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第三章 腐女子、悩む

21:ある夜の要塞

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【三人称】

「それでさ、フェリシアさんが鍋の前で何か言ってるから、こっそり耳を澄ませてみたら。『おいしくな~れ』って言ってんの!」

「なにそれ、可愛すぎる。だから最近、料理を食うと力が出るのか?」

「きっとそうだ。料理は愛情と言うからなあ」

 夜の就寝前、兵士たちが寝床で雑談をしていた。
 話題は要塞町のアイドルことフェリシアである。

「最近は洗濯物からいい匂いがするし」

「石けんを変えたらしいぞ。前のは獣脂の石けんだから、獣臭かったもんな」

「俺、鎧で肌荒れひどかったんだけどさあ。フェリシアちゃんの石けんでしっかり洗ってクリームつけたら、あっという間に良くなったんだよ」

 兵士たちはうんうんとうなずいた。
 と、そこに金髪の男がひょいと顔を出した。クィンタである。

「お前ら、なに駄弁ってんの?」

「隊長。フェリシアさんの話をしていました」

「ふーん」

 クィンタは部屋に入ってきた。兵士は慌てて横に避けて場所を作る。
 そこに遠慮なく腰掛けて、クィンタは続けた。

「てめえら、あの子に手出しはやめとけよ。フェリシアちゃんは下っ端どもがどうにかできる女じゃねえ。背負ってるもんが違う。全部ひっくるめて幸せにしてやる覚悟がなけりゃ、黙って見とけ」

「分かってますよ」

 兵士たちは神妙な顔になった。

「フェリシアさんは俺らのアイドル、いや、女神ですから。抜け駆けする奴がいたら袋叩きです」

「お、おう」

 予想以上の返答にクィンタはちょっと引いたが、同時に安心もする。

「しかし女神とは言いえて妙だな」

 フェリシアの力は、瘴気の傷を治してもらった彼が一番良く承知している。
 あの光り輝く温かな魔力は、確かに女神のようだった。
 ひとしきり喋ったクィンタが部屋を出ると、ベネディクトと鉢合わせた。

「クィンタ、ここにいたか。軍団長がお呼びだ」

「なんかあったか?」

「フェリシアの件で、帝都から報告が来た」

「……!」

 軍団長の執務室に行く間、二人は無言だった。
 彼らを出迎えた軍団長は、前置きなしに話し始めた。

「帝都付近に魔物が出た」

 その言葉にベネディクトとクィンタは表情を険しくする。

「なぜです。魔物はここの『黒い森』など、国境近くの辺境にしか出ないはずでしょう」

「珍しい獣を魔物と見間違えたんじゃ? 帝都の平和ボケした奴らなら、ありそうな話だ」

「帝都の魔法使いが鑑定した。間違いなく魔物だったそうだ」

 軍団長の言葉に、二人は口元を引き締める。

「幸い数は多くなく、種類も力の弱いものだった。だが帝都の近くで魔物が出るなど、建国以来の出来事。元老院は箝口令を敷いたが、もし魔物の出現がこれからも続くようであれば、いずれ抑えられなくなるだろう」

「まさか、フェリシアが帝都を出たのに関係が?」

「分からん。本人から何か聞いていないか?」

「特に何も。彼女はただ聖女、皇太子妃としての教育を受けていただけで、光魔法を使えなかったと言っています」

「ふむ……」

 一方でこの要塞町では、魔物の出現が明らかに減っている。
 兵士たちの体調は整っていて、士気も高い。

「我がゼナファ軍団がこの要塞を引き上げることはないが」

 軍団長が静かに言った。

「帝都の動向次第では、援軍を求められる可能性はある。心していてくれ」

「フェリシアちゃんは、どうするんです? クソな実家に戻すなんぞ、ありえないですよ?」

 クィンタが鋭い目を向けた。軍団長は苦笑する。

「可能な限り守るよ。ただ状況を見る限り、彼女は最大にして最強のカードだ。聖女の力が表沙汰になったら、影響は計り知れない」

「その聖女の力とやらも、まだ曖昧ではっきりしませんが」

「それが問題だ。彼女をここに引き留めるにしても、帝都に送るにしても、扱いを決めかねる。まあ今は、時間稼ぎをしながら様子をみるしかない……」

「せめてフェリシアに基盤があればいいのだが」

 ベネディクトがぼそりと言った。

「実家に頼らずとも生きている力が。そうすれば余計な干渉が一つ減る。皇帝や元老院の出方はまだ不明でも、生きる道はいくつあってもいい」

「そうだな。フェリシア嬢は石けんやハンドクリームを作っていた。あれを外部へ売りに出し、利益を還元してもいいかもしれん。私の家の伝手を探してみよう」

 軍団長は有力貴族の出身。帝都の実家では商人と幅広い付き合いがある。

「お優しいことで。そこまでしてやるんです?」

 クィンタの冷やかすような言葉の裏に警戒を感じ取って、軍団長は肩をすくめた。

「石けんとクリームは私も愛用している。あれはとてもいいじゃないか。内々で使うだけなのは、もったいないと思っていたのさ」

「軍団と、軍団長に儲けが入る?」

「まあ、それもある。国からの予算だけでは足りない面が多いからな。金はいくらあっても困らん」

「そりゃそうだ」

 クィンタは笑ったが、未だ警戒は解いていなかった。
 彼は平民出身。
 貴族出身の軍団長のやり方を完全に信用はしていない。
 政治とは全体の平和のためならば、個人の幸せを押しつぶすのを辞さないものだと知っているから。

 軍団長の人柄は疑っていない。
 けれど政治の問題に巻き込まれた場合、貴族である彼が何を優先するかはクィンタには予想ができなかった。

「お前たち二人は、フェリシア嬢と近しい立場。これからも彼女を見守ってやってくれ」

「はっ」

「言われなくても」

 ベネディクトとクィンタはそれぞれの態度で返事をした。
 二人ともフェリシアの幸せを願う心に偽りはなかった。
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