上 下
41 / 50
第五章 腐女子、祈る

41:古文書

しおりを挟む
 それからさらに数日後、書庫を探していたゴードンがやって来た。

「九百二十年前の記録に、人間の王の記述がありました。当時の魔王の目線から書いた回顧録のようです」

 羊皮紙の束をどさりと机に置く。
 ホコリをかぶった紙をめくっていけば、目当ての記述にたどり着いた。

『魔暦千二百四十五年。南の黒い森より人間の一行が現れる。総勢六百人ほど。彼らは年若い青年をリーダーとして、国を興すために世界を旅しているのだと言った』

『魔王は最初こそ警戒したが、すぐに人間たちと打ち解けた。人間は魔族よりも魔力が弱く、身体も一回り脆弱である。南は北よりも瘴気が薄いとはいえ、よく黒い森を無事に抜けてきたものだ。魔王がそう言えば、人間の王は答えた。我が妻は瘴気を払い、魔物を退ける力を持っているから、と』

 読み上げるゴードンの言葉に、その場の皆が息を呑んだ。

『証拠とばかりに、彼女は魔族の瘴気の傷を癒やしてみせた。決して治らないはずだった猛毒の傷を。魔族は人間に大いに感謝してこの地に留まるよう願い出た。けれど人間の王は断った。「私たちは自分たちだけの独立した国を作りたい。黒い森の向こう側も瘴気が強く、北ならばどうかと来てみたのだが。魔族さえも苦しむ土地であるならば、我々はとても住めそうにない。また旅を続けるよ」と』

「黒い森の南――今のユピテル帝国の土地が、瘴気が強い? 当時はそうだったの?」

 私は思わず声を上げる。
 ユピテル帝国にとって瘴気や魔物とは辺境の土地での出来事のこと。
 建国王が国を興した本土は、それらから縁遠いと思われていた。

「この古文書の内容が正しいなら、そうなのだろう」

 ベネディクトが眉を寄せている。

「ユピテル建国神話では、瘴気については特に記述がなかったが」

「単に聖女が土地を清めて国とした、としか書いてねえよな」

 と、クィンタ。
 ゴードンが読み上げを続ける。

『しかし魔王は瘴気の浄化をなし得る女を手放したくなかった。彼女さえいれば魔族の国を救えるのではないかと考えた。また魔王は彼女の光り輝く魔力に魅了をされていた。だから滞在の延長を頼み込み、彼女の魔力を強めるべく魔道具作りを始めた』

「今とおんなじことやってるね」

「同じじゃないのは、グランが私を誘拐してたことくらいかしら」

「うううぅ、ごめんなさい」

『光の魔力は魔族にないものなので、本質の研究から始めた。彼女はよく言っていた。「まず私自身が幸せで、その気持を誰かに分けてあげようと思いながら魔法を使うの」と。魔王は尋ねた。「あなたは今、幸せなのか? 民を率いて放浪を続け、瘴気や魔物と戦い続ける。そんな生活が幸せだと?」。彼女は笑った。「もちろんよ。愛する夫と同胞たち。彼らと力を合わせて生きるのが、私の幸せなの」』

「なんか、この魔王は失恋した感じがするぜ」

「しーっ」

『彼女の気高い心に打たれた魔王は、全ての力を尽くして彼女の望みを叶えると誓った。すなわち、夫と民らと共に心から安らいで住める土地の創出である。彼女の高い能力をもってしても、土地の瘴気の浄化ははかどらなかった。ゆえに大規模な術式を組み、小さな力で最大限の効果を得られるよう日夜研究を続けたのである』

 いよいよ欲しい情報に近づいてきて、私は思わずごくりとつばを飲み込んだ。

『彼女の魔力を分析して、光の魔力の本質は『祈り』であると仮定した。精神、感情の動きが魔法として放出される、極めて稀な属性である。術者の精神状態に依存するため不安定な反面、非常に大きな出力が出るときもある』

 祈りかあ。私はどっちかというと『妄想』なんだけど。
 幸せを強く感じて願うという意味では、それぞれでやりかたが違っても不自然ではないかもしれない。

『魔王と魔族たちは不安定さを極力抑えて安定化し、広範囲に高出力で光を放てるよう魔道具を作った。彼女と人間たちの全面的な協力があって、二年ほどで完成した。材料は白色魔石を基剤に、七色の魔法染料を集めて魔法陣を刻んだ』

 古文書には魔道具の完成図が描いてあった。
 人の背丈ほどもある碑文のような形で、例の象徴化されたマークが絵画のように描かれている。

『魔道具は想定通り稼働し、周辺の瘴気はかなりの範囲が浄化された。ただし彼女への負担はそれなりに大きく、一月以上寝込む結果になってしまった。起き上がれるようになっても不調が続き、何度も頼めるようなものではなかった。そうしてある日、人間の王と彼女は言った。「この魔道具を貸してもらえないだろうか。国を作る場所に運んで、瘴気を浄化したい」』

「負担が大きすぎる……」

 グランが呻いている。
 私はそれをあえて無視して、ゴードンに言った。

「ゴードンさん。続きを」

『魔王は反対した。よその土地で何度も魔道具を使えば、彼女の命にさえ危険が及ぶかもしれない。けれど彼らは聞き入れない。魔王は仕方なく彼らの頼みを聞くことにした。そして別れまでの時間を使い、少しでも魔道具の性能を底上げしたものを改めて作って託した。人間たちが去っていって五年ほど後、民の何人かが伝令としてやってきた。「お久しぶりです、魔王様。私たちは国を建てました。ユピテル王国という名で、王はあの人です」。魔王は尋ねる。「彼女はどうなった? 元気にしているか?」。すると伝令は目を伏せた。「王妃様は何度も浄化を繰り返して、ついに命が尽きました。今は王家の墓で眠っておられます」。魔王は嘆き悲しんだが、全ては後の祭りだった』

 部屋に沈黙が落ちた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

失われた力を身に宿す元聖女は、それでも気楽に過ごしたい~いえ、Sランク冒険者とかは結構です!~

紅月シン
ファンタジー
 聖女として異世界に召喚された狭霧聖菜は、聖女としての勤めを果たし終え、満ち足りた中でその生涯を終えようとしていた。  いや嘘だ。  本当は不満でいっぱいだった。  食事と入浴と睡眠を除いた全ての時間で人を癒し続けなくちゃならないとかどんなブラックだと思っていた。  だがそんな不満を漏らすことなく死に至り、そのことを神が不憫にでも思ったのか、聖菜は辺境伯家の末娘セーナとして二度目の人生を送ることになった。  しかし次こそは気楽に生きたいと願ったはずなのに、ある日セーナは前世の記憶と共にその身には聖女としての癒しの力が流れていることを知ってしまう。  そしてその時点で、セーナの人生は決定付けられた。  二度とあんな目はご免だと、気楽に生きるため、家を出て冒険者になることを決意したのだ。  だが彼女は知らなかった。  三百年の時が過ぎた現代では、既に癒しの力というものは失われてしまっていたということを。  知らぬままに力をばら撒く少女は、その願いとは裏腹に、様々な騒動を引き起こし、解決していくことになるのであった。 ※完結しました。 ※小説家になろう様にも投稿しています

デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢、前世の記憶を駆使してダイエットする~自立しようと思っているのに気がついたら溺愛されてました~

トモモト ヨシユキ
ファンタジー
デブだからといって婚約破棄された伯爵令嬢エヴァンジェリンは、その直後に前世の記憶を思い出す。 かつてダイエットオタクだった記憶を頼りに伯爵領でダイエット。 ついでに魔法を極めて自立しちゃいます! 師匠の変人魔導師とケンカしたりイチャイチャしたりしながらのスローライフの筈がいろんなゴタゴタに巻き込まれたり。 痩せたからってよりを戻そうとする元婚約者から逃げるために偽装婚約してみたり。 波乱万丈な転生ライフです。 エブリスタにも掲載しています。

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシャリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

【本編完結】ただの平凡令嬢なので、姉に婚約者を取られました。

138ネコ@書籍化&コミカライズしました
ファンタジー
「誰にも出来ないような事は求めないから、せめて人並みになってくれ」  お父様にそう言われ、平凡になるためにたゆまぬ努力をしたつもりです。  賢者様が使ったとされる神級魔法を会得し、復活した魔王をかつての勇者様のように倒し、領民に慕われた名領主のように領地を治めました。  誰にも出来ないような事は、私には出来ません。私に出来るのは、誰かがやれる事を平凡に努めてきただけ。  そんな平凡な私だから、非凡な姉に婚約者を奪われてしまうのは、仕方がない事なのです。  諦めきれない私は、せめて平凡なりに仕返しをしてみようと思います。

聖女やめます……タダ働きは嫌!友達作ります!冒険者なります!お金稼ぎます!ちゃっかり世界も救います!

さくしゃ
ファンタジー
職業「聖女」としてお勤めに忙殺されるクミ 祈りに始まり、一日中治療、時にはドラゴン討伐……しかし、全てタダ働き! も……もう嫌だぁ! 半狂乱の最強聖女は冒険者となり、軟禁生活では味わえなかった生活を知りはっちゃける! 時には、不労所得、冒険者業、アルバイトで稼ぐ! 大金持ちにもなっていき、世界も救いまーす。 色んなキャラ出しまくりぃ! カクヨムでも掲載チュッ ⚠︎この物語は全てフィクションです。 ⚠︎現実では絶対にマネはしないでください!

私、実は若返り王妃ですの。シミュレーション能力で第二の人生を切り開いておりますので、邪魔はしないでくださいませ

もぐすけ
ファンタジー
 シーファは王妃だが、王が新しい妃に夢中になり始めてからは、王宮内でぞんざいに扱われるようになり、遂には廃屋で暮らすよう言い渡される。  あまりの扱いにシーファは侍女のテレサと王宮を抜け出すことを決意するが、王の寵愛をかさに横暴を極めるユリカ姫は、シーファを見張っており、逃亡の準備をしていたテレサを手討ちにしてしまう。  テレサを娘のように思っていたシーファは絶望するが、テレサは天に召される前に、シーファに二つのギフトを手渡した。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

【完結】五度の人生を不幸な出来事で幕を閉じた転生少女は、六度目の転生で幸せを掴みたい!

アノマロカリス
ファンタジー
「ノワール・エルティナス! 貴様とは婚約破棄だ!」 ノワール・エルティナス伯爵令嬢は、アクード・ベリヤル第三王子に婚約破棄を言い渡される。 理由を聞いたら、真実の相手は私では無く妹のメルティだという。 すると、アクードの背後からメルティが現れて、アクードに肩を抱かれてメルティが不敵な笑みを浮かべた。 「お姉様ったら可哀想! まぁ、お姉様より私の方が王子に相応しいという事よ!」 ノワールは、アクードの婚約者に相応しくする為に、様々な事を犠牲にして尽くしたというのに、こんな形で裏切られるとは思っていなくて、ショックで立ち崩れていた。 その時、頭の中にビジョンが浮かんできた。 最初の人生では、日本という国で淵東 黒樹(えんどう くろき)という女子高生で、ゲームやアニメ、ファンタジー小説好きなオタクだったが、学校の帰り道にトラックに刎ねられて死んだ人生。 2度目の人生は、異世界に転生して日本の知識を駆使して…魔女となって魔法や薬学を発展させたが、最後は魔女狩りによって命を落とした。 3度目の人生は、王国に使える女騎士だった。 幾度も国を救い、活躍をして行ったが…最後は王族によって魔物侵攻の盾に使われて死亡した。 4度目の人生は、聖女として国を守る為に活動したが… 魔王の供物として生贄にされて命を落とした。 5度目の人生は、城で王族に使えるメイドだった。 炊事・洗濯などを完璧にこなして様々な能力を駆使して、更には貴族の妻に抜擢されそうになったのだが…同期のメイドの嫉妬により捏造の罪をなすりつけられて処刑された。 そして6度目の現在、全ての前世での記憶が甦り… 「そうですか、では婚約破棄を快く受け入れます!」 そう言って、ノワールは城から出て行った。 5度による浮いた話もなく死んでしまった人生… 6度目には絶対に幸せになってみせる! そう誓って、家に帰ったのだが…? 一応恋愛として話を完結する予定ですが… 作品の内容が、思いっ切りファンタジー路線に行ってしまったので、ジャンルを恋愛からファンタジーに変更します。 今回はHOTランキングは最高9位でした。 皆様、有り難う御座います!

処理中です...