64 / 88
第五章 新天地
64:夏の収穫
しおりを挟む夏になってトマトが赤く色づき、きゅうりやズッキーニもずいぶん大きくなった。
「そろそろ食べごろだ」
イザクが言ったので、奴隷たちは歓声を上げる。
村人総出で作物をもぎ、サラダにする。それからカットして天板に並べてオーブンで焼くことにした。
「野菜だけじゃ寂しいよな」
手元で飼っているヤギの乳に酢を加えてカッテージチーズにする。
パルティアから運んできたベーコンも加えた。
ベーコンはいずれ手持ちの豚を潰して作りたいな。
野菜を焼いている間、マヨネーズを作ってみた。
新鮮な卵の卵黄を取り出して塩をひとつまみ、酢を少々加えて混ぜる。
さらにオリーブオイルを半量ずつ加えてよくかき混ぜる。
するとあのマヨネーズの出来上がりだ。
「わあ、おいしい! このマヨネーズ? ってやつをかけるだけで、野菜がこんなにおいしくなるなんて」
「生野菜は塩がせいぜいでしたから」
村人たちは嬉しそうだ。
焼き上がった野菜はさらに好評だった。チーズやベーコンが箸休めとなって、大人も子供も野菜をたくさん食べている。
「やはり、自分で作った作物はいいものだ」
イザクがしみじみと言っている。
「はい。自分で土を耕して、種まきして、育てて。それがこんなにおいしくなるなんて」
村人の一人がちょっと感激した口調で言った。
「畑の実りはまだまだこれから。雪の民を呼んで、彼らにも食べてもらおう」
「いいですね!」
昔、奴隷たちはいつもお腹をすかせていた。
餓えていれば誰かと食べ物を分かち合う余裕などない。
こうして満たされているからこそ、他人のことも考えられる。
衣食足りて礼節を知るというが、俺たち凡人にとっては全くそのとおりだ。
それからしばらく後、俺たちは雪の民を呼んで大いに友好を深めたのだった。
初夏から夏真っ盛りになると、作物はますます増えた。
食べきれないほどの野菜類は、日持ちのする料理にしてなるべく消費する。
パルティア王国に輸出したいくらいだが、あちらはあちらで作物の季節だろう。
今はまだ余るほどではないにしろ、いずれ畑を広げれば余剰分が出る。
それらの有効利用を考えないといけなかった。
さらにもう一つ問題が出た。
南や北の森からやって来る鹿やアライグマが、畑を荒らしてしまうのだ。
夜の暗闇にまぎれてこっそりとやってきて、朝になったらかじられた野菜だらけ。
冊を立てたが、飛び越えたり隙間から入ってきたりしてあまり効果がない。
「助っ人を呼ぶか……」
今日も今日とてかじられたズッキーニを片手に、俺はうなった。
ちょうど村に着ていた輸送隊護衛のルクレツィアに話しかける。
「なあ、ルクレツィア。お前は前に、見どころがありそうなやつに戦闘訓練をつけてやってると言ってただろ。あれ、どうなった?」
「ま、そこそこだよ。見どころあるのは三人くらいだったな。一通り訓練した後は、レナのポーション持たせてダンジョンに放り込んでる。素材程度は拾ってくるから、助かってるぜ」
「そっか。じゃあそいつらと家の警護をクマ吾郎と交代しても問題なさそうか?」
「いいんじゃね?」
ルクレツィアはうなずいた。
「家と店はあっちじゃだいぶ有名になってるだろ。ひいきにしている冒険者も多い。そいつらが抑止力になってるし、そこそこの戦力で十分警護はできるだろ」
「よし、それじゃあ……俺が一度家に戻って、クマ吾郎を連れてくるよ」
去年の秋以来、家に戻っていない。
輸送隊は毎回手紙を持ってきてくれるけど、俺もみんなに会いたいからな。
帰還の巻物を使えば家までは一瞬だ。
でも輸送隊の馬車は一つしかない。
だから輸送隊が戻った頃を見計らって帰還の巻物を使うことにした。
約一年ぶりに我が家の前に立つと、懐かしさがこみ上げてくる。
街道に面した店は相変わらず活況で、何人もの冒険者が出入りしている。
接客をしていたエリーゼが俺に気づいて、駆け寄ってきた。
「ご主人様、おかえりなさいませ!」
メイド姿のエリーゼは、久しぶりに見てもやっぱりかわいい。
にっこり微笑んだ彼女に笑いかけて、家に入った。
「おかえりなさい!」
「おかえり!」
みんなが歓迎してくれる。
北の村だって俺のホームだが、やはりここは原点。
心がほっとするのを感じた。
「ルクレツィアさんから話は聞いています。クマ吾郎を北に連れて行くと」
エリーゼが言うので俺はうなずいた。
「うん。あっちは作物が順調に育っているんだが、野生動物の食害がひどくてな。クマ吾郎がいれば鹿だのアライグマだのは防いでくれると思って」
「ガウ~?」
名前を呼ばれたクマ吾郎が、窓の外からのぞき込んでいる。
「すぐに出発しますか……?」
エリーゼが寂しそうな目で言った。俺は苦笑する。
「いや、せっかく久しぶりの我が家だからな。数日はここにいるよ」
みんながぱっと笑顔になった。
「でしたら、腕によりをかけて料理しますね」
と、レナ。
「なにか食べたいものはございますか?」
「うーん。じゃあ、焼き立てパンがいいな」
北の村では案外食べ物が豊富だが、小麦がまだない。だからパンは輸送されてくる堅パンしか食べられない。
肉と魚は雪の民が獲ってきてくれるし、野菜は今や豊富なんだけどな。
「分かりました。ふかふかのパンをご用意しますね!」
この家には製粉用の石臼とパン焼窯がある。
毎日パンを焼いているのだ。贅沢だろう?
なお製粉は税金が取られる。こんな小規模な家庭用でもだ。まったくパルティア王国は。
みんなと一通りの話をして、レナやバドじいさんの生産品を見せてもらう。
彼らの腕はもはや見事としか言いようがない。
最高品質のものを自由自在に作ってくれる。
俺の統率スキル(仲間の成長率アップ)と、何より彼ら自身の努力のおかげだ。
エリーゼに店の様子を聞けば、やはり重税と役人の好き勝手は変わらないらしい。
「国相手に文句を言っても仕方ありませんし。できるだけうまくやるようにしています」
ため息交じりのエリーゼに、俺はうなずいた。
「うん、苦労をかけるが、そうしてくれ。この店の儲けは税金を差し引いても大したものだ。北の村が安定するまでは、店を続けようと思っているから」
「はい」
さて、家にいる間に他に片付ける仕事は、と。
34
お気に入りに追加
78
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
男女比1:10。男子の立場が弱い学園で美少女たちをわからせるためにヒロインと手を組んで攻略を始めてみたんだけど…チョロいんなのはどうして?
悠
ファンタジー
貞操逆転世界に転生してきた日浦大晴(ひうらたいせい)の通う学園には"独特の校風"がある。
それは——男子は女子より立場が弱い
学園で一番立場が上なのは女子5人のメンバーからなる生徒会。
拾ってくれた九空鹿波(くそらかなみ)と手を組み、まずは生徒会を攻略しようとするが……。
「既に攻略済みの女の子をさらに落とすなんて……面白いじゃない」
協力者の鹿波だけは知っている。
大晴が既に女の子を"攻略済み"だと。
勝利200%ラブコメ!?
既に攻略済みの美少女を本気で''分からせ"たら……さて、どうなるんでしょうねぇ?
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
異世界に転生!堪能させて頂きます
葵沙良
ファンタジー
遠宮 鈴霞(とおみやりんか)28歳。
大手企業の庶務課に勤める普通のOL。
今日は何時もの残業が無く、定時で帰宅途中の交差点そばのバス停で事件は起きた━━━━。
ハンドルを切り損なった車が、高校生3人と鈴霞のいるバス停に突っ込んできたのだ!
死んだと思ったのに、目を覚ました場所は白い空間。
女神様から、地球の輪廻に戻るか異世界アークスライドへ転生するか聞かれたのだった。
「せっかくの異世界、チャンスが有るなら行きますとも!堪能させて頂きます♪」
笑いあり涙あり?シリアスあり。トラブルに巻き込まれたり⁉
鈴霞にとって楽しい異世界ライフになるのか⁉
趣味の域で書いておりますので、雑な部分があるかも知れませんが、楽しく読んで頂けたら嬉しいです。戦闘シーンも出来るだけ頑張って書いていきたいと思います。
こちらは《改訂版》です。現在、加筆・修正を大幅に行っています。なので、不定期投稿です。
何の予告もなく修正等行う場合が有りますので、ご容赦下さいm(__)m
分析スキルで美少女たちの恥ずかしい秘密が見えちゃう異世界生活
SenY
ファンタジー
"分析"スキルを持って異世界に転生した主人公は、相手の力量を正確に見極めて勝てる相手にだけ確実に勝つスタイルで短期間に一財を為すことに成功する。
クエスト報酬で豪邸を手に入れたはいいものの一人で暮らすには広すぎると悩んでいた主人公。そんな彼が友人の勧めで奴隷市場を訪れ、記憶喪失の美少女奴隷ルナを購入したことから、物語は動き始める。
これまで危ない敵から逃げたり弱そうな敵をボコるのにばかり"分析"を活用していた主人公が、そのスキルを美少女の恥ずかしい秘密を覗くことにも使い始めるちょっとエッチなハーレム系ラブコメ。
NTRエロゲの世界に転移した俺、ヒロインの好感度は限界突破。レベルアップ出来ない俺はスキルを取得して無双する。~お前らNTRを狙いすぎだろ~
ぐうのすけ
ファンタジー
高校生で18才の【黒野 速人】はクラス転移で異世界に召喚される。
城に召喚され、ステータス確認で他の者はレア固有スキルを持つ中、速人の固有スキルは呪い扱いされ城を追い出された。
速人は気づく。
この世界、俺がやっていたエロゲ、プリンセストラップダンジョン学園・NTRと同じ世界だ!
この世界の攻略法を俺は知っている!
そして自分のステータスを見て気づく。
そうか、俺の固有スキルは大器晩成型の強スキルだ!
こうして速人は徐々に頭角を現し、ハーレムと大きな地位を築いていく。
一方速人を追放したクラスメートの勇者源氏朝陽はゲームの仕様を知らず、徐々に成長が止まり、落ちぶれていく。
そしてクラス1の美人【姫野 姫】にも逃げられ更に追い込まれる。
順調に強くなっていく中速人は気づく。
俺達が転移した事でゲームの歴史が変わっていく。
更にゲームオーバーを回避するためにヒロインを助けた事でヒロインの好感度が限界突破していく。
強くなり、ヒロインを救いつつ成り上がっていくお話。
『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』
カクヨムとアルファポリス同時掲載。
凡人がおまけ召喚されてしまった件
根鳥 泰造
ファンタジー
勇者召喚に巻き込まれて、異世界にきてしまった祐介。最初は勇者の様に大切に扱われていたが、ごく普通の才能しかないので、冷遇されるようになり、ついには王宮から追い出される。
仕方なく冒険者登録することにしたが、この世界では希少なヒーラー適正を持っていた。一年掛けて治癒魔法を習得し、治癒剣士となると、引く手あまたに。しかも、彼は『強欲』という大罪スキルを持っていて、倒した敵のスキルを自分のものにできるのだ。
それらのお蔭で、才能は凡人でも、数多のスキルで能力を補い、熟練度は飛びぬけ、高難度クエストも熟せる有名冒険者となる。そして、裏では気配消去や不可視化スキルを活かして、暗殺という裏の仕事も始めた。
異世界に来て八年後、その暗殺依頼で、召喚勇者の暗殺を受けたのだが、それは祐介を捕まえるための罠だった。祐介が暗殺者になっていると知った勇者が、改心させよう企てたもので、その後は勇者一行に加わり、魔王討伐の旅に同行することに。
最初は脅され渋々同行していた祐介も、勇者や仲間の思いをしり、どんどん勇者が好きになり、勇者から告白までされる。
だが、魔王を討伐を成し遂げるも、魔王戦で勇者は祐介を庇い、障害者になる。
祐介は、勇者の嘘で、病院を作り、医師の道を歩みだすのだった。
異世界に召喚されたが勇者ではなかったために放り出された夫婦は拾った赤ちゃんを守り育てる。そして3人の孤児を弟子にする。
お小遣い月3万
ファンタジー
異世界に召喚された夫婦。だけど2人は勇者の資質を持っていなかった。ステータス画面を出現させることはできなかったのだ。ステータス画面が出現できない2人はレベルが上がらなかった。
夫の淳は初級魔法は使えるけど、それ以上の魔法は使えなかった。
妻の美子は魔法すら使えなかった。だけど、のちにユニークスキルを持っていることがわかる。彼女が作った料理を食べるとHPが回復するというユニークスキルである。
勇者になれなかった夫婦は城から放り出され、見知らぬ土地である異世界で暮らし始めた。
ある日、妻は川に洗濯に、夫はゴブリンの討伐に森に出かけた。
夫は竹のような植物が光っているのを見つける。光の正体を確認するために植物を切ると、そこに現れたのは赤ちゃんだった。
夫婦は赤ちゃんを育てることになった。赤ちゃんは女の子だった。
その子を大切に育てる。
女の子が5歳の時に、彼女がステータス画面を発現させることができるのに気づいてしまう。
2人は王様に子どもが奪われないようにステータス画面が発現することを隠した。
だけど子どもはどんどんと強くなって行く。
大切な我が子が魔王討伐に向かうまでの物語。世界で一番大切なモノを守るために夫婦は奮闘する。世界で一番愛しているモノの幸せのために夫婦は奮闘する。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる