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傍観者Aの懺悔
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貴族社会は恐ろしい。毎日相手の顔色を伺いながら話術で相手の隙を狙う。そして相手の粗を探して陥れ自分が優位に立つ。時には相手を罠に嵌める事さえある。これが貴族の戦いだ。
そんな貴族社会で何とも純粋で優しくて、でもそれだけじゃなく頭も賢くて自分の立ち振る舞い方がわかっている令嬢がいた。
ナタリア・カンデリーナ侯爵令嬢はとても美しくて気高い令嬢だった。
どの貴族にも分け隔てずに接し貴族子息だけでなく貴族令嬢からの信頼や好意も得ている稀な令嬢だった。
私が高位貴族の取り巻きをやっていた時もそうだった。小さな揉め事が起きてしまった時もそれは見事な手腕でその場を修めてくれた。
カフェテラスの人気メニューが並々ならぬ理由で用意出来なかった時の事だ。給仕に詰め寄り怒鳴りつけていた高位貴族令嬢。人目を集めていた事に気がついた私は醜聞を恐れて、何とか落ち着かせようと焦り不用意に止めに入ってしまった。
「あ、あのこの場はこれで....」
「あら貴女、わたくしにこの場を退けと仰ってるのかしら?」
自分より下の者に命令されたと感じた高位貴族令嬢は怒りの矛先を私に向けてきた。冷たくて鋭い視線に自分が対応を誤った事に気がついた。これから受ける高位貴族令嬢の怒りの仕打ちに青ざめていた時だった。
「あらマグデリナ様どうされたのかしら?」
その場の張りつめた空気を破るように柔らかな声色で現れたナタリア様。
「ナタリア様.....今取り込んでいますの。後にして頂けます?」
「そうでしたの?それは残念でしたわ....本日当家よりアリステルの菓子を用意したのですが、マグデリナ様はお忙しいかしら?」
アリステル...それは貴族がこぞって買い占めている有名な菓子店の名前で、現在半年待ちでしか買う事の出来ない幻の菓子だ。
「ア、アリステルと仰いました?」
「ええ...お兄様が用意して下さったのですが、マグデリナ様をお誘いしようと昨日から心待ちにしておりましたの。」
邪気のないその笑みを向けられ、自分を誘うつもりだったと言われた高位貴族令嬢はツンケンしながらも耳を赤くし、その申し出を受け入れていた。
「ま、まあ仕方ありませんわね...ナタリア様のお誘いならお断り出来ませんものね!」
そっぽを向きながら嫌々受け入れると言った言動は礼儀正しいとは言えない。だがナタリア様は微笑ましそうに笑顔を浮かべお礼を告げた。
そのやり取りにテラスに居た者達は安心した。
高位貴族が何かやらかすんじゃないかとヒヤヒヤしながら見ていた彼等は自分達に飛び火せずにすんだと溜め息をついていた。
そしてそれは私も同じだった。
高位貴族令嬢の興味はもう私に残っておらず、この場で叱責される事はないと安心した。
だがナタリア様はそれだけでは終わらなかった。
「ですが、私、先程は感激してしまいましたわ、マグデリナ様のご友人との友情を見せて頂きまして.....」
「.....何の事ですの?」
意味のわからない発言に私だけでなく高位貴族令嬢やその場の者達も首を傾げていた。
「ふふふ....先程の一件ですわ。カフェテラスのデザートの話をマグデリナ様されていましたでしょ?」
「ええ...してたわ。わたくしがわざわざ足を運んで此処まで来たというのにあの給仕、用意出来ないというのよ?ありえませんわよね!!!」
ナタリア様の発言で又も怒りが再熱し始めたとその場の者達は焦った。
「その事なのですが此処だけの話、この一件第二王子様が関わっているそうですわ。」
「......え?」
第二王子様?.....予想もしていなかった人物の名前が出て高位貴族令嬢も固まった。
「その人気メニューを食べてみたいと仰られた第二王子様の為に学園側が用意しているとか...」
「...............。」
「その事を知っていたからご友人は騒ぎにならぬようにマグデリナ様をお止めになったのですわ。.......仲の良いお友達ですわね。ふふふ」
あの一件にそんな裏事情があったなんて私は知らなかった。ただ注目を浴びてたからどうにかしようと思っただけ、それも自分の為に...。
だがナタリア様のその一言でマグデリナ様の表情は変わった。
信じられない者を見るように私を見てきて、小さな声で「...そうだったの。...助かったわ。」と告げてきた。
お礼を言われたのなんか初めてだった。
どうせナタリア様とのお茶会が終われば私は先程の一件で強い叱責を受けるのだろうと覚悟していた。
なのにこの好意的な空気に態度、しかも私をナタリア様のお茶会に同席させてもいいかとまで聞いてくれている。
「ええ。勿論ですわ....マグデリナ様のご友人の方もぜひ、いらして下さいませ。」
穏やかで優しい笑みを私に向けてくれるナタリア。
そしてあの日からマグデリナ様との関係が少しだけ変わった気がした。上下関係をしっかり示していたマグデリナ様が少しだけ寛容になられた気がする。
ナタリア様はあの場を納めただけでなく、私の事もお救いになって下さり、マグデリナ様をも変えてくださった。
聡明で優しいナタリア様.......
尊敬していたナタリア様.....
婚約者の方と幸せになってもらいたかった。
ナタリア様を不幸に落としたくなどなかった。
だけど私達は所詮貴族...命令や脅しには逆らえない。
ナタリア様に恐ろしい程執着しているあの方があの日あの場を支配していた。
たった一日で計画を企て貴族達に命令を下したあの方。
何故かわからないが第二王子まで従っている姿を見ると王家もこの一件に関わっているのだと推測出来る。
卒業パーティーの大切な日にたった一人で過ごされているだけでも痛々しいのに、婚約者から有りもしない罪で断罪され、婚約破棄をされたナタリア様。
あの場にいた全ての者達がナタリア様が無実だと知っていてあの茶番劇を造り上げた。
そして呆然と立ち尽くすナタリア様に更なる追い打ちをかけるように酷い言葉を投げかけた。
あの時に助けて頂いた恩をまさか仇で返す羽目になるなんて思ってもみなかった。
ごめんなさい。ナタリア様...
弱くて愚かで何も貴女にしてあげられなくて...
真実すら伝える勇気がなくてごめんない...
たった一人あんな立場に追いやってしまって本当にごめんなさい...
許してくださいなんて言えない。
だから貴女があの方にこれ以上不幸にされないように見守ります。
ナタリア様がまた笑える日までずっと...
どうか幸せになって下さい...
あの方が作り出した幸せの中で...
あの方は恐ろしい方だったけど、ナタリア様を愛している事だけは事実だと思うから...
だから何も知らずにあの方の愛に包まれていて下さい。
見守る事しか出来ない、卑怯な私を許さないで...
ナタリア様が幸せになる事をいつまでも祈っております。
そんな貴族社会で何とも純粋で優しくて、でもそれだけじゃなく頭も賢くて自分の立ち振る舞い方がわかっている令嬢がいた。
ナタリア・カンデリーナ侯爵令嬢はとても美しくて気高い令嬢だった。
どの貴族にも分け隔てずに接し貴族子息だけでなく貴族令嬢からの信頼や好意も得ている稀な令嬢だった。
私が高位貴族の取り巻きをやっていた時もそうだった。小さな揉め事が起きてしまった時もそれは見事な手腕でその場を修めてくれた。
カフェテラスの人気メニューが並々ならぬ理由で用意出来なかった時の事だ。給仕に詰め寄り怒鳴りつけていた高位貴族令嬢。人目を集めていた事に気がついた私は醜聞を恐れて、何とか落ち着かせようと焦り不用意に止めに入ってしまった。
「あ、あのこの場はこれで....」
「あら貴女、わたくしにこの場を退けと仰ってるのかしら?」
自分より下の者に命令されたと感じた高位貴族令嬢は怒りの矛先を私に向けてきた。冷たくて鋭い視線に自分が対応を誤った事に気がついた。これから受ける高位貴族令嬢の怒りの仕打ちに青ざめていた時だった。
「あらマグデリナ様どうされたのかしら?」
その場の張りつめた空気を破るように柔らかな声色で現れたナタリア様。
「ナタリア様.....今取り込んでいますの。後にして頂けます?」
「そうでしたの?それは残念でしたわ....本日当家よりアリステルの菓子を用意したのですが、マグデリナ様はお忙しいかしら?」
アリステル...それは貴族がこぞって買い占めている有名な菓子店の名前で、現在半年待ちでしか買う事の出来ない幻の菓子だ。
「ア、アリステルと仰いました?」
「ええ...お兄様が用意して下さったのですが、マグデリナ様をお誘いしようと昨日から心待ちにしておりましたの。」
邪気のないその笑みを向けられ、自分を誘うつもりだったと言われた高位貴族令嬢はツンケンしながらも耳を赤くし、その申し出を受け入れていた。
「ま、まあ仕方ありませんわね...ナタリア様のお誘いならお断り出来ませんものね!」
そっぽを向きながら嫌々受け入れると言った言動は礼儀正しいとは言えない。だがナタリア様は微笑ましそうに笑顔を浮かべお礼を告げた。
そのやり取りにテラスに居た者達は安心した。
高位貴族が何かやらかすんじゃないかとヒヤヒヤしながら見ていた彼等は自分達に飛び火せずにすんだと溜め息をついていた。
そしてそれは私も同じだった。
高位貴族令嬢の興味はもう私に残っておらず、この場で叱責される事はないと安心した。
だがナタリア様はそれだけでは終わらなかった。
「ですが、私、先程は感激してしまいましたわ、マグデリナ様のご友人との友情を見せて頂きまして.....」
「.....何の事ですの?」
意味のわからない発言に私だけでなく高位貴族令嬢やその場の者達も首を傾げていた。
「ふふふ....先程の一件ですわ。カフェテラスのデザートの話をマグデリナ様されていましたでしょ?」
「ええ...してたわ。わたくしがわざわざ足を運んで此処まで来たというのにあの給仕、用意出来ないというのよ?ありえませんわよね!!!」
ナタリア様の発言で又も怒りが再熱し始めたとその場の者達は焦った。
「その事なのですが此処だけの話、この一件第二王子様が関わっているそうですわ。」
「......え?」
第二王子様?.....予想もしていなかった人物の名前が出て高位貴族令嬢も固まった。
「その人気メニューを食べてみたいと仰られた第二王子様の為に学園側が用意しているとか...」
「...............。」
「その事を知っていたからご友人は騒ぎにならぬようにマグデリナ様をお止めになったのですわ。.......仲の良いお友達ですわね。ふふふ」
あの一件にそんな裏事情があったなんて私は知らなかった。ただ注目を浴びてたからどうにかしようと思っただけ、それも自分の為に...。
だがナタリア様のその一言でマグデリナ様の表情は変わった。
信じられない者を見るように私を見てきて、小さな声で「...そうだったの。...助かったわ。」と告げてきた。
お礼を言われたのなんか初めてだった。
どうせナタリア様とのお茶会が終われば私は先程の一件で強い叱責を受けるのだろうと覚悟していた。
なのにこの好意的な空気に態度、しかも私をナタリア様のお茶会に同席させてもいいかとまで聞いてくれている。
「ええ。勿論ですわ....マグデリナ様のご友人の方もぜひ、いらして下さいませ。」
穏やかで優しい笑みを私に向けてくれるナタリア。
そしてあの日からマグデリナ様との関係が少しだけ変わった気がした。上下関係をしっかり示していたマグデリナ様が少しだけ寛容になられた気がする。
ナタリア様はあの場を納めただけでなく、私の事もお救いになって下さり、マグデリナ様をも変えてくださった。
聡明で優しいナタリア様.......
尊敬していたナタリア様.....
婚約者の方と幸せになってもらいたかった。
ナタリア様を不幸に落としたくなどなかった。
だけど私達は所詮貴族...命令や脅しには逆らえない。
ナタリア様に恐ろしい程執着しているあの方があの日あの場を支配していた。
たった一日で計画を企て貴族達に命令を下したあの方。
何故かわからないが第二王子まで従っている姿を見ると王家もこの一件に関わっているのだと推測出来る。
卒業パーティーの大切な日にたった一人で過ごされているだけでも痛々しいのに、婚約者から有りもしない罪で断罪され、婚約破棄をされたナタリア様。
あの場にいた全ての者達がナタリア様が無実だと知っていてあの茶番劇を造り上げた。
そして呆然と立ち尽くすナタリア様に更なる追い打ちをかけるように酷い言葉を投げかけた。
あの時に助けて頂いた恩をまさか仇で返す羽目になるなんて思ってもみなかった。
ごめんなさい。ナタリア様...
弱くて愚かで何も貴女にしてあげられなくて...
真実すら伝える勇気がなくてごめんない...
たった一人あんな立場に追いやってしまって本当にごめんなさい...
許してくださいなんて言えない。
だから貴女があの方にこれ以上不幸にされないように見守ります。
ナタリア様がまた笑える日までずっと...
どうか幸せになって下さい...
あの方が作り出した幸せの中で...
あの方は恐ろしい方だったけど、ナタリア様を愛している事だけは事実だと思うから...
だから何も知らずにあの方の愛に包まれていて下さい。
見守る事しか出来ない、卑怯な私を許さないで...
ナタリア様が幸せになる事をいつまでも祈っております。
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