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第五章 新天地
76:甘味
しおりを挟む収穫祭が終わった秋の後半、俺は畑で腕を組んでいた。
小麦の収穫が終われば未収穫の作物は残り少ない。
その少ない作物の中に、例の赤カブが含まれている。
今年初めて育てた作物である。
で、赤カブも十分に育ったので引っこ抜いてみたのだが。
赤い色のカブにまじって明らかに白いカブがあった。
その数、およそ十本に一、二本の割合。
「なんだろうな、これ。突然変異?」
赤カブはカブらしく丸っこい形。
白いほうはもう少し大根に近く、ごつごつとしながらも丸い形だった。
「近縁種の種がまじっていたのではないか」
と、イザクが言った。
「そうかも? まあ、原因は分からんよな。問題はこの白いほうが何なのか」
実は疑いがある。
これ、甜菜じゃないか?
甜菜。別名をビーツ、砂糖大根。
砂糖の原料になる作物だ。
もしこれから砂糖が作れるとなれば、非常に大きな利益を産むだろう。
何しろパルティアで流通している甘味はハチミツかサトウキビの黒砂糖。
どちらも生産量は限られる。
特にサトウキビは温暖な気候でなければ育たないので、パルティアの中でも南のごく一部の地域、それに南国のササナでだけ栽培されている。
前世日本の記憶はほとんどが曖昧で、甜菜の形だってふんわりとしか覚えていない。
ましてや甜菜から砂糖を作る方法など知らない。
だが巨大な利益を目の前にしてみすみす逃すわけにはいかん。
けれども今年、こいつは花を咲かせなかった。つまり種が取れていない。
種が取れないと来年の栽培ができない。
「なんで花が咲かなかったんだろう?」
俺の疑問にイザクが答える。
「二年草なのだろう。一年目は花をつけず、二年目になると咲く」
「ということは、このまま収穫せずに育て続ければいいのか」
何個かは砂糖抽出を試すために収穫するとして、残りはそのまま土に埋めておくことにした。
さて、次は砂糖を作る方法を探そう。
いくつかの甜菜(?)を台所に持ってきて、俺は考えた。
何となくだが煮込めばいいのではないか。
うろ覚えの記憶では、テレビかなんかの動画で小さく切った甜菜を煮込んで、布で漉したりなんなりしていた気がする。
……あやふやだけど。
そこで村人の協力を得ながら、甜菜を細かくカットした。
よく分からなかったので、とりあえず一センチ角のサイコロ状にしてみる。
一度に全部切って失敗したら嫌だったので、とりあえず一個分だけやってみよう。
ついでなのでサイコロの一つをかじってみた。
「お? かなり甘い!」
噛むと甘い汁が口の中に広がった。これはやはり甜菜……!
「と思ったら、えっぐ! めちゃくちゃえぐい!」
しかも繊維質がすごくて噛み切れない。
見ていた村人たちも食べてみたいというので、サイコロをさらに薄く切って渡した。
「うわ、アクが強すぎますね」
「甘いと思ったのは最初だけだな」
そんな感想が飛び交っている。
なんか不安になってきたが、大きな鍋に水を張って甜菜を煮込んだ。
しばらく煮込むと灰汁が浮いてくる。
灰汁をすくいながら、煮汁をスプーンですくって飲んでみた。
「……大根の味がする」
特に甘くない。煮込み時間が足りないのかもしれない。
そう思って一時間ほど煮込んだが、色はあまり変わらなかった。
「味はまあ、ちょっと甘くなったかな?」
イザクが手を伸ばして、煮込んだ甜菜を口に入れた。
「……こちらもまだ甘い。絞ってみてはどうか」
「オッケー」
サイコロ状の甜菜をザルに上げて、手で絞った。
ただ、形が正方形なので絞りにくい。短冊状に切れば良かったな。次回の課題だ。
多少は甘い液体が出来上がった。
これを煮詰めれば砂糖になるのか?
とにかく煮詰めてみる。一時間、二時間……。
灰汁がぽこぽこ出ながら水が減っていき、だんだん色が茶色っぽくなってきた。
イザクや村人たちと交代で、ひたすらかき混ぜながら煮詰めていく。
火にかけてから三時間。
茶色かった液がやや白っぽくなった。
水分はほとんどなくなって粘り気が出ている。
そろそろ終わりかな?
鍋を火から下ろして、白っぽくなった中身をトレイに出した。
しばらく様子を見ていたら、だんだん固まってきた。
「できた!?」
トレイの上で固まったものは黒砂糖のような色をしている。
ひとかけら口に入れてみれば、しっかりと甘い!
風味も黒砂糖に似ている。
前世の精製された砂糖には及ばないが、これだけ甘ければ十分だ。
それに今後、工夫次第で甘さや白さをアップできるかもしれない。
「みんな、食べてみてくれ」
イザクや他の村人たちに渡して食べさせると、みんな目を丸くしていた。
彼らは甘いものを食べる機会がほとんどないからな。
「これはすごい」
「高価な砂糖がこんな方法で作れるなんて。大発見ですよ」
口々に言っている。
「けど、甜菜一個でこんなちょっぴりの砂糖だろう。効率はどうなんだろう」
俺が言うとイザクが首を振った。
「十分すぎるほどだ。俺は故郷でサトウキビの栽培をやったことがあるが、手間はもっとかかった。育てる手間も砂糖にする手間も、この甜菜のほうがずっと少ない」
「そうなのか……」
黒砂糖が高価な理由が分かったな。
その後、やる気を出した俺たちは色々と試してみた。
切る形を短冊状にして絞りやすくしたり、液を何度か布で漉してみたり。
丁寧に漉して不純物を取り除けば、やはりそれだけ純度の高い砂糖になる。
だがなかなか黒砂糖との差別化はできなかった。
砂糖の精製方法までは覚えていないんだ……。
ついでに赤カブのほうも同じように煮込んでみたが、こちらは砂糖にならなかった。
他の作物より甘味が強い程度である。
料理用としては普通においしいので、これはこれで育てることにした。
思わぬところで砂糖を入手できた。
砂糖は輸出用として強力な商品になるだろう。
来年、甜菜の種をたくさん取って品種改良をしながら。より甘い甜菜を育てていこう!
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