上 下
87 / 88
最終章 誰かの願い

87:のぞみの部屋2

しおりを挟む

 ニアは動かない。
 目を見開き、奥歯を噛み締めて目の前の惨劇を見つめている。
 ルードが叫んだ。

「貴様、ふざけるな! ここは願いを叶える場所ではないのか! エーテルライトの魂を使ってまで、こんな……!」

「願いは確かに叶えた。死体であっても肉体に違いはない。そうだろう?」

 フードの人物は忍び笑いを漏らした。
 ひどく不快な咳き込むような声だった。

「さあ、次の願いはどうする? 永久氷河の勾玉の主よ、お前にも権利があるぞ?」

「あんな惨状を見せられて、お前に頼むわけないだろ」

 俺は吐き捨てた。

「ふん、そうか。では余興は終わりだな――」

 彼は右手を掲げる。

「来い、ヨミの剣よ。そして我が願いを叶えよ」

『ああ。その言葉を待っていた』

 空間が歪んで、その奥に真紅の光が灯る。
 玉座の人物の手にはヨミの剣が握られていた。






「我が願いは――」

 彼はゆっくりと立ち上がった。
 その拍子にフードが落とされて顔があらわになる。
 年老いて骸骨のようになっていたけれど、その面差しに見覚えがあった。
 ヨミの記憶の中で見た、初代パルティア王。彼で間違いない。

「この世全ての消失である」

「な……!?」

 予想外の言葉。思わず声を上げたのは誰だったろうか。

『我が主。本当にそれでいいのか?』

 ヨミの声がする。いつものふざけた調子は鳴りを潜めた、ひどく重い声。

「当然だ。他にあるまい。俺は長い間、ここで考えていた。我が人生は奪い奪われての繰り返し。どれほど他者から奪ったとて、奴らは必ず裏切り奪い返してくる。……であれば、二度と奪われないように。俺以外の全てを消し去る」

 王の瞳に狂気はなかった。
 狂気ですらない妄執、執着、執念が彼を支配している。

 ヴァリスが叫んだ。

「貴方は初代パルティア王ではないのか!? 国の祖は偉大な国父。父がどうして子である国を、国民を、王家を消し去ろうとする!」

「お前は勘違いをしているな」

 王は年老いて落ちくぼんだ目を向けた。

「順序が逆だ。子であるお前たちは、父である俺にどれだけ尽くしたのか。わずか三百年で俺をすっかり忘れ去り、何の礼節も守らず放置した。そのような不孝者はいらぬ」

 王はヨミの剣を掲げる。
 と――彼の片足が崩れ落ちた。

「ふん。この肉体もいい加減限界だ。新しい体を王家の血筋から寄越せと命じたのに、ほんの二、三人来ただけですぐに途絶えた。のぞみの部屋の魔力を使ってさえ、人間の体など百年もあれば朽ちる」

 どうやったのか知らないが、王は子孫の体を乗っ取って生き長らえていたようだ。
 血縁者とはいえ他者の肉体。
 彼の姿はボロボロで、今にも崩れ去りそうになっている。

「さあ、ヨミよ」

 王は続ける。崩れかけた体をかつての愛剣で支えて。

「俺の存在のみを永遠に残し、他の全てを消し去ってしまえ。二度と俺から奪わぬように!」

『……それが本当に、主の望みであるならば』

 ヨミの剣の宝玉が真紅に輝いた。
 壁や床、天井にまで刻まれた魔法の文様が浮かび上がり、ひたひたと押し寄せるように魔力が満ちてくる。

「させるかっ!」

 俺は床を蹴った。剣を抜いて王とヨミへと斬りかかる。
 王の皺深い顔がいびつな笑みに歪んだ。

 この部屋はのぞみの部屋。
 彼の望みを叶えるための場所。

 かつてヨミの剣はこの土地の守護神を殺して力を奪ったと言っていた。
 神の力とは、大きく分けて二つある。

 一つは単純な力の強さ。神を名乗る存在は、そこらの魔物と比べ物にならないほど強い。

 二つ目は特殊な権能。
 例えば北の氷の女王は気候や気温を操ることができる。
 単なる力や魔力の強さを超えて、この世界に干渉する力が神にはある。

 たぶん、ヨミが殺した神は『願いを叶える』権能を持っていたのだと思う。
 だからこそヨミはのぞみの部屋などというものを作った。
 そして大規模な願いを叶えるには、他の神の秘宝を組み込む必要があった。
 それまでの繋ぎとして、王の『永遠に存在する』という願いだけを叶えた。

 この部屋の中において、ヨミと王とは絶対の存在。
 永久氷河の勾玉を手放した俺が太刀打ちできるはずもなかった。

 でも。
 ヨミは迷っている。

 王は言っていた。
 血縁者から生贄を要求したのに、すぐに途絶えてしまったと。
 子孫らは彼を忘れ去ったと。

 そんなはずはないのだ。
 だってパルティア王国には常にヨミの剣が在った。
 神殺しの剣として王家と密に関わっていた彼がいれば、生贄を無理にでも出すことはできただろう。
 ましてや忘れるはずがない。
 ヨミは今でも、王を『我が主』と呼んでいるのだから。

「ヨミの剣!」

 俺は叫んだ。
 王ではなく、剣の宝玉を見据えながら。

「神としてのお前、王の剣としてのお前に問う! その願いは、叶えるに値するのか!?」

 ヨミの記憶で見た場面が蘇る。
 彼はこう言っていた。

『我が主。どうすればお前の心は満たされる? かつてオレの飢えを満たしてくれたように、オレもお前に与えたいんだ』

 奪い奪われてばかりの王に対し、彼は『与えたい』と言った。
 生贄をやめたのも、洞窟の部屋で王が永遠に孤独に過ごしていると子孫に教えなかったのも、彼の意志だ。

 神としてパルティアの民を守ろうとする意思。
 王の剣として彼の心を救いたいと願う意思。

 二つの意思がヨミから感じられる。

 そして俺は、王の心も少しは分かる。
 俺はこの世界で目覚めた時点で、一人の少年の体を奪ってしまった。
 最初はこの理不尽な世界が大嫌いだった。
 不当に奪われたこともあるし、奪ったこともある。

 けれど、力を尽くして生き延びて。色んな人に助けてもらって。
 今は大事なものがたくさんできた。
 もう奪われたくない。
 つながりの村やエリーゼの店を守りたい。
 大恩のあるニアとルード、ヴァリスのことだって放っておけない。

 俺は、手の届く範囲の人々を守りたい。
 傷ついて悲しい思いをしないように。
 できるだけ多くの人が、できるだけ長い間。幸せに笑っていてほしい。

 幸せを与えるなんて、そんな偉そうなことは言えるわけがない。
 俺にできるのはせいぜい、その場で必死に足掻くことだけ。

 でも思うんだ。
 そうして必死に生きてきたのは、目の前の王とヨミも同じではないかと。
 理不尽な世界を生き抜いたのは、俺と同じなのに。
 それなのに彼らは世界の消滅を望んでいる。

 だから俺は、もう一度問いかける。

「ヨミ! その願いは、『お前が与えたかったものなのか』!」

 剣を振るう。本来であれば届くはずのない絶対者へ向かって。

 王は俺の言葉を意に介さない。歪んだ嘲笑のままヨミの剣を突き出してくる。

 俺の剣とヨミの刀身。
 二つの刃がぶつかり合って。

 ガキン!

 鈍い音とともに、俺の剣は真っ二つに折れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界あるある 転生物語  たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?

よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する! 土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。 自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。 『あ、やべ!』 そして・・・・ 【あれ?ここは何処だ?】 気が付けば真っ白な世界。 気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ? ・・・・ ・・・ ・・ ・ 【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】 こうして剛史は新た生を異世界で受けた。 そして何も思い出す事なく10歳に。 そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。 スキルによって一生が決まるからだ。 最低1、最高でも10。平均すると概ね5。 そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。 しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。 そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。 追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。 だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。 『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』 不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。 そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。 その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。 前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。 但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。 転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。 これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな? 何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが? 俺は農家の4男だぞ?

異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。

sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。 目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。 「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」 これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。 なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~

喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。 おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。 ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。 落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。 機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。 覚悟を決めてボスに挑む無二。 通販能力でからくも勝利する。 そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。 アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。 霧のモンスターには掃除機が大活躍。 異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。 カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~

冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。  俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。 そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・ 「俺、死んでるじゃん・・・」 目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。 新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。  元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。

『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる

農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」 そんな言葉から始まった異世界召喚。 呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!? そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう! このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。 勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定 私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。 ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。 他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。 なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。

異世界転生!俺はここで生きていく

おとなのふりかけ紅鮭
ファンタジー
俺の名前は長瀬達也。特に特徴のない、その辺の高校生男子だ。 同じクラスの女の子に恋をしているが、告白も出来ずにいるチキン野郎である。 今日も部活の朝練に向かう為朝も早くに家を出た。 だけど、俺は朝練に向かう途中で事故にあってしまう。 意識を失った後、目覚めたらそこは俺の知らない世界だった! 魔法あり、剣あり、ドラゴンあり!のまさに小説で読んだファンタジーの世界。 俺はそんな世界で冒険者として生きて行く事になる、はずだったのだが、何やら色々と問題が起きそうな世界だったようだ。 それでも俺は楽しくこの新しい生を歩んで行くのだ! 小説家になろうでも投稿しています。 メインはあちらですが、こちらも同じように投稿していきます。 宜しくお願いします。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

処理中です...