上 下
68 / 88
第五章 新天地

68:氷河の塔1

しおりを挟む

 扉の向こうは冷気が渦巻いていた。
 それも今までよりも一段低い気温。
 バドじいさん謹製の護符がなければ、眼球まで凍ってしまいそうだった。

 白と青とが混じり合って凍える冷気になっている。
 吹雪のように吹き渡る風がふと、人の形を取った。

 青白い肌。
 銀の髪。
 白目と区別がつかないほどの薄い色の青い目。

 扉に描かれていた女性が長い髪をなびかせて、吹雪の虚空に立っている。
 氷の彫像と見まごうほど、色素というものが抜け落ちた姿。

 彼女は腕を伸ばした。雪を固めたような白い腕を。
 すると吹雪が刃のような鋭さで俺たちに向かって吹き付ける。
 ここまでの威力では、さすがに護符だけでは防ぎきれない。
 凍傷になってしまう!

「喰らえ!」

 俺は荷物袋からポーションの瓶を取り出して投げつけた。
 レナ特製のポーションは吹雪の刃を受けて、瓶が割れる。
 けれども液体は凍りつかず、宙にぶちまけられると同時に発火した。

「よし、さすがはレナの火炎瓶だ!」

 炎は壁のように広がって俺とクマ吾郎を守ってくれた。

 氷の女は炎に戸惑っている。
 こんな寒い部屋の中で熱い炎なんてありえないものな。

 この隙を見逃す手はない。
 俺はクマ吾郎に目配せしてさらにポーションを取り出した。
 火炎瓶を部屋の数カ所に向けて投擲、炎の柱で氷の女を囲む。
 吹雪の風に熱がまじる。

 そして俺は炎を切り裂くように、女めがけて剣を振り下ろした。
 剣を握る手にはバドじいさんの護符。
 一時的に炎の属性を剣に付与している。

 氷の女は凍えた盾を作り出し、俺の攻撃を受け止めた。
 その側面に回り込んでクマ吾郎が爪を振るう。
 長い髪が引きちぎられ、渦巻く冷気になって散った。

「ガウ!?」

 追撃しようとしたクマ吾郎が声を上げた。
 見れば彼女の爪が凍りついている。
 俺の剣もいつの間にか、氷の盾に絡め取られるように凍り始めていた。

「クソ、炎の付与をしてこれかよ!」

 完全に凍ってしまう前に剣を引く。
 クマ吾郎も氷を振り払った。
 火炎瓶の炎は範囲を狭めてしまっている。

 もう一度火炎瓶を投擲するが、氷の女はもう動じない。
 立ち上る火柱を冷気で消してしまう。

 ――こうなったら。

「クマ吾郎。サポートを頼む」

「ガウ!」

 俺の言葉にクマ吾郎が吠えた。
 もう一度炎の属性を強く付与して、氷の女に斬りかかる。
 クマ吾郎が全身の毛を逆立てて体当たりをする。毛皮があっという間に凍りつく。

 そして、俺は。

「ファイアアロー!」

 初歩の炎の魔法を使った。
 炎が矢の形となって氷の女に放たれる。
 けれどしょせんは初級魔法、すぐに冷気にかき消されてしまう。

「ファイアアロー!」

 俺は再度同じ魔法を使った。
 炎の矢が放たれる――氷の女ではなく、俺の剣に向かって。

「……ッ!」

 剣に炎が打ち込まれ、刀身が赤く輝いた。
 ただでさえ護符で属性を付与している。
 剣の限界まで熱を込めて、俺は今度こそ氷の女を切り裂いた。

 氷の女の姿が揺らいだ。
 宙に浮かぶ輪郭がぶれて、みるみるうちに縮んでいく。

「トドメだ!」

 もう一度剣にファイアアローを打ち込んで、俺は叫んだ。
 振りかぶった剣を振り下ろし――

「ま、待って! 降参! 降参なの!」

 甲高い声に動きを止めた。






「あーあ、びっくりした! お兄さんと熊ちゃん、すんごい強いー!」

 そう言って立ち上がったのは、小さな少女だった。
 せいぜい十歳とかそんなものだろう。
 その姿は氷の女を小さくしたもの。
 唯一以前と違うのは、髪が肩くらいの長さで切りそろえられているくらいか。

「まさか、あたしが負けるなんて。この氷の女王アイスクイーン様が」

 やれやれ、と手を広げている。

「それで? お兄さんは何が望み? この北の土地でなら、あたしはけっこう強い力を使えるよ」

「望み? まるで神様みたいなことを言うんだな」

 俺が皮肉っぽく言うと、彼女はほおをふくらませた。

「神様だよ! 北の土地限定だけど。この山脈と雪原の守護神だもん」

「だもん、とか言われても説得力ないぞ」

「なにおう!」

 氷の女王はぷんすか怒っている。
 まあこれ以上からかっても仕方ないので、本題に入るとしよう。

「秘宝があると聞いたんだが、どういうものなんだ?」

「秘宝? 永久氷河の勾玉のこと? それならこれだけど」

 差し出した手のひらの上に、青白い勾玉が浮かんだ。

「これは永遠に溶けない氷でできているの。ちょー強力な氷魔法が使えるようになって、北の土地であればあたしの力の一部を使えるよ」

「ちょー……」

 だめだ、この子のノリについていけない。
 俺は諦めて真面目に聞いた。

「お前さんの力の一部とは?」

「んー、天候の操作とか、気温の上下とか。あとはこの土地に住む魔物たちを従えられる」

 それは大したものだ。
 天候や気温に干渉できるとは、神を名乗るだけある。

 俺は改めて青い勾玉を見た。
 子供の手のひらサイズの大きさで、丸い頭に尻尾のついた形。

 ……やはりパルティアの謎の洞窟で見たくぼみと同じだ。

「お兄さんは勝者だから、これが欲しければあげるよ」

「うん……」

 天候や気温を操れるとなれば、開拓村の発展にどれだけ寄与するか分からない。
 力が大きすぎて俺に使いこなせるか不安になるほどだ。
 それにこの秘宝はパルティアが狙っている。
 もしも俺が手にしたと知られれば、強奪される可能性がある。

 どうするべきか……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?

ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。 それは——男子は女子より立場が弱い 学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。 拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。 「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」 協力者の鹿波だけは知っている。 大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。 勝利200%ラブコメ!? 既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

異世界に転生!堪能させて頂きます

葵沙良
ファンタジー
遠宮 鈴霞(とおみやりんか)28歳。 大手企業の庶務課に勤める普通のOL。 今日は何時もの残業が無く、定時で帰宅途中の交差点そばのバス停で事件は起きた━━━━。 ハンドルを切り損なった車が、高校生3人と鈴霞のいるバス停に突っ込んできたのだ! 死んだと思ったのに、目を覚ました場所は白い空間。 女神様から、地球の輪廻に戻るか異世界アークスライドへ転生するか聞かれたのだった。 「せっかくの異世界、チャンスが有るなら行きますとも!堪能させて頂きます♪」 笑いあり涙あり?シリアスあり。トラブルに巻き込まれたり⁉ 鈴霞にとって楽しい異世界ライフになるのか⁉ 趣味の域で書いておりますので、雑な部分があるかも知れませんが、楽しく読んで頂けたら嬉しいです。戦闘シーンも出来るだけ頑張って書いていきたいと思います。 こちらは《改訂版》です。現在、加筆・修正を大幅に行っています。なので、不定期投稿です。 何の予告もなく修正等行う場合が有りますので、ご容赦下さいm(__)m

凡人がおまけ召喚されてしまった件

根鳥 泰造
ファンタジー
 勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。  仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。  それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。  異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。  最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。  だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。  祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。

分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活

SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。 クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。 これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。

NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~

ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。 城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。 速人は気づく。 この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ! この世界の攻略法を俺は知っている! そして自分のステータスを見て気づく。 そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ! こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。 一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。 そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。 順調に強くなっていく中速人は気づく。 俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。 更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。 強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』 カクヨムとアルファポリス同時掲載。

異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。

お小遣い月3万
ファンタジー
 異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。  夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。  妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。  勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。  ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。  夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。  夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。  その子を大切に育てる。  女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。  2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。  だけど子どもはどんどんと強くなって行く。    大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。

処理中です...