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最終章 誰かの願い
87:のぞみの部屋2
しおりを挟むニアは動かない。
目を見開き、奥歯を噛み締めて目の前の惨劇を見つめている。
ルードが叫んだ。
「貴様、ふざけるな! ここは願いを叶える場所ではないのか! エーテルライトの魂を使ってまで、こんな……!」
「願いは確かに叶えた。死体であっても肉体に違いはない。そうだろう?」
フードの人物は忍び笑いを漏らした。
ひどく不快な咳き込むような声だった。
「さあ、次の願いはどうする? 永久氷河の勾玉の主よ、お前にも権利があるぞ?」
「あんな惨状を見せられて、お前に頼むわけないだろ」
俺は吐き捨てた。
「ふん、そうか。では余興は終わりだな――」
彼は右手を掲げる。
「来い、ヨミの剣よ。そして我が願いを叶えよ」
『ああ。その言葉を待っていた』
空間が歪んで、その奥に真紅の光が灯る。
玉座の人物の手にはヨミの剣が握られていた。
「我が願いは――」
彼はゆっくりと立ち上がった。
その拍子にフードが落とされて顔があらわになる。
年老いて骸骨のようになっていたけれど、その面差しに見覚えがあった。
ヨミの記憶の中で見た、初代パルティア王。彼で間違いない。
「この世全ての消失である」
「な……!?」
予想外の言葉。思わず声を上げたのは誰だったろうか。
『我が主。本当にそれでいいのか?』
ヨミの声がする。いつものふざけた調子は鳴りを潜めた、ひどく重い声。
「当然だ。他にあるまい。俺は長い間、ここで考えていた。我が人生は奪い奪われての繰り返し。どれほど他者から奪ったとて、奴らは必ず裏切り奪い返してくる。……であれば、二度と奪われないように。俺以外の全てを消し去る」
王の瞳に狂気はなかった。
狂気ですらない妄執、執着、執念が彼を支配している。
ヴァリスが叫んだ。
「貴方は初代パルティア王ではないのか!? 国の祖は偉大な国父。父がどうして子である国を、国民を、王家を消し去ろうとする!」
「お前は勘違いをしているな」
王は年老いて落ちくぼんだ目を向けた。
「順序が逆だ。子であるお前たちは、父である俺にどれだけ尽くしたのか。わずか三百年で俺をすっかり忘れ去り、何の礼節も守らず放置した。そのような不孝者はいらぬ」
王はヨミの剣を掲げる。
と――彼の片足が崩れ落ちた。
「ふん。この肉体もいい加減限界だ。新しい体を王家の血筋から寄越せと命じたのに、ほんの二、三人来ただけですぐに途絶えた。のぞみの部屋の魔力を使ってさえ、人間の体など百年もあれば朽ちる」
どうやったのか知らないが、王は子孫の体を乗っ取って生き長らえていたようだ。
血縁者とはいえ他者の肉体。
彼の姿はボロボロで、今にも崩れ去りそうになっている。
「さあ、ヨミよ」
王は続ける。崩れかけた体をかつての愛剣で支えて。
「俺の存在のみを永遠に残し、他の全てを消し去ってしまえ。二度と俺から奪わぬように!」
『……それが本当に、主の望みであるならば』
ヨミの剣の宝玉が真紅に輝いた。
壁や床、天井にまで刻まれた魔法の文様が浮かび上がり、ひたひたと押し寄せるように魔力が満ちてくる。
「させるかっ!」
俺は床を蹴った。剣を抜いて王とヨミへと斬りかかる。
王の皺深い顔がいびつな笑みに歪んだ。
この部屋はのぞみの部屋。
彼の望みを叶えるための場所。
かつてヨミの剣はこの土地の守護神を殺して力を奪ったと言っていた。
神の力とは、大きく分けて二つある。
一つは単純な力の強さ。神を名乗る存在は、そこらの魔物と比べ物にならないほど強い。
二つ目は特殊な権能。
例えば北の氷の女王は気候や気温を操ることができる。
単なる力や魔力の強さを超えて、この世界に干渉する力が神にはある。
たぶん、ヨミが殺した神は『願いを叶える』権能を持っていたのだと思う。
だからこそヨミはのぞみの部屋などというものを作った。
そして大規模な願いを叶えるには、他の神の秘宝を組み込む必要があった。
それまでの繋ぎとして、王の『永遠に存在する』という願いだけを叶えた。
この部屋の中において、ヨミと王とは絶対の存在。
永久氷河の勾玉を手放した俺が太刀打ちできるはずもなかった。
でも。
ヨミは迷っている。
王は言っていた。
血縁者から生贄を要求したのに、すぐに途絶えてしまったと。
子孫らは彼を忘れ去ったと。
そんなはずはないのだ。
だってパルティア王国には常にヨミの剣が在った。
神殺しの剣として王家と密に関わっていた彼がいれば、生贄を無理にでも出すことはできただろう。
ましてや忘れるはずがない。
ヨミは今でも、王を『我が主』と呼んでいるのだから。
「ヨミの剣!」
俺は叫んだ。
王ではなく、剣の宝玉を見据えながら。
「神としてのお前、王の剣としてのお前に問う! その願いは、叶えるに値するのか!?」
ヨミの記憶で見た場面が蘇る。
彼はこう言っていた。
『我が主。どうすればお前の心は満たされる? かつてオレの飢えを満たしてくれたように、オレもお前に与えたいんだ』
奪い奪われてばかりの王に対し、彼は『与えたい』と言った。
生贄をやめたのも、洞窟の部屋で王が永遠に孤独に過ごしていると子孫に教えなかったのも、彼の意志だ。
神としてパルティアの民を守ろうとする意思。
王の剣として彼の心を救いたいと願う意思。
二つの意思がヨミから感じられる。
そして俺は、王の心も少しは分かる。
俺はこの世界で目覚めた時点で、一人の少年の体を奪ってしまった。
最初はこの理不尽な世界が大嫌いだった。
不当に奪われたこともあるし、奪ったこともある。
けれど、力を尽くして生き延びて。色んな人に助けてもらって。
今は大事なものがたくさんできた。
もう奪われたくない。
つながりの村やエリーゼの店を守りたい。
大恩のあるニアとルード、ヴァリスのことだって放っておけない。
俺は、手の届く範囲の人々を守りたい。
傷ついて悲しい思いをしないように。
できるだけ多くの人が、できるだけ長い間。幸せに笑っていてほしい。
幸せを与えるなんて、そんな偉そうなことは言えるわけがない。
俺にできるのはせいぜい、その場で必死に足掻くことだけ。
でも思うんだ。
そうして必死に生きてきたのは、目の前の王とヨミも同じではないかと。
理不尽な世界を生き抜いたのは、俺と同じなのに。
それなのに彼らは世界の消滅を望んでいる。
だから俺は、もう一度問いかける。
「ヨミ! その願いは、『お前が与えたかったものなのか』!」
剣を振るう。本来であれば届くはずのない絶対者へ向かって。
王は俺の言葉を意に介さない。歪んだ嘲笑のままヨミの剣を突き出してくる。
俺の剣とヨミの刀身。
二つの刃がぶつかり合って。
ガキン!
鈍い音とともに、俺の剣は真っ二つに折れた。
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