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~第一章~

治癒院

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「はい、もう大丈夫ですよ。」

「うぉ!  傷がなくなってるっ。 凄っ!」

「お大事になさってください。」

「ありがとよ、アクアちゃん!  で、このあとってーー」

「治療が終わったのなら速やかにお帰りください。患者は他にもいますので。」

  治療の終わった患者さんを無理矢理立たせて強引に帰らせるトロイ。その際に料金をぶんどる……いえ、頂戴するのも忘れない。

「もう、急かしすぎよ。そこまで焦んなくても大丈夫よ。」

「いえ、ああいうのは早急に対応しなくてはなりません。きちんと釘もさしておきましたので心配はいりませんよ。」

「……ああ、そう。」

  ニコニコ顔のトロイが胡散臭くて何をやらかしたのか聞くのがちょっと怖くてスルーした。

  此処は冒険者ギルドの向かいにある小さな家だ。
  一階の入り口付近には患者さんが順番を待つ待合室のような部屋がある。ソファーや椅子を並べてあり自由に座って待てるようにしてあり、一応持てなしとして冷えた果実水もピッチャーで置いてあるし、治療の順番を明確にするために番号札を持ってもらっている。これは1日の患者数も確認できるからとても助かっている。

  一階の奥には診察室と私とトロイの休憩室がある。
  診察室は普通にテーブルと椅子そして診察台があるだけのシンプルな部屋だ。私は薬師ではなく治癒師なので薬の扱いは出来ない。だから薬や一般的な治療道具は置いてないし、病院みたいにアルコール臭などはしない普通の部屋だ。

  私とトロイの休憩室は昼休憩の時とかに体を休められるように仮眠がとれるベットや食事のとれるテーブルと椅子が置かれていた。

  二階は一応三部屋あり、全ての部屋に重症患者用のベットが二つずつ置かれている。

  とまぁ、こんな感じが私の職場だ。
  S級冒険者が働くとはいえ、まさか冒険者ギルドがこんな家まで用意してくれるとは思わなかった。
  初めはギルド内にブースを作るって話だったし。

「あ?  当然だろ。白いローブ治癒師の患者には冒険者だけじゃねぇんだからよ。街の奴等も通えるような場所が必要だろ。それにこのくらいの設備は必要最低限の経費だ。好きに使え!」
  
  とギルマスは器の大きい事を仰ってくれた。
  後から聞いた話によると、ギルマスが思いついたのではなくジュディアさんの入れ知恵らしい。

  本当に尻に敷かれてるよね。ギルマスって……

  まぁ少なくないお金が動いたんだと思うし、最終決定はギルマスがしたんだからやっぱり二人に感謝だよね。

「その分、何かあったら働いてもらうから遠慮せずに使え!  最近ちょっと気になる街があってな、ヤバそうだったら依頼出すから覚悟しとけよ!」

「あ、はい。それはもちろん大丈夫です。」

「お前もだぞ!  トロイッ!!」

「お前に言われなくてもアクア様が居るのなら何も問題ない。」

「…………お前はーー」

  つーんとしたトロイの態度に苛立ちを隠せないギルマス。目を吊り上げて顔に青筋を立てながらひくひく頬が動いている姿は怒号一歩手前だった。

「ちょっと何やってんのよ!  話終わったんなら仕事してちょうだい!」

「だがっ!」

「だがもでももない!  さっさと仕事を始めて。」

「…………わかった。」

  ジュディアさんの鶴の一声でその場は収まった。
  流石だ。ギルマスの手綱はジュディアさんに握られてるんだなー。勉強になります!

  横から嫌そうなトロイの視線を感じるけど、関係ない。トロイの主としてトロイが誤った道に進まないように私が上手く手綱を握らなきゃいけないんだから。

  ちょっと目を離すとすぐに暴走しちゃうしーー。

  昔もトロイがアクリアーナの護衛騎士だった頃、王城内で私をわざと転ばせようとした不届き者達がいて、その時はトロイがさりげなく助けてくれて事なきを得たんだけど、後日その不届き者達が全治3ヶ月の怪我を負ったらしいと噂があった。

  しかも第二王女の報復ではないかという噂が流れた。

「私は何もしてませんよ?  アクリアーナ様の名前に傷はつけるような事は致しません。」

  トロイは自分は怪我をさせないと言いきった。
  嘘は決してつかない男だから安心していると、後日その不届き者達に怪我を負わせたのは男達が手出ししていた侍女達だということが判明した。
  なんでも自分を愛していると言い、妻にしてくれる約束だったのに他にも沢山女がいたと教えてもらったらしい。だからこの男達の怪我は弄ばれた侍女達の報復だという事で事件は終わった。

  だが侍女達に他にも女がいると教えたのが何を隠そうこのトロイだったのだ。自分が手出しすると私に迷惑がかかるからと我慢したと本人から報告された。

  いやね、本当にあいつらには困ってたよ?
  会うたび、会うたび、ちっさい悪戯しかけてきて本当にウザかったよ。精神的にもちょっと憂鬱になってたのは認める。

  でもね、毎回トロいが守ってくれてたから私に実害はなかった。だから私も事を大きくする気はなかったのに……

  結局これって噂通り、第二王女の報復って事だよね。
  痴情のもつれだと噂は変わってるけど……


  ……ってな事が昔何度かあったの。
  表だって貴族に報復出来ないトロイは裏からネチネチとした報復をしてて、もうあっという間に私の周囲から危険を排除しちゃうのよ。

「私はアクリアーナ様の護衛騎士ですから。貴女の身の安全の為でしたら手段は選びません。」

  トロイってば、笑顔でそんな事言うんだよ。
  こりゃ、この男の手綱はしっかりと握って置かなきゃな。って自覚したよね。

  私にだけ忠誠を誓う、極端な護衛騎士の手綱を。

  まぁ基本的に私を守る為にだけ無茶をする男だから動く時にはそれなりの理由があるんだけどね……
  私が気づけない部分をフォローしてくれるから何だかんだ私も頼りにしちゃうし。

  トロイには甘えすぎちゃう、私の悪い癖だ。



  
「はい。これで痛みはどうでしょうか?」

「凄い!  全然痛くない!」

  診察室のベットに横になりながら背中と腰を擦る患者さん。
  青果店に嫁いだライラさんは重たい荷物や商品を運んでいる内に腰や背骨を痛めてしまったそうだ。

「原因は重たい物を持つ行為が負担になっているのでしょう。恐らく仕事を続けている内に腰の痛みはまた出てきてしまいます。」

「そうだろうね、この痛みはもう何年もあるから。」

  うーん、医療用のコルセットとかあればいいんだけどなぁ……。形や雰囲気は何とか覚えてるんだけど……

「何か良い手がないか私の方でも考えてみますので、あまりご無理はなさらないで下さいね。」

「はははっ……ありがとうね、アクア様。私みたいな者にも気をかけてくれて。」

「いえ、私は治癒師ですから。それに様なんて必要ありませんよ。」

「いやいや、これは私の敬意なんだよ。だからあんたが何処の誰であろうと、私はあんたをアクア様って呼ぶよ。そう呼びたいんだ。」

  ライラさんはそう言って目尻のシワをくしゃっとさせながら微笑んで帰られた。


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