78 / 88
最終章 誰かの願い
78:彼女の望み
しおりを挟む夕食どきには少し早かったが、さすがは人でにぎわう王都。
半端な時間でも営業している食堂を見つけて、俺たちは入った。
「それじゃ再会を祝って。乾杯」
エールのジョッキをぶつけ合わせて、ごくごくと飲む。
ニアとルードは最初は無言がちだったが、これまでの話を少しずつ聞かせてくれた。
「わたしたちはずっとこの大陸を旅していたの。主にパルティアにいたけれど、南のササナや東のシン国にも行ったわ。もしかしたら今日以前も、どこかの町で気づかずに行き違っていたかもしれないわね」
「魔法都市マナフォースにはしばらく滞在した。あそこは魔法の知識が豊富で、故郷を思い出す」
ルードはちらりとエリーゼを見た。
俺はうなずく。
「彼女は俺が森の民だと知っているよ。偏見はない」
その件はずいぶん前に話してある。
エリーゼとは長い付き合いで、いっしょに旅していた時期だってあるのだ。
隠し通すほうが無理だろ。
「ふん。そうか」
ルードはぐいっとエールを飲んだ。
ニアが言う。
「次はユウの話を聞かせて」
「ああ」
それで俺は今までの出来事を語った。
ニアとルードに助けられてから、港町へ行って冒険者になったこと。
少しずつ依頼をこなして強くなったこと。
クマ吾郎という頼れる相棒を得て、ダンジョン攻略に精を出したこと。
あるときカルマが下がって犯罪者になってしまい、ひどい目にあったこと。
エリーゼたち奴隷を買って助けてもらいながら、店を経営したこと。
パルティア王国の横暴に耐えかねて、北の開拓村を作ったこと……。
かいつまんで話したが、それでもけっこう時間がかかってしまった。
いつの間にか夕食時になっていて店は満席だ。
「色んなことがあったのね」
ニアがしみじみと言った。
「ああ。今振り返ってみて実感したよ」
ジョッキに残っていたエールを飲む。すっかりぬるくなってしまっていた。
テーブルの料理はあらかた食べ終わっている。
「ニア、ルード。二人は今日は王都で宿を取るのか?」
「うん、そのつもりよ」
「じゃあもう少し話さないか。聞きたいことがあるんだ」
俺は一度言葉を切る。言うべきか少しだけ迷ったが、それでも口に出した。
「例えば。――秘宝について」
半ばカマをかけるつもりだった。
彼らが否定するならそれでいいとさえ思った。
けれどもはっきりとニアとルードの表情に緊張が走る。
「話すことは何も無い」
ルードが硬い声で言う。
俺は内心で迷った。
森の民の秘宝エーテルライト。
氷の女王が持っていた永久氷河の勾玉。
それにパルティア国宝のヨミの剣。
三つの秘宝と謎の洞窟――初代パルティア王が作ったという『のぞみの部屋』。
氷の女王が言っていた、魔力で組み立てられたあらゆる望みが叶うという場所だ。
これらの話は、俺自身が永久氷河の勾玉の主となった以上は無関係ではない。
けれど無闇に踏み込む必要はあるだろうか?
ヨミの剣の口ぶりでは、パルティアは今でも秘宝集めを諦めていない。
そういえば、二十年以上前の森の民殲滅戦争にもパルティアは出兵している。
エーテルライトを狙っていたのは間違いない。
だからこそ勾玉の主の俺が踏み込めば、危険を呼び込む可能性がある。
けれど俺は思ったのだ。
六年間この大陸を放浪していたというニアとルード。
その旅路はまるで、『何かを探しているようだった』。
ただの印象だが間違っていないと思う。
俺はのぞみの部屋とやらには興味はない。
望みがあれば自分の力で叶えるつもりだからな。
今までそうしてきたし、この先もそうだ。
だが――ニアとルードはどうだろう。
ルードの反応からして、彼らが秘宝に関わっているのは間違いない。
では何を探しているのだろう。
六年、いいやそれよりももっと前から。
彼らは放浪の旅を続けて何を求めているのだろう。
話を聞いてみたいと思った。
命の恩人であり、残り少ない同胞である彼らから。
そして、彼らの望みに俺が手を貸してやれるならそうしてやりたい。
「ルード」
ニアが言う。どこか諦めたような、疲れたような声で。
「話してみましょう。彼だって森の民なのだから」
ルードは答えない。沈黙は消極的な肯定だった。
俺は中堅クラスの宿を取った。
安宿じゃあ壁が薄くて隣の部屋に声が漏れるかもしれない。
かといって高級宿は旅人の風体の俺たちに不釣り合いだからな。
一番広い一室に集まる。
エリーゼには遠慮してもらった。
「ごめん、エリーゼ。邪魔者扱いするつもりはないんだ。ただ、この話は聞かないほうがきみのためになる」
「分かりました。ご主人様がそうおっしゃるなら、わたしは何も不満はありません」
エリーゼには隣室で待機してもらっている。
一応、周囲に人がいないか確認した。
俺だって腕利きの冒険者だ。気配があれば気づく。
「で、だ」
ニアとルードを眺めやって俺は切り出した。
「二人はエーテルライトを持っているのか?」
単刀直入だが、ここまで来てもったいぶっても仕方がない。
二人は目配せを交わしたのちため息をついた。
「答えられないわ」
ニアが言うが、俺は続けた。
「それ、『持っている』と言ったも同然だぞ」
「好きに取ればいい」
ルードは警戒を隠そうともしない。
俺はちょっと困りながら言った。
「信じてもらえないかもしれないが……俺はきみたちの力になりたいんだ。命の恩人だし同胞でもある」
永久氷河の勾玉のことを言うべきだろうか。
だがこの勾玉はのぞみの部屋に直結する秘宝。
迷っているとニアが答えてくれた。
「わたしたちには望みがあるの。それは、あなたではとても叶えられないわ」
「どんな望みか教えてくれるか?」
「……それは」
ニアはひどく寂しそうに笑った。
少女の容貌に不釣り合いなほどの、疲労と諦念に満ちた笑みだった。
「森の民のみんなの復活と安寧の地を得ること。永遠に皆が穏やかに暮らせる、理想郷が欲しいの」
32
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
異世界なんて救ってやらねぇ
千三屋きつね
ファンタジー
勇者として招喚されたおっさんが、折角強くなれたんだから思うまま自由に生きる第二の人生譚(第一部)
想定とは違う形だが、野望を実現しつつある元勇者イタミ・ヒデオ。
結構強くなったし、油断したつもりも無いのだが、ある日……。
色んな意味で変わって行く、元おっさんの異世界人生(第二部)
期せずして、世界を救った元勇者イタミ・ヒデオ。
平和な生活に戻ったものの、魔導士としての知的好奇心に終わりは無く、新たなる未踏の世界、高圧の海の底へと潜る事に。
果たして、そこには意外な存在が待ち受けていて……。
その後、運命の刻を迎えて本当に変わってしまう元おっさんの、ついに終わる異世界人生(第三部)
【小説家になろうへ投稿したものを、アルファポリスとカクヨムに転載。】
【第五巻第三章より、アルファポリスに投稿したものを、小説家になろうとカクヨムに転載。】
元剣聖のスケルトンが追放された最弱美少女テイマーのテイムモンスターになって成り上がる
ゆる弥
ファンタジー
転生した体はなんと骨だった。
モンスターに転生してしまった俺は、たまたま助けたテイマーにテイムされる。
実は前世が剣聖の俺。
剣を持てば最強だ。
最弱テイマーにテイムされた最強のスケルトンとの成り上がり物語。
異世界あるある 転生物語 たった一つのスキルで無双する!え?【土魔法】じゃなくって【土】スキル?
よっしぃ
ファンタジー
農民が土魔法を使って何が悪い?異世界あるある?前世の謎知識で無双する!
土砂 剛史(どしゃ つよし)24歳、独身。自宅のパソコンでネットをしていた所、突然轟音がしたと思うと窓が破壊され何かがぶつかってきた。
自宅付近で高所作業車が電線付近を作業中、トラックが高所作業車に突っ込み運悪く剛史の部屋に高所作業車のアームの先端がぶつかり、そのまま窓から剛史に一直線。
『あ、やべ!』
そして・・・・
【あれ?ここは何処だ?】
気が付けば真っ白な世界。
気を失ったのか?だがなんか聞こえた気がしたんだが何だったんだ?
・・・・
・・・
・・
・
【ふう・・・・何とか間に合ったか。たった一つのスキルか・・・・しかもあ奴の元の名からすれば土関連になりそうじゃが。済まぬが異世界あるあるのチートはない。】
こうして剛史は新た生を異世界で受けた。
そして何も思い出す事なく10歳に。
そしてこの世界は10歳でスキルを確認する。
スキルによって一生が決まるからだ。
最低1、最高でも10。平均すると概ね5。
そんな中剛史はたった1しかスキルがなかった。
しかも土木魔法と揶揄される【土魔法】のみ、と思い込んでいたが【土魔法】ですらない【土】スキルと言う謎スキルだった。
そんな中頑張って開拓を手伝っていたらどうやら領主の意に添わなかったようで
ゴウツク領主によって領地を追放されてしまう。
追放先でも土魔法は土木魔法とバカにされる。
だがここで剛史は前世の記憶を徐々に取り戻す。
『土魔法を土木魔法ってバカにすんなよ?異世界あるあるな前世の謎知識で無双する!』
不屈の精神で土魔法を極めていく剛史。
そしてそんな剛史に同じような境遇の人々が集い、やがて大きなうねりとなってこの世界を席巻していく。
その中には同じく一つスキルしか得られず、公爵家や侯爵家を追放された令嬢も。
前世の記憶を活用しつつ、やがて土木魔法と揶揄されていた土魔法を世界一のスキルに押し上げていく。
但し剛史のスキルは【土魔法】ですらない【土】スキル。
転生時にチートはなかったと思われたが、努力の末にチートと言われるほどスキルを活用していく事になる。
これは所持スキルの少なさから世間から見放された人々が集い、ギルド『ワンチャンス』を結成、努力の末に世界一と言われる事となる物語・・・・だよな?
何故か追放された公爵令嬢や他の貴族の令嬢が集まってくるんだが?
俺は農家の4男だぞ?
異世界転移しましたが、面倒事に巻き込まれそうな予感しかしないので早めに逃げ出す事にします。
sou
ファンタジー
蕪木高等学校3年1組の生徒40名は突如眩い光に包まれた。
目が覚めた彼らは異世界転移し見知らぬ国、リスランダ王国へと転移していたのだ。
「勇者たちよ…この国を救ってくれ…えっ!一人いなくなった?どこに?」
これは、面倒事を予感した主人公がいち早く逃げ出し、平穏な暮らしを目指す物語。
なろう、カクヨムにも同作を投稿しています。
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~
冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。
俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。
そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・
「俺、死んでるじゃん・・・」
目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。
新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。
元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。
『収納』は異世界最強です 正直すまんかったと思ってる
農民ヤズ―
ファンタジー
「ようこそおいでくださいました。勇者さま」
そんな言葉から始まった異世界召喚。
呼び出された他の勇者は複数の<スキル>を持っているはずなのに俺は収納スキル一つだけ!?
そんなふざけた事になったうえ俺たちを呼び出した国はなんだか色々とヤバそう!
このままじゃ俺は殺されてしまう。そうなる前にこの国から逃げ出さないといけない。
勇者なら全員が使える収納スキルのみしか使うことのできない勇者の出来損ないと呼ばれた男が収納スキルで無双して世界を旅する物語(予定
私のメンタルは金魚掬いのポイと同じ脆さなので感想を送っていただける際は語調が強くないと嬉しく思います。
ただそれでも初心者故、度々間違えることがあるとは思いますので感想にて教えていただけるとありがたいです。
他にも今後の進展や投稿済みの箇所でこうしたほうがいいと思われた方がいらっしゃったら感想にて待ってます。
なお、書籍化に伴い内容の齟齬がありますがご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる