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第五章 新天地
68:氷河の塔1
しおりを挟む扉の向こうは冷気が渦巻いていた。
それも今までよりも一段低い気温。
バドじいさん謹製の護符がなければ、眼球まで凍ってしまいそうだった。
白と青とが混じり合って凍える冷気になっている。
吹雪のように吹き渡る風がふと、人の形を取った。
青白い肌。
銀の髪。
白目と区別がつかないほどの薄い色の青い目。
扉に描かれていた女性が長い髪をなびかせて、吹雪の虚空に立っている。
氷の彫像と見まごうほど、色素というものが抜け落ちた姿。
彼女は腕を伸ばした。雪を固めたような白い腕を。
すると吹雪が刃のような鋭さで俺たちに向かって吹き付ける。
ここまでの威力では、さすがに護符だけでは防ぎきれない。
凍傷になってしまう!
「喰らえ!」
俺は荷物袋からポーションの瓶を取り出して投げつけた。
レナ特製のポーションは吹雪の刃を受けて、瓶が割れる。
けれども液体は凍りつかず、宙にぶちまけられると同時に発火した。
「よし、さすがはレナの火炎瓶だ!」
炎は壁のように広がって俺とクマ吾郎を守ってくれた。
氷の女は炎に戸惑っている。
こんな寒い部屋の中で熱い炎なんてありえないものな。
この隙を見逃す手はない。
俺はクマ吾郎に目配せしてさらにポーションを取り出した。
火炎瓶を部屋の数カ所に向けて投擲、炎の柱で氷の女を囲む。
吹雪の風に熱がまじる。
そして俺は炎を切り裂くように、女めがけて剣を振り下ろした。
剣を握る手にはバドじいさんの護符。
一時的に炎の属性を剣に付与している。
氷の女は凍えた盾を作り出し、俺の攻撃を受け止めた。
その側面に回り込んでクマ吾郎が爪を振るう。
長い髪が引きちぎられ、渦巻く冷気になって散った。
「ガウ!?」
追撃しようとしたクマ吾郎が声を上げた。
見れば彼女の爪が凍りついている。
俺の剣もいつの間にか、氷の盾に絡め取られるように凍り始めていた。
「クソ、炎の付与をしてこれかよ!」
完全に凍ってしまう前に剣を引く。
クマ吾郎も氷を振り払った。
火炎瓶の炎は範囲を狭めてしまっている。
もう一度火炎瓶を投擲するが、氷の女はもう動じない。
立ち上る火柱を冷気で消してしまう。
――こうなったら。
「クマ吾郎。サポートを頼む」
「ガウ!」
俺の言葉にクマ吾郎が吠えた。
もう一度炎の属性を強く付与して、氷の女に斬りかかる。
クマ吾郎が全身の毛を逆立てて体当たりをする。毛皮があっという間に凍りつく。
そして、俺は。
「ファイアアロー!」
初歩の炎の魔法を使った。
炎が矢の形となって氷の女に放たれる。
けれどしょせんは初級魔法、すぐに冷気にかき消されてしまう。
「ファイアアロー!」
俺は再度同じ魔法を使った。
炎の矢が放たれる――氷の女ではなく、俺の剣に向かって。
「……ッ!」
剣に炎が打ち込まれ、刀身が赤く輝いた。
ただでさえ護符で属性を付与している。
剣の限界まで熱を込めて、俺は今度こそ氷の女を切り裂いた。
氷の女の姿が揺らいだ。
宙に浮かぶ輪郭がぶれて、みるみるうちに縮んでいく。
「トドメだ!」
もう一度剣にファイアアローを打ち込んで、俺は叫んだ。
振りかぶった剣を振り下ろし――
「ま、待って! 降参! 降参なの!」
甲高い声に動きを止めた。
「あーあ、びっくりした! お兄さんと熊ちゃん、すんごい強いー!」
そう言って立ち上がったのは、小さな少女だった。
せいぜい十歳とかそんなものだろう。
その姿は氷の女を小さくしたもの。
唯一以前と違うのは、髪が肩くらいの長さで切りそろえられているくらいか。
「まさか、あたしが負けるなんて。この氷の女王様が」
やれやれ、と手を広げている。
「それで? お兄さんは何が望み? この北の土地でなら、あたしはけっこう強い力を使えるよ」
「望み? まるで神様みたいなことを言うんだな」
俺が皮肉っぽく言うと、彼女はほおをふくらませた。
「神様だよ! 北の土地限定だけど。この山脈と雪原の守護神だもん」
「だもん、とか言われても説得力ないぞ」
「なにおう!」
氷の女王はぷんすか怒っている。
まあこれ以上からかっても仕方ないので、本題に入るとしよう。
「秘宝があると聞いたんだが、どういうものなんだ?」
「秘宝? 永久氷河の勾玉のこと? それならこれだけど」
差し出した手のひらの上に、青白い勾玉が浮かんだ。
「これは永遠に溶けない氷でできているの。ちょー強力な氷魔法が使えるようになって、北の土地であればあたしの力の一部を使えるよ」
「ちょー……」
だめだ、この子のノリについていけない。
俺は諦めて真面目に聞いた。
「お前さんの力の一部とは?」
「んー、天候の操作とか、気温の上下とか。あとはこの土地に住む魔物たちを従えられる」
それは大したものだ。
天候や気温に干渉できるとは、神を名乗るだけある。
俺は改めて青い勾玉を見た。
子供の手のひらサイズの大きさで、丸い頭に尻尾のついた形。
……やはりパルティアの謎の洞窟で見たくぼみと同じだ。
「お兄さんは勝者だから、これが欲しければあげるよ」
「うん……」
天候や気温を操れるとなれば、開拓村の発展にどれだけ寄与するか分からない。
力が大きすぎて俺に使いこなせるか不安になるほどだ。
それにこの秘宝はパルティアが狙っている。
もしも俺が手にしたと知られれば、強奪される可能性がある。
どうするべきか……。
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