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最終章 誰かの願い

85:秘宝の洞窟

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 秘宝の洞窟の前には帝国軍の兵士たちが整列していた。
 かなりの人数だ。百人程度はいるだろう。
 彼らは武器を構えていつでも戦える体勢でいる。

 兵士たちの様子を森の茂みから見ていた俺は、軽く枝を揺らして合図した。
 周辺に散ったヴァリスとバルト、盗賊ギルド員たちからも合図が返ってくる。

「――投擲ッ!」

 レナ特製の混乱のポーションを各人が投げた。

 パリン!
 がしゃん!

 瓶の割れる音がして兵士たちがたちまち混乱に陥る。
 ほとんど全員が同士討ちを始めた。
 混乱した兵士たちの相手は盗賊ギルドのメンバーに任せる。

「何事だ!」

 洞窟の中から指揮官らしき人物が出てきた。
 その頃には俺たちは距離を詰めている。
 ヴァリスが、ヨミの剣が指揮官を斬り殺した。ヨミの宝玉の真紅が濃くなる。

『ハッ、帝国のゲス野郎だが魂は旨いじゃねえか! 安心しろ、オレがきれいに喰らいつくしてやるぜ!』

 洞窟の中にいた兵士を次々と斬り倒して血祭りにあげている。
 雑魚に用はない。
 ニアとルードを見つけなければ!

 俺は帝国兵士たちの死体を飛び越して奥に向かった。
 土の洞窟が途中から石造りになる。
 背後で兵士たちの悲鳴が止んで、ヴァリスが追いついてきた。

 通路の先、封印の扉の前に人影がいくつか見える。
 帝国の兵士が何人か。
 高官らしい立派な身なりの人物。あれがメイデスだろう。
 それに……ニアとルード!

 俺は問答無用で麻痺のポーションを投げつけた。
 ニアとルードを巻き込んでしまうが、麻痺なら別に問題はない。一時的に動けなくなるだけだ。

 だが。
 ポーションは彼らに届くかなり手前で叩き落された。
 ニアから発する光が矢となって瓶を射抜いたのだ。
 あれは魔力の、エーテルライトの光。

「ニア!」

 俺の叫びに彼女は答えない。
 虚ろな瞳でぼんやりとどこかを眺めている。操られている。
 ルードも後ろ手に手を縛られていて、あれでは動けない。

「やっと来たか。秘宝の持ち主ども」

 メイデスが言う。

「待ちくたびれたわ。さあ、さっさと秘宝を渡せ」

「そう言われて渡すわけないだろ」

 俺は剣を構えて距離を詰める。
 が、メイデスからどす黒い霧が立ちのぼったのを見て足を止めた。
 あれがヨミを操った秘宝の効果だろう。

 ニアから光の矢が放たれる。
 通常の魔法ではあり得ないほどの純度の魔力。とても防げるものではない。
 俺とヴァリスは回避したが、狭い通路だ。
 連射される光に防戦へ追い込まれた。

 光の一筋がこめかみをかすって、バンダナが千切れて落ちた。
 血が滲んであごへと伝う。

 この光は……間違いない。
 魔力に変換された森の民たちの魂。
 傷口に触れた魔力から一瞬だけ、彼らの心が垣間見えた。

「ニア! 正気に戻れ!」

 ルードが叫んだが、兵士たちに側頭部を殴られて倒れた。
 ニアの反応はない。
 彼女の全身に黒い霧が絡みついていて行動を支配していた。

「ヴァリス団長、それに森の民の若者よ。大人しく秘宝を渡しなさい。さもなくば、この少女の命がないですよ?」

 メイデスがにやにや笑いながら言った。
 ヴァリスが答える。

「妙なことを言う。私はその娘がどうなろうと知ったことではない。国王陛下と王子殿下の無念を晴らしに来ただけだ」

『あぁ、そうだ。てめえ、よくもやりやがったな。その魂、ズタズタに切り裂いてやる!』

 メイデスは嘲笑の表情のまま答える。

「ほほう、今のが名高いヨミの剣の声。意外に頭の悪そうな声ですな」

「聞こえたのか」

 思わず俺が言うと、彼はこちらを見た。

「もちろん。秘宝に連なる者は他の秘宝の存在を感知できる。あなたもそうでしょう?」

「…………」

 つまり。
 俺が最初からヨミの声が聞こえたのは、エーテルライトの蘇生を受けていたからだ。
 あの秘宝の魔力で魂を呼び込まれたからだ。

 メイデスが続ける。

「パルティア王と王子については、何も心配はいりません。何せ貴国の王女と我が国の皇子の間に子ができた。生まれた子が次の王になればいいのです。ね、問題ないでしょう?」

「なるほど。そのような杜撰な手で国の乗っ取りを企んでいたとは」

 ヴァリスの声が硬い。

「杜撰とは失礼な。我がアレス帝国は何十年もの時間を使って貴国を侵食していたのですよ。貴族の子女を嫁がせ、密偵を送り込んでね。おかげでほら、秘宝の秘密もこの通り、我が手にあります。三百年の歴史と強大な武力を誇る貴国は、我が国がまるごといただきましょう」

『詰めが甘いぜ。てめぇはここで死ぬ。クソ計画はここで終わりだ!』

「そうですか。エーテルライトの魔力は、できれば温存したかったのですがねぇ。こうなったら仕方ない」

 メイデスの言葉に応じてニアが目線を上げた。何も映していない瞳を。
 かざした手の先に生まれたのは、矢ではない。
 何本もの槍を束ねたような巨大な光の帯!

 あの質量の魔力を撃たれたら回避しようがない。
 だから俺は床を蹴った。一気に距離を詰める。

「愚かな! お前も操ってやる!」

 メイデスが叫んで黒い霧がこちらに向かってくる。
 重圧がかかる。ぐらぐらと視界が揺らいで意識を失いそうになる。

 だが。
 前に進み続ける俺のすぐ横を何かが追い抜いた。

『オラァッ! 串刺しにしてやるぜ!!』

 それはヴァリスによって投擲されたヨミの剣だった。
 ヨミはまっすぐにメイデスへと向かって飛んでいく。

「な、バカな!」

 メイデスが悲鳴を上げる。
 黒い霧がヨミを包むが濃度が薄い。
 元からニアを操っているのに加えて、力を俺とヨミに振り分けたのだ。
 明らかに力不足に陥っている!

 ヨミは投げ放たれた速度そのままにメイデスの胸を貫いた。
 黒い霧が消えて俺の体も動くようになる。

「…………ッ!」

 俺はメイデスの首をはねた。
 胴体から離れた首が床を転がっていく。

 ――人殺しはしたくなかった。
 でも今はそんなことは言っていられない。
 ニアとルードを、俺の恩人たちを助けるのが第一。
 秘宝を持つメイデスは確実に殺さなければ、何をしてくるか分からなかったから。

 動揺しながらも襲ってくる兵士たちを叩き伏せる。
 こいつらは気絶に留めたが、ヨミを手にしたヴァリスがきっちりと殺していた。
 結局、俺が殺したのと同じことだろう。

「ニア、しっかりしろ。ルードも」

 床に倒れた二人を助け起こす。
 ルードは気を失っているだけで、大きな怪我はない。
 ニアも名を呼ぶとゆっくりと目を開いた。

「ユウ……? どうしてここに」

「助けに来たんだよ。命と魂の恩人だから」

 俺が言えば、彼女は悲しげに微笑んだ。
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