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リリの場合3

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修道院に入るときに、ここでは姓はいらないと名をリリと改められた。
ショックではあったが、それだけだった。
修道院の小さな自分の部屋に通された時、寝台に腰掛けて小さな窓と机と椅子だけで、床にぽつりとリリーナ改めリリの荷物がぽつんと置かれているのを見て、粗末なものの中に一つだけ豪華なそれに強い違和感を感じた。
修道院の生活にリリはすぐに馴染んだ。
豪華でなくても寝台は寝台。
古ぼけていても皿は皿。
味気なくても食事は食事だった。
未来の王妃として制約の多い生活をしていたリリには、修道院の生活はむしろ気楽で新鮮であった。
ただ、このままでは終わらないのはわかっていた。
リリが、ではなく周りがリリーナを放っておいてくれないであろうことがわかっている。

国王
疲れた。
議会の開会式には正装なんて誰が決めたんだ。
ご先祖様王冠が重いですよ。
首がだるい。
開会を宣言して、一度退出する。
控え室で王冠を外して、正装から礼服に着替える。
議事が始まるまでの、わずかな休息。
王冠と礼服を片付けに行った侍従達。
久しぶりの一人の時間だ。
王ともなると一人になることなどほとんどない。
今だって、扉の向こうには騎士がいる。
ふと先ほど見た議会場を思い出す。
いつものメンバーの中に位置を変えたものがいた。
今まで王弟として参加していた弟のユージーンがギフト公爵として席に座っていた。
瓢箪から駒。
息子のショルーズがいきなりリリーナを断罪したのには驚いた。
それも王家の夜会という公式の場で。
だがあれから一ヶ月、何も変わりはしなかった。
王家は王家のままで、リリーナは修道院へ、ギフト公爵夫妻は代替わりしてユージーンに位を譲り隠居。
二人で辺境の領地へ向かった。
山越えが終わってもうじき着くだろう。
ショルーズはまだ婚約こそしていないが、伯爵令嬢と順調に交際している。
来月から伯爵令嬢は王家の一員となるための教育が始まる。
そうだ、我々は王家なのだ。
私たちが望んだことをして何が悪い。
王は今までギフト公爵家に気を使い過ぎたと気がついた。
親から、祖父の代からの刷り込みがただの思い込みに過ぎないと気がついたのだ。
本当の王家などというものはない。
私こそ王、私たちが王家なのだ。
あの場の判断、あれは我ながらさえていた。
王としての自分の一番の見せ場だったのではないだろうか。
何度思い出してもうっとりする。
『ギフト公爵令嬢を修道院へ送ることとする。未成年であり今後の行いによっては処遇を考えることもあることとする。ギフト公爵夫妻は監督不行届につき公爵家を王弟ユージーンに譲り隠居とする』
着飾った貴族が、男も女も王の言葉一つ一つを聞き漏らすまいとしていた。
静まり返ったホールに王の声が響いた。
誰も、一言も挟むことはできなかった。
ギフト公爵夫妻はただ静かにうつむいていた。
リリーナはまっすぐに顔を上げていた。
リリーナの処分に含みを持たせる事で公爵派の不満を封じた。
平穏な時代が続き王が強権を振るうことなどほとんどなかった。
王はちょっと己の権力に酔っていた。



ユージーン・ギフト公爵
王弟ユージーンから公爵になって一月。
結婚も難しかった立場から、まさかのギフト公爵に。
あの夜会にはユージーンは遅れて参加した。
元々結婚も出来ない国王や王太子のスペアに過ぎない王弟の遅刻など誰も気にしない。
この国で王太子になれない王の子は、他国に望まれて嫁ぐ以外は生涯独身で王宮で過ごす。
それはギフト公爵家の子女より格下と縁付くのをよしとしたくないから。
大した公務もなく飼い殺し同然の自分が憧れてならない「婚約者」を罵る甥の王太子を見て、酷く暗い気持ちになった。
そしてふつふつと怒りが沸いた。
だが、まさか己が王籍をはなれて公爵になるとは。
学園を出ても未来はないユージーンはいつも国王となる自分の姿を夢想して自分を慰めていた。
その中の一つが、ギフト公爵令嬢と結婚してギフト公爵となりゆくゆくはというものだった。
それが一部とはいえこんな形でかなうとは思っても見なかった。
馬鹿でかいギラギラした王冠を頭に戴いた兄を、貴族席から見るのは初めてだった。
頭とのバランスが悪く酷く悪趣味に見える。
正面の1番高いところにあるのは大粒のダイヤ。
やはり映える。
貴族席からではわからないが、王冠の左横に一際大きな穴がある。
王弟ユージーンの立ち位置からはいつも見えていたそれは70年前に王家から失われた宝石のあった場所。
国旗と同じ色のルビー。
正当な血筋と王家の宝石を持つ公爵。
それはもはや王と言ってもいいのではなかろうか。
それが今や自分なのだ。
ただ。
屋敷のどこを探しても、ルビーは見つからなかった。
なれない公爵の業務をこなし、結婚も考える傍ら寝る間も惜しんで探した。
夜会のまま、着の身着のまま追い出された前公爵親子は財産を隠す暇などなかった。
議会場を後にして、公爵家に戻る馬車から、王都の街並みを眺める。
王宮から帰る道。
もう自分には帰る家がある。
何の責任もない、ただの公爵になった実感があった。
ルビーを探し出さなくては。
何を望むにしてもあるとないでは大違いだ。
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