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第二章 腐女子、動く

20:こぼれる光

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 完成した石けんとハンドクリームは大好評だった。
 石けんは優しくしっかりと汚れを落としてくれるので、皿洗いも洗濯も楽になった。
 お風呂で使えるおかげで、従来の垢すりよりも肌を傷めずに清潔を保てるようにもなった。
 しかも以前のどろどろ半液体と違って固形だから、持ち運びも便利である。
 ハンドクリームはあかぎれのケアにもってこい。
 ふんわり香るゼラニウムの香りも気に入った人が多かった。

 ところが。

「フェリシアさん。このハンドクリームは素晴らしいですね」

 オカヒジキの灰を買い足しに行った際、ガラス工房主が満面の笑みを浮かべていた。

「見て下さい。やけど痕まですっかり良くなりましたよ」

「え」

 差し出された手は、つるんとしてきれいなものである。
 つい何日か前までやけど痕や傷で痛々しかったのに。

「新しくやけどをしても、ハンドクリームをつけておけばすぐに痛みが治まりますし。もう手放せません」

「は、はあ……」

 喜んでいる工房主には悪いが、効果出すぎじゃない?
 麻薬並みにヤバい即効性である。
 ちょっとこわい。

 何か副作用が出たらどうしよう?
 でも材料は蜜蝋とオリーブオイルと精油だけだしなあ?

 首を傾げながら要塞に戻った。

「ねえ、みんな。あかぎれの調子はどうかしら?」

 メイドたちに様子を聞いて回る。
 するとみんな、口を揃えて「すっかり治ったよ!」と言った。
 あかぎれ程度ならそんなものかと思っていたが、中にはそれなりに深い傷だった人もいた。
 それがこんな短期間で治るなんて、やっぱりどこかおかしい。

「先輩のハンドクリームのおかげで、指がすべすべで嬉しいです。それにほら、こうやって頬に手を当てるとお花のいい香りがして」

 リリアがにこにこしながら頬に手を当てている。
 可愛らしい仕草だ。
 彼女の指はしっとりすべすべで、みずみずしいピンク色をしていた。あかぎれの痕はどこにも残っていない。

「それならいいけど……。もし何か変な感じがしたら、教えてね」

「変な感じ?」

「何もないよね」

 副作用を警戒して言っておいたけど、誰もピンと来ていない雰囲気だった。






 廊下の掃除をしていると、ベネディクトがやって来た。

「フェリシア。今日も頑張っているな」

「いえいえ。これが私の仕事ですから」

 そんなことを言いながら、雑談する。

「最近、兵士たちの体調が良くなっている。石けんとクリームで肌荒れを起こしていた連中も改善された」

 こちらも効果が出ているようだ。

「体調は、食事のせいもあるかもしれませんね。料理長と相談して、なるべく栄養バランスのいいメニューを作っていますから」

 この国では『栄養バランス』という概念が薄かったので、料理長をサポートする形でメニューを組んでみた。
 肉は予算的に無理でも大豆やそら豆でタンパク質がとれる。
 野菜は生と加熱したものを両方食べてもらう。
 味付けもできるだけ工夫して、飽きないメニューにした。

 あとはあれだ。おいしくな~れの魔法。
 光魔法の練習がてら、食べた人の幸せな姿を思い浮かべながらこっそり唱えている。
 まあ、そんなん唱えているとバレたら恥ずかしすぎるので、あくまでこっそりと。

「フェリシアがここに来てから、全てが良い方向に向かっている」

 ベネディクトが呟くように言った。

「魔物の襲撃は、以前の半分以下の頻度。しかも一回あたりの数が減り、動きすら鈍い。特にクィンタの怪我があった一件以来、魔物たちの活動はこれまでにないほど沈静化している」

「そうなんですか」

「きみの聖女の力ではないのか?」

 彼の真摯な視線を受けて、私は怯んでしまった。

「でも、私は何もしていません。光魔法も相変わらずです。こんな有り様じゃあ、とても『聖女様です』などと言えません」

 冗談めかして言えば、ベネディクトもやっと笑ってくれた。

「聖女はさておき、要塞の多くの人間がきみに勇気づけられている。むろん私もだ。――ありがとう、フェリシア」

「え、いえ、そんな……」

 いつも真面目な表情の彼が、柔らかく微笑んでいる。
 その目には本当に感謝が浮かんでいて、私はどきりとした。

 私は本当は好き勝手やっているだけだ。
 BL布教が一番の目標で、それ以外は二の次で。
 そりゃあメイドの仕事は頑張ったけど、新入りだもの。頑張る程度のことはしなければ、叩き出されるかもじゃない。

 石けんだってハンドクリームだって、料理だって。
 役に立てるといいなーとは思ったものの、割と軽い気持ちだった。
 私自身が必要とした品でもあったし。

 それなのに。
 そんな私をまっすぐに見て、感謝してくれる人がいる。
 本当に役に立てたんだ。
 心の中にじわじわ誇らしさが湧いてくる。
 嬉しい……。

「こちらこそ、ありがとうございます」

 だから自然に言葉が出た。

「これからもまた、頑張れそうです。――ベネディクトさんのおかげです」

「そ、そうか」

 にっこり笑って彼を見れば、なぜだか顔を赤くしている。

「お顔が赤いですよ。まさか風邪? 最近寒くなってきたから、無理は禁物です」

「いや、そうではなくてな」

「そうだ、風邪にきくハーブティを淹れましょうか。精油を抽出しようと思って、ハーブを集めているんですよ」

 彼の手を取って歩き始めると、ますます真っ赤になっていた。
 なんじゃいな。

 その後、ゆでダコになったベネディクトを見つけたクィンタが爆笑して、ベネディクトにしばかれるという一幕になり、ベネ×クィ大好きな私は大満足したのだった。
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