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第五章 新天地

64:夏の収穫

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 夏になってトマトが赤く色づき、きゅうりやズッキーニもずいぶん大きくなった。

「そろそろ食べごろだ」

 イザクが言ったので、奴隷たちは歓声を上げる。
 村人総出で作物をもぎ、サラダにする。それからカットして天板に並べてオーブンで焼くことにした。

「野菜だけじゃ寂しいよな」

 手元で飼っているヤギの乳に酢を加えてカッテージチーズにする。
 パルティアから運んできたベーコンも加えた。
 ベーコンはいずれ手持ちの豚を潰して作りたいな。

 野菜を焼いている間、マヨネーズを作ってみた。
 新鮮な卵の卵黄を取り出して塩をひとつまみ、酢を少々加えて混ぜる。
 さらにオリーブオイルを半量ずつ加えてよくかき混ぜる。
 するとあのマヨネーズの出来上がりだ。

「わあ、おいしい! このマヨネーズ? ってやつをかけるだけで、野菜がこんなにおいしくなるなんて」

「生野菜は塩がせいぜいでしたから」

 村人たちは嬉しそうだ。
 焼き上がった野菜はさらに好評だった。チーズやベーコンが箸休めとなって、大人も子供も野菜をたくさん食べている。

「やはり、自分で作った作物はいいものだ」

 イザクがしみじみと言っている。

「はい。自分で土を耕して、種まきして、育てて。それがこんなにおいしくなるなんて」

 村人の一人がちょっと感激した口調で言った。

「畑の実りはまだまだこれから。雪の民を呼んで、彼らにも食べてもらおう」

「いいですね!」

 昔、奴隷たちはいつもお腹をすかせていた。
 餓えていれば誰かと食べ物を分かち合う余裕などない。
 こうして満たされているからこそ、他人のことも考えられる。
 衣食足りて礼節を知るというが、俺たち凡人にとっては全くそのとおりだ。

 それからしばらく後、俺たちは雪の民を呼んで大いに友好を深めたのだった。






 初夏から夏真っ盛りになると、作物はますます増えた。
 食べきれないほどの野菜類は、日持ちのする料理にしてなるべく消費する。
 パルティア王国に輸出したいくらいだが、あちらはあちらで作物の季節だろう。
 今はまだ余るほどではないにしろ、いずれ畑を広げれば余剰分が出る。
 それらの有効利用を考えないといけなかった。

 さらにもう一つ問題が出た。
 南や北の森からやって来る鹿やアライグマが、畑を荒らしてしまうのだ。
 夜の暗闇にまぎれてこっそりとやってきて、朝になったらかじられた野菜だらけ。
 冊を立てたが、飛び越えたり隙間から入ってきたりしてあまり効果がない。

「助っ人を呼ぶか……」

 今日も今日とてかじられたズッキーニを片手に、俺はうなった。
 ちょうど村に着ていた輸送隊護衛のルクレツィアに話しかける。

「なあ、ルクレツィア。お前は前に、見どころがありそうなやつに戦闘訓練をつけてやってると言ってただろ。あれ、どうなった?」

「ま、そこそこだよ。見どころあるのは三人くらいだったな。一通り訓練した後は、レナのポーション持たせてダンジョンに放り込んでる。素材程度は拾ってくるから、助かってるぜ」

「そっか。じゃあそいつらと家の警護をクマ吾郎と交代しても問題なさそうか?」

「いいんじゃね?」

 ルクレツィアはうなずいた。

「家と店はあっちじゃだいぶ有名になってるだろ。ひいきにしている冒険者も多い。そいつらが抑止力になってるし、そこそこの戦力で十分警護はできるだろ」

「よし、それじゃあ……俺が一度家に戻って、クマ吾郎を連れてくるよ」

 去年の秋以来、家に戻っていない。
 輸送隊は毎回手紙を持ってきてくれるけど、俺もみんなに会いたいからな。

 帰還の巻物を使えば家までは一瞬だ。
 でも輸送隊の馬車は一つしかない。
 だから輸送隊が戻った頃を見計らって帰還の巻物を使うことにした。






 約一年ぶりに我が家の前に立つと、懐かしさがこみ上げてくる。
 街道に面した店は相変わらず活況で、何人もの冒険者が出入りしている。
 接客をしていたエリーゼが俺に気づいて、駆け寄ってきた。

「ご主人様、おかえりなさいませ!」

 メイド姿のエリーゼは、久しぶりに見てもやっぱりかわいい。
 にっこり微笑んだ彼女に笑いかけて、家に入った。

「おかえりなさい!」

「おかえり!」

 みんなが歓迎してくれる。
 北の村だって俺のホームだが、やはりここは原点。
 心がほっとするのを感じた。

「ルクレツィアさんから話は聞いています。クマ吾郎を北に連れて行くと」

 エリーゼが言うので俺はうなずいた。

「うん。あっちは作物が順調に育っているんだが、野生動物の食害がひどくてな。クマ吾郎がいれば鹿だのアライグマだのは防いでくれると思って」

「ガウ~?」

 名前を呼ばれたクマ吾郎が、窓の外からのぞき込んでいる。

「すぐに出発しますか……?」

 エリーゼが寂しそうな目で言った。俺は苦笑する。

「いや、せっかく久しぶりの我が家だからな。数日はここにいるよ」

 みんながぱっと笑顔になった。

「でしたら、腕によりをかけて料理しますね」

 と、レナ。

「なにか食べたいものはございますか?」

「うーん。じゃあ、焼き立てパンがいいな」

 北の村では案外食べ物が豊富だが、小麦がまだない。だからパンは輸送されてくる堅パンしか食べられない。
 肉と魚は雪の民が獲ってきてくれるし、野菜は今や豊富なんだけどな。

「分かりました。ふかふかのパンをご用意しますね!」

 この家には製粉用の石臼いしうすとパン焼窯がある。
 毎日パンを焼いているのだ。贅沢だろう?
 なお製粉は税金が取られる。こんな小規模な家庭用でもだ。まったくパルティア王国は。

 みんなと一通りの話をして、レナやバドじいさんの生産品を見せてもらう。
 彼らの腕はもはや見事としか言いようがない。
 最高品質のものを自由自在に作ってくれる。
 俺の統率スキル(仲間の成長率アップ)と、何より彼ら自身の努力のおかげだ。

 エリーゼに店の様子を聞けば、やはり重税と役人の好き勝手は変わらないらしい。

「国相手に文句を言っても仕方ありませんし。できるだけうまくやるようにしています」

 ため息交じりのエリーゼに、俺はうなずいた。

「うん、苦労をかけるが、そうしてくれ。この店の儲けは税金を差し引いても大したものだ。北の村が安定するまでは、店を続けようと思っているから」

「はい」

 さて、家にいる間に他に片付ける仕事は、と。
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