駆け落ちした愚兄の来訪~厚顔無恥のクズを叩き潰します~

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愚兄と侍女の五年間②

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「はぁ!? 他人の家で出産したのかよ! 何で帰ってこなかったんだよ、マリー! 俺だって立ち合いたかったのに!」

  数日後、赤子のレオナルドを連れてで家へ帰ると怒鳴るアルバートの姿があった。

  だけどマリーだって言いたい事は沢山あった。
  
  なら呼ばれた時にどうして来てくれなかったの?
  扉越しで旦那さんと話したんでしょ?
  私が産気づいているから来てくれって言われたのを断ったのは誰?
  出産後も旦那さんがわざわざアルへ伝えに来てくれたのに、感謝の言葉すら言わずに私へさっさと帰ってくるように伝えろだなんて傲慢にもほどがある。

「お、こいつかぁ~! しわくちゃでよくわからないけど髪は俺似だな!」

  内に怒りを溜め込んでいるマリーの姿なんて見えていないのか、アルバートは眠っていたレオナルドを突っつき出して起こしてしまった。

  ギャン泣きするレオナルドの姿にアルバートはしかめっ面になり「うわっ! 煩いからとっとと泣き止ませろよ」と言って別の部屋へ去っていった。

  伯爵子息だったアルバートにとって子育ては使用人がするもの。平民達のように自分で育てていくという感覚がなかった。

  悪気はない。ただそういうものだと思っていただけ。
  だけどマリーの限界は近かった。

  それからもマリーはレオナルドを連れて食堂へ働きに行った。女将さん達の手助けを受けて生活をしていた。

  夜泣きの多いレオナルド。
  マリーが寝不足でふらついていると女将さんは二階で昼寝をさせてくれたり、レオナルドの世話を代わりに見てくれる事もあった。

  仕事面では沢山の人のフォローを受けてなんとかなっていたが、家での生活はそうはいかなかった。

  家事をする時間や体力がなくなり、部屋は掃除が行き届かず、洗濯物が溜まる事も多くなった。全てはレオナルド優先になり、アルバートの食事も手抜きをする事が増えて二人の間で喧嘩が耐えなくなった。

「ふざけんなよ! 最近だらしなさ過ぎるだろ! 部屋は汚ねぇし、洗濯物はしわくちゃ。食べ物なんてこれ……俺を馬鹿にしてんのか?」

「…………文句があるんなら自分でやってよ! 私はレオナルドの世話と仕事でもう手一杯なの!」

「はぁ? 何頭悪い事言ってんだよ。一人で出来ないなら使用人雇うなり、子守り雇うなりしろよ」

「そんなお金が何処にあるの!? 私が一生懸命働いてもアルが無駄遣いばかりするから貯金も出来なくて毎日生きるだけでも精一杯なのに人なんて雇える訳ないでしょ! うちにはなんの役にも立たないがいるのに!」

「 ……んだとッ!」

「私の言い方も悪かったかもしれないけど事実だから! アルは伯爵家を出た時点でもう貴族でもなんでもないんだよ! 平民は貴族と違って働かなきゃ生きていけないのにいつまで伯爵子息ぶってるのよ!」

  現実をわかってほしくてあえてキツい言い方をした。
  変わってほしくて、家族三人で幸せになりたくて。

  ……だけどアルバートはやっぱりアルバートだった。

  激しい喧嘩をした日から出かける事が増えたアルバート。ようやく働きに出てくれているのかと期待していたら、やって来たのは借金取りだった。

「奥さ~ん。アンタの旦那、うちで借金をしたんだけど、どうやって支払うつもり?」  

「……えっ!? 借金?」

  アルバートとは毎日顔をあわせていたけどそんな話は一切聞いていなかった。何かの間違いに決まってる。……そう信じたかった。

「アンタの旦那、元伯爵子息なんでしょ? 俺ツテがあってさ、アンタ達の駆け落ち話知ってたんだ。ちょっとからかうつもりでカモにしたらアンタの旦那が釣れちゃって」

  面白半分で種明かしする借金取りの話は簡単だった。
  酒場で呑んだくれていたアルバートを見かけたゴロツキ共がアルバートにありもしない投資話で騙して元手作りに金貸し借金取りの男を紹介したらしい。

  借金取りの男は騙されているアルバートに実際に貸した金額とは違う額が書かれた借用書にサインをさせ、多額の借金を作り出した。

「奥さんには悪いけどアンタも人を裏切る側の人間だからわかるだろ? 騙される奴が悪いってさ」

「………………」

「まぁそういう事なんで期日以内に金を用意してくれよ。元伯爵子息の持ち物やこの家を売ればなんとかなるんじゃない?」

  呆然と立ち尽くすマリーを嘲笑いながら借金取りの男は去っていった。

  正気を取り戻したマリーは大慌てで家にある金目の物をかき集めた。どんなに貧乏で困っていても決してアルバートの物には手を出さなかったが、背に腹は代えられない。

  元はといえばアルバートの責任だ。
  自分の物でなんとかするのは当然の事。

  そう言い聞かせてマリーはアルバートの物を全て売り払った。だけどそれでも借金を返済する事は出来ない。

  あとは家を売るしかない。
  覚悟を決めたマリーだったが、自分の物が全て失くなった部屋を見たアルバートは信じられないほど激昂した。

  マリーの頬を何度も殴りつけ怒鳴った。

「ふざけんじゃねぇぞ! 下民の分際で俺の物に手を出したのか! 何の取り柄もねぇお前と此処まで来てやったのにこんな真似しやがって! 俺の物をどうしたんだ! 言ってみろ!」

  恐怖で震えるマリーは言葉が出せず、机の上にある借用書を指差した。

「あ"ぁ"ん!? ッんだよこれ! ふざけんじゃねぇぞ! なんで俺がこんなもん払わなきゃいけねぇんだよ! くそがっ!」

  アルバートは騙した奴が悪い。自分は悪くない。と言い放った。ちゃんとした借用書がある限り支払わないと借金取り達から何されるかわからないと説明したが、アルバートは自分には関係ないと言い出した。

「俺は詐欺をするようなゲス共には屈しない。借金を払いたきゃマリーが払えばいい。お前は俺の妻なんだから夫を支えるのはお前の義務だろ!」

  自分は義務から逃れ、夫としての役目を何一つ果たしていないのにマリーには妻として尽くせと言う。

  しかも家を売るつもりはないとアルバートは断言した。

「家を売ったら俺達は何処に住むんだよ!」

「もっと安い場所で部屋を借りればいい。其処でなら私の稼ぎでもきっと生きていけるよ」

  今よりも質素な暮らしにはなるが、身の丈にあわない家で暮らすよりマシだとマリーは思った。

「………………俺はこれ以上生活水準を下げたりしねぇ。今でも耐えてるっつーのにもっと我慢させるつもりか!? 下民達がいる地区で狭い部屋を借りて暮らすなんて吐き気がする。家は絶対に売らねぇ」

  頑固なアルバートを何度説得しようとしても考えは変わらなかった。

  家は売れないし、アルバートは頼りに出来ない。
  借金取りが来るまでになんとかしなければ……

  下街育ちのマリーは知っていた。
  荒くれ者の借金取り達がどうやって金を回収するのかを。

  暴力を振るって取り立てたり、売れそうな物を奪ったり、中には女子供を連れていく連中もいると聞いた事がある。

  マリーには幼いレオナルドがいる。
  借金取りがレオナルドに手を出す事を考えると夜も眠れなかった。

  今回ばかりは女将さん達に頼るわけにもいかず、体調不良を理由に数日間の休みをもらった。
  マリーはその間に借金取りと話をつけるつもりだった。

  だけど現実はマリーが思っているよりも厳しく、用意したお金だけでは借金取りは帰ってくれず、家を売らないのなら働いて返せと言われた。
  そしてあっという間に利子込みで月々の返済額を決められてしまった。

  しかも食堂での仕事では到底払えない金額で、借金取りはマリーに娼館での仕事を紹介した。

  借金取り達の知り合いが経営する娼館で、裏で噂の駆け落ち夫妻の妻なら話題性も抜群だと言っていた。

  レオナルドを幸せにする。
  それだけを心の支えにしてマリーは多くの屈辱に耐えた。

  幸せだった食堂での仕事を止めて、女将さん達と疎遠になろうとも。アルバートから軽蔑の眼差しを受けるようになり、夫婦とはもう呼べない関係となっていてもマリーは借金を返し続けた。

  レオナルドが三歳になった時、ようやく借金を返し終えてマリーは自由の身になった。
  だけどアルバートには新しい恋人が出来ていてマリーの居場所は何処にもなかった。

  しかも娼館で病気になったのか、病に倒れたマリーはまだ幼いレオナルドを残してひっそりと亡くなっていった。

  アルバートはマリーの死を悲しむことなく新たな恋人へ夢中になっており、将来の約束までしていた。

  ……それがアルバートとマリーの五年間だった。
  
  
  
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