兄に恋した

長谷川 ゆう

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第22話 動揺

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   小学4年生の誕生日に、フランス人形を奮発して買ってあげた時、トモコの父親は娘に違和感を覚えた。

   「可愛い!この子と結婚するの!」

  最初は、いつもは安い犬や猫のぬいぐるみで我慢させていたせいか、箱に入った金色の巻き毛、深紅色の帽子とドレス、青い美しい瞳の新しさに感激したのだと思った。

  田辺ヒカルは、地方の平凡なサラリーマンの父親と専業主婦の母親の3兄弟の末っ子として産まれ、上京してから現在のトモコの母親と結婚し、サラリーマンとして働いている。

 
  兄弟で育ったヒカルは、娘が産まれた事が嬉しくてたまらなかった。

   幼い頃には、可愛いフリルのスカートや洋服をたくさんトモコに買ってきては、妻に怒られた。


    トモコは、着るたびに、何だか落ちつかないから様子だったが、田辺は初めて着る可愛い服に、恥ずかしがっているのだろうと思っていた。

  
   トモコの「可愛い!この子と結婚するの!」そんな事が覆された一言だった。


  それからは、ずっとボーイッシュな服ばかりを好んで着る。思春期で、年頃だからいろいろ着てみたいのよと妻は明るく言ったが、気持ちは晴れない。

   トモコが成長していくにつれ、田辺の気持ちは、月がどんよりと曇った雲に飲み込まれていく。

   トモコは、中学生に上がると、石田くんと言う同級生の男の子と付き合いだす。

  父親としてほっとした。
会社でも、公にはしていないが同性愛者の同僚はいる。

  世の中では、差別の風潮もあるが、田辺は差別意識もなく、妻と自分が付き合い、結婚したようにお互いを愛しあっているなら、良いと思っていた。

  だが、自分の子供となると違うのが親心だとトモコに教えられる。

  石田くんは、好青年だったが、あっさり別れた。その後だった、トモコが自分の口から言ったのは。
   
   「私、女の子しか好きになれない。本当は、中身は男の子なの」

  思春期の木の迷いかとおもったが、トモコの目が真剣で、動揺したのは妻より田辺だった。

  トモコが嫌がるのも聞かず、妻が止めるのも聞かず田辺は、近くの総合病院の精神科にトモコを連れていった。

  「この子は、病気なんです!先生、治してください!」
   うつむいて泣いているトモコの横で、わめいて焦っていたのは、田辺だった。

  担当の精神科医は50代半ばの落ちついた男性医師だった。わめきたてる田辺を無視し、トモコにいろいろ話を聞く。

  後日、心理テストやカウンセリングや担当医の診察を繰り返し、田辺が呼ばれた。

 「トモコさんは、心の病気ではありません。世間で言われている性同一性障害です。今では、性別違和症候群と言われていますが、まだトモコさんは中学生なので、成人するまで、生活や学会のためのカウンセリングもかねて、通院しませんか?トモコさん」

  呆然と途方にくれている田辺の横で、トモコは、初めて涙目で、ニッコリと笑った。

  田辺は、動揺した。

  自分がトモコの笑顔や気持ちよりも、父親として慌て、焦り、トモコの笑顔を見る事すら忘れていた事に。

  家に帰ると、いつものように妻がただいまと言った後、一言笑って言った。

   「トモコはトモコでいいじゃない、私達の大切な子供には、変わりなんだから」

  横で、不安そうに田辺を見上げているトモコを見た。田辺は、この子が産まれる前は、男の子でも女の子でもいい、ただ健やかに育ってくれるだけで。

  そんな、ささやかな事すら忘れていた。
トモコの将来に不安がないと言ったら、親として嘘になる。 

   大勢の人とは違う道を歩むのだ。辛く苦しむことの方が多いだろう。そんな時は父親として、トモコに寄り添おう。

 「トモコは、トモコだもんな。父さん、ひどい事ばかり言って、ごめんな」

    トモコが、久しぶりに田辺に笑った。

   

   
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