上 下
80 / 88
最終章 誰かの願い

80:王都動乱1

しおりを挟む

 ぼやけた視界に飛び込んできたのは、エリーゼの心配そうな顔だった。

「ご主人様、良かった……。目を覚ましてくれて」

 気がつけば、俺はベッドに寝かされていた。
 どうやらエリーゼがやってくれたらしい。

「お体はいかがですか? どこか痛いところは?」

「大丈夫だ。……ニアとルードは?」

 部屋の中に彼らの姿はない。
 エリーゼは首を振った。

「わたしが気づいたときは、あの人たちはもういませんでした。ご主人様だけが床に倒れていて」

「そっか」

 俺は体を起こした。
 別にめまいもしないし、痛みもない。
 動揺していたせいで攻撃をまともに食らってしまったが、俺だって超一流の腕前なんだ。
 ただルードもかなりの手練れだな、あれは。

「何があったのですか?」

 エリーゼの問いかけに、俺はちょっとだけ考えてから言った。

「あの二人の触れてほしくない部分まで、無遠慮に踏み込んでしまって。彼らは俺の命の恩人だが、向こうにとって俺はただの行きずりの相手だ。馴れ馴れしくしすぎて怒らせてしまった」

 エリーゼは何も言わない。
 俺の嘘を見抜いているだろうが、心遣いがありがたかった。

「はあ……」

 それにしても予想外の話を聞いてしまった。正直、まだ心の整理がつかない。
 船の事故で死んでしまった、十五歳の少年。俺は彼の名前すら知らない。
 どうやって償えばいいんだろう。

 けれどニアの望みを手伝ってやることはできない。
 だいたい、のぞみの部屋だって本当かどうか分からないのだ。
 そんなあやふやな状態でヨミの剣を強奪するなど、パルティアを敵に回して大変なことになってしまう。

 ニアとルードのことは忘れて、今まで通り過ごす。
 それ以外に取るべき道は見えない。
 俺は結局、無力だった。
 虚しさがこみ上げてくる。

「……今日はもう休もうか」

「はい」

 ニアとルードのために取った部屋が無駄になってしまったな。仕方ない。
 俺とエリーゼは「おやすみ」と言い合って、それぞれの部屋に入った。






 翌朝、朝食を食べようと宿の食堂に行くと、なんだか人々がざわめいていた。

「朝っぱらから衛兵がそこら中に出ている。何かあったのか?」

「私も通りを歩いていただけなのに衛兵に小突かれたわ」

 そんな話が聞こえてくる。
 と、ざわめきを破るようにして衛兵が二人、食堂に入ってきた。

「怪しい者を見ていないか。隠し立てするとためにならんぞ」

 威圧的な口調で言ってくる。
 もちろん俺は何も知らないし、他の客たちだってそうだろう。だいたい『怪しい者』ってどんな奴だよ。

 衛兵たちは厨房まで見て回った。次は宿の部屋を探すようで、階段を登っていく。

「なんだあれ」

 俺は思わず顔をしかめた。エリーゼも同意する。

「なにかあったみたいですね。巻き込まれないうちに、早めに店に帰りましょう」

「そうしよう」

 さっさと朝食を食べ終えて宿の精算をした。
 昨日のうちに買い物は済ませてある。あとは帰るだけだ。

 王都の町並みのあちこちに衛兵がたむろしている。
 どいつも険しい顔で、たまに戸惑っているような奴もいる。
 よほどのことが起きたらしい。

「王城にアレス帝国の使者が来ていましたよね。なにか関係があるのでしょうか」

「そうかもな」

 俺たちはヒソヒソ声で話しながら、足早に街路を歩いていった。

 と。

「いたぞ! こっちだ!」

 通りの向こうで衛兵が声を上げた。
 あちこちから衛兵や騎士が集まってくる。

「少数で戦おうとするな! 必ず大勢で追い込め!」

「相手はあの白騎士だ! 油断するな!」

 ……なんだって!?

 この国で白騎士と呼ばれる人物は一人しかいない。
 王宮騎士団長のヴァリスだ。
 国宝ヨミの剣の使い手である彼が、なんで追われている?

 俺は迷った。
 関わるべきじゃない、それは分かっている。
 だがヴァリスには恩がある。
 それにヨミの剣にも聞きたいことがある。

「ああ、クソ!」

 俺は思わず叫んだ。
 もし昨日、ニアとルードに出会わなければ。俺が森の民の体を乗っ取ったのだと知らなければ。
 きっとヴァリスを見捨てただろう。

 けれど知ってしまった以上、恩人を見捨てる真似はしたくなかった。
 ヴァリスを助けたって罪滅ぼしにはならない。
 でもこれ以上、恩知らずなことはしたくないんだ。

 俺はこの体の本来の持ち主の代わりに体を乗っ取った。
 代償は森の民たちの魂。
 そうして始まった人生は、大変なことが多かったけど。

 親切にしてくれた人がいた。
 困っているときに助けてくれた人もいた。
 エリーゼや他の奴隷たちや、村のみんな。
 みんな俺の力になってくれた。

 俺は命さえ借り物なのに、色んな人に恩がある。借りがある。
 その借りを返そうともせずにヴァリスを見捨てるのは、どうしてもできなかった。

 我ながら無謀だと思う。つながりの村や店のみんなのことを考える。
 だが、やはり駄目だ。
 やはり見捨てられない!

「すまん、エリーゼ。きみは店に帰っていてくれ。もし俺になにかあったら、盗賊ギルドと相談してつながりの村まで行くんだ。店のみんなといっしょに」

 最悪、パルティア王国と敵対することになる。

「なにかあるなんて! わたしだけ帰るなんてできません!」

 エリーゼが必死の表情になっている。

「きみがいても、今はなにもできない。頼む。危険な目にあわせたくないから」

 衛兵と騎士たちはさらに集まってきている。
 行動を起こすなら早くしなければ。

「…………」

 エリーゼは泣きそうな顔になって。

「……分かりました。ご無事のお帰りを待っています」

 そう言って、メイドスカートをひるがえして走っていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

鑑定能力で恩を返す

KBT
ファンタジー
 どこにでもいる普通のサラリーマンの蔵田悟。 彼ははある日、上司の悪態を吐きながら深酒をし、目が覚めると見知らぬ世界にいた。 そこは剣と魔法、人間、獣人、亜人、魔物が跋扈する異世界フォートルードだった。  この世界には稀に異世界から《迷い人》が転移しており、悟もその1人だった。  帰る方法もなく、途方に暮れていた悟だったが、通りすがりの商人ロンメルに命を救われる。  そして稀少な能力である鑑定能力が自身にある事がわかり、ブロディア王国の公都ハメルンの裏通りにあるロンメルの店で働かせてもらう事になった。  そして、ロンメルから店の番頭を任された悟は《サト》と名前を変え、命の恩人であるロンメルへの恩返しのため、商店を大きくしようと鑑定能力を駆使して、海千山千の商人達や荒くれ者の冒険者達を相手に日夜奮闘するのだった。

【完結】おじいちゃんは元勇者

三園 七詩
ファンタジー
元勇者のおじいさんに拾われた子供の話… 親に捨てられ、周りからも見放され生きる事をあきらめた子供の前に国から追放された元勇者のおじいさんが現れる。 エイトを息子のように可愛がり…いつしか子供は強くなり過ぎてしまっていた…

鍵の王~才能を奪うスキルを持って生まれた僕は才能を与える王族の王子だったので、裏から国を支配しようと思います~

真心糸
ファンタジー
【あらすじ】  ジュナリュシア・キーブレスは、キーブレス王国の第十七王子として生を受けた。  キーブレス王国は、スキル至上主義を掲げており、高ランクのスキルを持つ者が権力を持ち、低ランクの者はゴミのように虐げられる国だった。そして、ジュナの一族であるキーブレス王家は、魔法などのスキルを他人に授与することができる特殊能力者の一族で、ジュナも同様の能力が発現することが期待された。  しかし、スキル鑑定式の日、ジュナが鑑定士に言い渡された能力は《スキル無し》。これと同じ日に第五王女ピアーチェスに言い渡された能力は《Eランクのギフトキー》。  つまり、スキル至上主義のキーブレス王国では、死刑宣告にも等しい鑑定結果であった。他の王子たちは、Cランク以上のギフトキーを所持していることもあり、ジュナとピアーチェスはひどい差別を受けることになる。  お互いに近い境遇ということもあり、身を寄せ合うようになる2人。すぐに仲良くなった2人だったが、ある日、別の兄弟から命を狙われる事件が起き、窮地に立たされたジュナは、隠された能力《他人からスキルを奪う能力》が覚醒する。  この事件をきっかけに、ジュナは考えを改めた。この国で自分と姉が生きていくには、クズな王族たちからスキルを奪って裏から国を支配するしかない、と。  これは、スキル至上主義の王国で、自分たちが生き延びるために闇組織を結成し、裏から王国を支配していく物語。 【他サイトでの掲載状況】 本作は、カクヨム様、小説家になろう様、ノベルアップ+様でも掲載しています。

狼の子 ~教えてもらった常識はかなり古い!?~

一片
ファンタジー
バイト帰りに何かに引っ張られた俺は、次の瞬間突然山の中に放り出された。 しかも体をピクリとも動かせない様な瀕死の状態でだ。 流石に諦めかけていたのだけど、そんな俺を白い狼が救ってくれた。 その狼は天狼という神獣で、今俺がいるのは今までいた世界とは異なる世界だという。 右も左も分からないどころか、右も左も向けなかった俺は天狼さんに魔法で癒され、ついでに色々な知識を教えてもらう。 この世界の事、生き延び方、戦う術、そして魔法。 数年後、俺は天狼さんの庇護下から離れ新しい世界へと飛び出した。 元の世界に戻ることは無理かもしれない……でも両親に連絡くらいはしておきたい。 根拠は特にないけど、魔法がある世界なんだし……連絡くらいは出来るよね? そんな些細な目標と、天狼さん以外の神獣様へとお使いを頼まれた俺はこの世界を東奔西走することになる。 色々な仲間に出会い、ダンジョンや遺跡を探索したり、何故か謎の組織の陰謀を防いだり……。 ……これは、現代では失われた強大な魔法を使い、小さな目標とお使いの為に大陸をまたにかける小市民の冒険譚!

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

異世界に召喚されたらなぜか呪われていた上にクラスメートにも殺されかけたので好き勝手生きることにしました

M・K
ファンタジー
 御子柴颯空。十八歳。高校三年生。過去にトラウマあり。  学校に友人と呼べる相手はいない。そういう存在を作ることを恐れていた。だから、誰とも関わろうとはしない。  面倒事からは目をそらし、厄介事には首を突っ込まない。それこそ、自分が傷つかずに生きていくための最善策だと信じていた。  そんな彼のクラスが忽然と姿を消した。剣と魔法の世界にあるアレクサンドリア王国が魔王への対抗手段として異世界召喚を行ったためであった。  突然の事に戸惑いながらも魔族と戦うことを了承する颯空達。王国は喜び、彼らを労った。  異世界の勇者はこの世界の人間とは一線を画するポテンシャルを持ち、強大な力を持つ魔王に唯一対抗しうる存在とされていた。そのため、アレクサンドリアの神官は期待に満ちた眼差しで異世界の勇者である颯空達の力を確かめようとしたのだ。だが、その時事件は起こった。  御子柴颯空だけがなぜか呪われていたのだった。

処理中です...