかは、華をきつく抱きしめた。失くさないように、誰に何を言われても守れるように。

   石田が、大きな体と手でさやかと華を優しく抱きしめ続ける。

  夕日のオレンジ色は、太陽が沈むほど燃えるように濃くなり、3人を包み込む。

     それは、まるでその場所に独りで死んでいったさやかの父親がいるような、綺麗な天国のようなオレンジ色だった。


      天国は、ここにある。

 








  



  

   
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