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第五章 新天地
74:小さな女王
しおりを挟む氷河の塔を出て下山した俺たちは、山のふもとに祠を作ることにした。
今は雪で何もかもが埋もれてしまっている。
山の崖になった部分を少し掘って、手頃な石を集めてきて祠にした。
「よっしゃー!」
祠に小石を安置すると、小さい少女の姿の氷の女王が飛び出てきた。
同行していた雪の民たちがのけぞって驚いている。
「なんで子供の姿なんだ?」
俺が聞くと、彼女は胸を張った。
「そりゃあ本体から離れた場所だもの。小さくなって節約しないと」
何を節約するのか知らないが、本人(本神?)が言うのならそうなのだろう。
彼女はそれからも飛び跳ねたり、雪玉を作って投げたりしている。
「そういや去年、途中で子供の姿になったけど。あれは何だったんだ?」
俺が聞くと、氷の女王は口をとがらせた。
「ユウがさんざん炎で攻撃したからでしょ。あれだけダメージを負ったら体が小さくなって当たり前だもん」
「あったかくなったら溶ける雪だるまみたいだな」
氷の女王は雪玉を投げつけてきた。
「神様に向かって失礼すぎ! 罰として、来年のクッキーは今年の二倍持ってきなさい!」
「はいはい」
来年はもっと甘味の強いハチミツ入りのを持ってきて、驚かせてやろう。
「あと、お花も欲しい。今日のとは違う種類のやつ。お花って色んな種類があるんでしょ?」
「数え切れないほどあるとも。毎年違うのを持ってきてやるよ」
「うん!」
氷の女王は雪の上でくるりと回った。
「よーし、それじゃあ今日は帰るね。また来年会おうね!」
「ああ、またな!」
氷の少女は小さなつむじ風を起こすと、宙に消えていった。
後には笑顔の俺とクマ吾郎、まだ腰を抜かしている雪の民たちが残った。
氷河の塔からつながりの村へ戻る頃には、冬も後半になっている。
新しく買った機織り機と糸紡ぎ機は大活躍していて、村ではいろんな手作り品が生まれていた。
「ユウ様。これを見てください」
若い女性が見せてくれたのは、手編みのブランケットだ。
レース編みの応用で花のようなモチーフが連続して編み込まれており、見た目にもとてもかわいらしい。
薄ピンク色の本体に赤の縁取りがしてある。
ところどころに黄色の毛糸も編み込んであって、彩り鮮やかだ。
「すごいじゃないか」
俺が言うと女性は嬉しそうに笑った。
他にもたくさんの品々がある。
中には贅沢に七色の毛糸を使った虹色セーターなんてのもあるな。
毛織物の布も色んな色に染められて、服に仕立てられている。
村人たちの中に裁縫スキル持ちがいたので、彼女が中心になって指導している。
「冬の間は雪に埋もれて、どうしても気が塞ぎますから。きれいな色に囲まれていると、それだけで気持ちが明るくなります」
女性たちはそう言って笑っていた。
色とりどりの毛糸製品を見て、俺は思いついた。
「みんな、細い毛糸で花の形を編むことはできるかい? この土地の神様が花好きでね。お供え物にいろんな花が欲しいんだ」
「もちろんできますよ! どんなお花にしましょうね」
よし。これで氷の女王へのお土産が確保できる。
パルティアで買ってきてもいいが、やはり彼女の土地で作られたものをプレゼントしたかったんだ。
女性たちは早速、花のデザインと編み方についておしゃべりを始めていた。
つながりの村にとって三度目の春がやって来た。
誕生日が早春の俺は、今年で二十一歳になった。
十五歳の年に難破船で目覚めて早六年。
ずいぶん遠くまで来たものだ。
今年は村人たちが自由民になったので、個人所有の畑を振り分けている。
とはいえ農業は人手がかかるもの。
全てが村共同の畑だった去年と同じく、力を合わせて働いた。
今年から初めて栽培する作物もいくつかある。
去年末に王都パルティアで買ってきた種だ。
キャベツ、赤カブ、白菜など。
イザクの指導のもと、春蒔きの種が植えられていった。
春は農業の始まりと同時に、家畜の出産期でもある。
去年種付けした羊や豚たちが順次子供を産んだ。
こうして数を増やしていって、肉や羊毛の収穫量を増やしたいものだ。
それはそれとして、家畜であっても赤ちゃんはかわいい。
将来的に肉にするとか今は考えたくないな。
家畜係の村人も目を細めていた。
そうそう、家畜だけじゃなく人間の赤ちゃんも生まれている。
奴隷身分から解放されたおかげで、結婚の自由ができたからな。
医者などいない辺境の村だが、レナ特製の体力回復ポーションがある。
怪我や出血に関しては前世より死ににくいかもしれない。
だからお産はだいたい問題なかった。
食べ物がちゃんとあるので、産後の肥立ちも悪くない。
村で生まれた赤ちゃんたちは、農作業をする親の背に背負われて元気に泣いている。
日本の感覚からするとえらく雑な子育てだが、この世界の文明度ならこんなものなんだろうな。
そんなこんなで三年目も順調と思っていたのだが。
夏にちょっと不思議なことが起こった。
夏になれば一部の野菜が収穫時を迎える。
秋の収穫物もずいぶん育って、畑は青々とした作物でいっぱいになっていた。
その中で例の赤カブの様子を見ていたら、どうも様子が違うのがまじっているのである。
赤カブというくらいだから根っこが赤い野菜だ。
成長途中でも既に根は色づいて、葉の根元が赤っぽくなっているのが見える。
ところがときどき、色がごく薄くてほぼ白い根っこのものがあるのだ。
「イザク、どうしてこんなに色が違うのか分かるか?」
俺は聞いたが、イザクは首をひねった。
「分からん……。形こそ似ているが、色がここまで違うともはや別種だろう。種がまぎれこんだのかもな」
「まあ、秋まで育てて様子を見てみよう」
と、そんな一幕はあったが、今年の作物もおおむね順調に育っていった。
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