断罪された悪役令嬢はそれでも自分勝手に生きていきたい

たかはし はしたか

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リリの場合4

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手押し車に、そっと水を満たした桶を載せる。
朝早いから、周りに人はいない。
修道院の中で起きているのはリリだけであろう。
桶を七つ載せて、手押し車を押して食堂に向かう。
手押し車の車輪は音もなくするすると回転する。
一見重労働な水汲みだが、井戸には屋根があり、道具も小ぶりでよく手入れされていて、実はあまり苦にならない。
目まぐるしい変化と戸惑いの時期が終わればここでの生活はむしろ単調で、おだやか。
でも、リリは気がついてしまった。
この修道院はおかしなところが三つある。
一つは外へ小道。
今リリが歩いている道は井戸や建物、厩舎をつなぐいわば修道院のメインストリート。
だが幾つも枝分かれする中に、修道院にはないとされている外部へと繋がっている小道があるのだ。
それに気がついたのは偶然だった。
はぐれたアヒルを探して森に入って見つけた。
細い道の先にはちょうど人一人通れるくらいに壊れた壁。
おかしい。
あやしさしかない。
リリはとりあえず近づかないのが無難と判断した。
王太子妃教育の中で受けた危機管理教育がこんなところで生かされるなんて思ってもみなかった。
違和感を大切にすること、よく観察すること、そして何より安全を大切にすること。
いまは昔のように護衛もいない。
用心を大切にしないといけない。
ときどき確認しても道も壁も変わることはなく、修道院の話題に上がることもない。
二つ目は修道院の間取り。
部屋の数や大きさと建物の大きさがあっていないような気がする。
隠し部屋のようなものがあるのではないだろか?
そして3つ目。
この修道院は祈りを捧げる神が定まっていない。
こんなことってあるんだろうか。


元国王
公爵になって一月。
妻が青い顔をして執務室に入ってきた。
あなたこれ
そう言って差し出したのは、見覚えのあるハンカチ。
震える手で開いたハンカチには親指の爪ほどもある大粒のルビーが入っていた。
王家のルビー
王冠についているはずのものがどうしてここに。
妻の説明によると自分の荷物の一つに入っていたと。
王宮からの引越しは時間がかかった。
そもそも王の退位などそうあることではない。
退位を決めてから怒涛の日々だった。
退位の手順を決めることから外交関係の予定の調整、内政、国民への告知、協会との折衝、弟への引き継ぎ、即位の準備その他もろもろ。
同時進行で新生活の準備。
妻は妻で同じくらい忙しく、話す気力もなく同じベッドで寝るだけという生活を耐えた。
退位をしたのちに、引越した。
どこまでを私物とするかは十分に注意を払って引越した。
はずだった。
それでも荷物は莫大で、一月経ってやっと少し落ち着いてきたところだった。
なのになぜここにこれが。
弟いや国王のハンカチにつつまれて妻の引越し荷物に、部屋着の袖にはいっていたのか。
「これは私が預かろう。これのことは他言無用だよ」
妻の背を摩りながらハンカチを受け取る。
あなたと私を見上げる妻を安心させるように微笑む。
どんな時でも表情を取り繕える。
元王族には簡単なこと。
妻もそれはわかっている。
それでも、少しほっとしたらしく体から力が抜けた。
侍女を呼び妻を託す。
引越しで疲れているし、2、3日静養させよう。
執務机の、鍵の掛かる隠し引き出しにハンカチとルビーをしまう。
もう、王族ではない。
もう家族ではない。
弟に関わるつもりはない。
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