ようこそ異世界旅館『えるぷりや』へ! ~人生に迷った僕が辿り着いたのはムフフが溢れる温泉宿でした~ 

日奈 うさぎ

文字の大きさ
上 下
51 / 54

第51話 えるぷりやに突然訪れた危機

しおりを挟む
「ついにこの時が訪れてしまいましたか……」

 それは僕が担当係として働いて一ヵ月ほど経ち、仕事に馴れてきた頃の事。
 それとなく玄関口へやってきた時だった。

 この時覗き見えたエルプリヤさんの表情は険しくて、何か嫌な予感がした。
 だからか居てもたってもいられず彼女の下に歩み寄っていたんだ。

「エルプリヤさん、何かあったんですか?」
「あっ、夢路さん……」

 エルプリヤさんはこうして声を掛けるまで僕に気付いていなかったらしい。
 それほどまでに重要な何かが起きたのだと予感させるには充分だった。

 不安が募る。
 彼女が声を詰まらせている事が拍車をかけるかのよう。
 一体何が起きたのか、ただそれが気になって仕方がなくて。

「実は、ですね……もうすぐ旅館えるぷりやは休業しなくてはならないのです」
「えっ……」

 そして悪い予感は的中してしまった。
 まさかこんな事態にまで発展していたなんて。

 この異世界旅館が休業など、そんな事がありえるなんて想像もしなかったから。

「……夢路さんは薄々感づいているかもしれませんが、この旅館は一つの生き物のようなものでして。旅館自体が代謝を行い、日々の汚れや損耗などを自ら取り込み修復してくれるのです」
「じゃあ僕達の掃除とかはその助けみたいなものなんだね」
「はい。しかしそれでも常日頃そういった修復の負担は蓄積し、いつかは必ず許容を越えてしまうのです。そしてその時がついにやってきてしまいました……!」

 エルプリヤさんの言う通り、なんとなく僕も感づいてはいた。
 今までの恩恵はすべて旅館そのものが体現してくれたものなんだって。
 だからこそ僕も掃除には敬意を払って行ってきたつもりなんだけど。

 まさかそれでも足りず、こんな時を迎えてしまうなんて思ってもなかった。

「でも気にやまないでください。いつかは来てしまうもの。私達従業員の努力はあくまでその負担を軽減するだけにしかとどまりませんから」
「そうだったのか……でも努力が足りなかったおかげで休業に至っちゃうなんて、なんだかとても悔しいよ」

 憧れの旅館で働き始めて、仕事にも慣れ始めた。
 だけどこうしてやむなく離れないといけないかもしれないと思うと情けない。
 僕達の努力がちっとも足りてなかったんだって痛感させられたから。

 そのせいで失職だなんて、こんなに悲しい事なんてないだろ……!

「となると、またしばらくエルプリヤさんとお別れなのかな……」
「あ、いえ。大体一週間くらいなのでそこまででは」
「意外と短かった!」

 ――でもそんな事はありませんでした。
 予想以上に休業期間が短かったので何の心配も無いようです。
 さすが旅館えるぷりや、こういうネガティブな事に関してはとてもユルい。

「旅館が蓄積した負担を消化するまで休ませないといけないので、その間だけ休業といった形になるのですよ」
「な、なるほどね。別に無期限とかそういう事じゃないんだ……」
「えぇ。ただこの事態は地球時間で言うところの百年に一度あるかないかといったイベントでして、私も先代から聞かされただけなので詳しくはよくわからないのです」

 とはいえ経験が無いから不安だった、と。
 それであんな険しい表情を浮かべていたのだと思うと納得、かな?

「ですが実はこの休業には別の問題がありまして」
「別の問題……?」
「はい」

 けどどうやら不安はそれだけではなかったらしい。
 エルプリヤさんがこう話題を切り替えるや否や、眉をひそめて俯いてしまった。
 休業以外にも何かまずい事が起きようとしているのだろうか?

「実は休業中は誰も旅館にいる訳にいきません」
「もしいてしまうと?」
「時間の停止した旅館に閉じ込められ、吸収されて死にます」

 起きそうだった! 結構怖いなこの旅館!
 仕組みに反すると即死亡っていう理不尽な所がもう!

「なので従業員各自は休業中、一時的に別の世界へと渡る必要があります」
「その調子で行くと宿場町の人達もかな」
「えぇ。まぁ宿場町の方々は〝適正が無いものの旅館が好きなので居付いた〟という人々でして、彼等に帰る故郷はあるのです。ですが従業員の半数はそうもいきません」
「そうか、ここで産まれたり故郷を失った人も多いんだよね。ゼーナルフさんみたいに永住しているお客様もいるし」
「そうなのです。なのでまず皆の退避先を探さねばなりません」

 ただし旅館が耐えてくれるそうなので猶予はちゃんとあるみたいだ。
 休業に至るまでに従業員や永住客を退避させるくらいは問題ないらしい。

「ですからこれより退避先を確保するために従業員に尋ねたいと思います。従業員の中には安全な世界から来られている方も何人かいらっしゃるようですから」

 なら思ったよりもずっと気苦労はしなくて済むかもしれない。
 退避先に困っているなら僕だって協力できるだろうから。

「それなら多分僕も協力できると思います。僕の家だけでも多分一〇人くらいなら入ると思いますし」
「ほ、本当ですか!? それはとてもありがたいです! でしたら退避候補の一つに挙げさせていただきますね!」
「うん、決まったら一声かけて貰えると助かるかな」
「わかりましたっ!」

 それというのも、僕の家は三人で住むには少し広い。
 元々五人家族で住む事を想定して建てられた家だから。

 僕の部屋にもあと二人は入るし、姉さんの部屋も同様に。
 幻ちゃんはもう家から出たから彼女の部屋には三人入るだろう。
 あとは父と母の寝室に二人、書斎に一人、リビングにも二~三人は入る。
 定員一〇人なんて言ったけど、工夫次第ではもっと増やせるかもしれないな。

 なのでそうとも伝え、ひとまず玄関口を後にした。
 少しでもエルプリヤさんの力になれてとても良かったと思う。

 あとは僕の家に来る人が誰になるか、それだけが気になるかな。



 ……こうして旅館休業の事は直後、従業員や宿場町の人達に伝えられた。
 それで皆が協議し合った結果、なんとか全員の退避先が決定。

 そして数日後、ついに休業が開始した――のだけども。

「これから一週間、よろしくおねがいしますっ!」
「「「よろしくお願いしまーす!」」」
「う、うん、よろしくね……」

 僕の家にやってきたのはほぼ女の子だった。
 代表のエルプリヤさんを含め、馴染みの深い子達ばかりでとても壮観である。

「ここがゆめじの家かー! とてもシンプルなのだ!」
「そうなんダ。それでいてとても機能的なんだゾ」
「そうねぇ~うふふぅ、ここでなら何でもできそう~(ニタァリ)」
「うじゅ!」
「この世界は」「外もすばらしいのです」
「アハッ! ユメジの家! アタシの愛の巣にするっ!」
「倍率超高かっただけはあるよねー」
「うん、関わり薄かったのに選ばれた私達ツイてたかもぉ」

 ちなみに名前と顔しか知らない人が二人。これはまぁわかる。
 けど一人だけ従業員じゃないし元の世界に帰れる人もいるんだけど?
 レミフィさんどうして来れたの!? 逢えたのは嬉しいけども!

 あと倍率ってなに!? 僕の家そんなに争奪戦だったの!?

「夢路さんって実は女性従業員に結構人気があるのですよ。それに加えてフェロさんやユメラさん、ユメレさんの宣伝効果もあって、候補に挙がった時にはほぼ全員が立候補したんです」
「なに宣伝効果って!?」 
「おかげですさまじい争奪戦が勃発し、多くの従業員が地に伏しました」
「すごかったよねぇ~夢路邸宿泊権争奪戦」
「そうそう、中には血反吐とかぁ、血涙流していた人もいたしー」

 おかしい。僕はそんなにイケメンでもないし優れている訳でもないのに。
 この地球だって平和ってだけで普通なのにどうしてなのだろうか。
 一体何の魅力が従業員の皆さんにそこまでさせたんだ!? とても解せない!

「仕方ないので女将権限でなじみ深い人を選び、残りの枠を適正選抜して今に至るという訳ですね」
「その女将権限でどうして女将さん自身がここにいるんですかね」
「特権です♪」
「エルプリヤさん意外と強欲だね!?」

 とはいえ僕に選択権はない。
 この家を提供してしまったからには一週間を彼女達と過ごさねばならないのだ。

 ……この状況、思った以上にハードかもしれないなぁ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

処理中です...