ようこそ異世界旅館『えるぷりや』へ! ~人生に迷った僕が辿り着いたのはムフフが溢れる温泉宿でした~ 

日奈 うさぎ

文字の大きさ
上 下
48 / 54

第48話 初めての接客対応

しおりを挟む
「私は、是非ともそこの彼に担当となってもらいたい。どうしてもお願いしたいんだけど、ダメかな?」
「はい、わかりました。でしたら夢路さん、H通路二七号室へエイジス様をお連れ下さい」
「決定はやいね!?」
「お待たせするのも悪いですからね」
 
 いきなりの指名には驚かされたものだ。
 けど直後のエルプリヤさんの対応にも内心では驚愕を隠せない。
 何のためらいもなく僕にエイジスさんの担当を任せてくれたのだからもう。

 と、ともかくエイジスさんに失礼のないよう部屋へとお連れしなければ。

 そこで僕は就業時刻オーバーでも関係無く、作業員の服装のままエイジスさんを部屋まで案内した。
 するとエイジスさんもよほど疲れていたのか、部屋へと入るや否や剣を床へと降ろしては転がるように腰を落としていた。

「ああ~~~この感じ、久しぶりだぁ。宿はやっぱりいいなぁ……」
「あはは、ぜひともごゆっくりして頂ければ当宿としても幸いです!」

 この感じ、僕にとってもすごく懐かしい。
 エイジスさんの様子はまるで僕が初めてこの宿に訪れた時と同じで。
 疲れ果ててもう動けないって気持ちが溢れ出るような、そんな感じがひしひしと伝わって来るかのようだ。

「こちらの宿は実はあらゆる世界と繋がっておりまして、多種多様なお客様が訪れます。ですが皆さんはいずれも癒しと憩いを求めてきた無害な方々ですから、どうか争いだけは避けていただくようお願いいたします」
「あぁ、わかった。彼女達にはあとで僕からもそう言い聞かせておくよ」
「助かります」
 
 強いて言うなら、少し物騒な装備をまとっている所だけが違うか。
 魔物なんて呼ばれる怪物がいる世界から来たのだから仕方ないのだろうけど。
 だからそんな敵意を客に向けないようにするのもまた僕らの大事な役目なのだ。

 まぁこのエイジスさんに限ってはそんな間違いはしないと思うけど。
 なんたって僕の見立てだと、この宿を求めたのはおそらくこの人だろうから。

「ところで……えっと夢路さん、だっけ?」
「はい、お気軽にお呼びしていただければと!」
「うん、じゃあ私にも気軽で頼むよ。あとちょっと聞きたい事があるのだけど」

 だから部屋に入ればこうして互いに笑顔を向け合うようになっていた。
 きっとエイジスさんも僕の気持に気付いてオープンになってくれたのだと思う。
 そういった意味では似た者同士なのだろう。

「君ってもしかして、日本人だったりする?」
「えっ……?」

 けど僕達の共通点はどうやらそれだけではなかったらしい。
 どうやらエイジスさんは僕以上の共通点に気が付いていたようだ。

 異世界旅館にいる僕が「地球の日本人」であるのだと。

「〝ゆめじ〟って名前を聞いてピンときたんだ。もしかしてそれ、漢字で『夢』と数字の『二』とかの組み合わせだったりしないかなって」
「……実際には、『夢に向かって進む道』という方の夢路ですね」
「そうか、やっぱりか……」

 これは僕には気付けなかった。
 エイジスさんは確かに言われて見れば顔付きが日本人らしいけど、名前は明らかに日本語じゃない。
 だから異世界人はそんなものなんだ、って思って気にもしなかったんだ。

 でもそんな異世界にいる彼が日本という名称を知っている。
 それってつまり――

「実は私はね、日本から転移で異世界に渡ったんだ。本名は『笹井ささい英司えいじ』。神奈川県出身の一般会社員さ」
「なるほど、それで名前をもじってエイジス、と」
「そうそう。カッコイイかなって思ってね、ははっ」
「あははっ! でも何となく気持ちはわかりますよ。同じ境遇だったら僕も別の名前名乗ったりしてたかも!」

 ……まさかエイジスさんも僕と同じ日本人だとは思わなかった。
 しかもおそらく同年代。
 これってもしかしてかなり特殊な出会いなのではなかろうか?

「実はさっき女将さんが君の名前をボソリと呟いていたのが聴こえて、そのイントネーションにピーンときてね。それで強引に指名させてもらったんだ。色々と話を聞きたかったからさ。」
「そうだったんですね……」
「それにしても、いやぁ畳もホント久しぶりだ。もう何年とこの感覚を味わっていないと恋しくも思うよ」
「それでさっき『この感じ久しぶりだ』って言ってたんですね」
「そうそう! 異世界ってどこも石畳ばかりだし、布団も堅いしで足も腰も痛くてたまらないんだ」
「あはは、異世界ってそういう苦労もあるんだなぁ。ネット小説とかじゃそういった所の描写なんて見なかったから想像もつかなかったや」

 だからかな、気付けば僕も座り込んで笑い合っていた。
 もしかしたらエイジスさんはこう遠慮なく笑い合える相手も欲していたのかもしれないな。
 ここに来た時もあの連れの女性たちとの話し方もどこか頑なだったし、そう言った意味では僕が指定されたのもある意味では正解だったと言える。

「では改めまして……僕は秋月夢路といいます。よろしくお願いいたしますね」
「よろしくな、夢路さん!」
「ええもちろん! それで早速なんですが、料理などもすぐにお出しできると思います。良ければまずはお食事でも済ませて落ち着きませんか?」
「それもいいな。ならぜひお願いするよ」
「わかりました! では少々お待ちくださいね」
 
 そんな気を許せる相手だからこそ話もスムーズに通る。
 僕の進言に、エイジスさんは寝転がりながらも頷いて応えてくれた。
 何から何まで当時の僕にそっくりで、つい微笑んでしまったや。

 それで僕は軽く挨拶を返して部屋の外へ。
 すぐに従業員章へと念を込め、食事処へと飛ぶ。

 その転移先はというと、完成した料理を出すカウンターの目の前。
 しかも僕がやってきた途端にスッと和食膳一式が厨房から滑ってきたもので、その余りにも早い対応に思わず僕も驚いてしまった。
 この驚異の品出し速度だけはどうにも真似できる気がしない。

「冷める前に持ってってやってくんな」
「りょ、了解です! では!」

 おまけに厨房から声掛けまでしてくれたし。
 この厨房の調理人さん達だけは従業員の中でも別格だと思えてならないよ。

 そう関心しつつ料理を手に取ろうとしたのだけど。

『夢路さん、少し待ってください』

 そんな時、脳裏にエルプリヤさんの声が響く。
 なんだろうか、料理をただ持っていくだけなのだけど。

『何ですかエルプリヤさん?』
『さすがに担当係が作業服のままでは問題ですので、今臨時の着替えを用意いたしましたので着て欲しいのです』
『あぁ、なるほど。わかりま――』
『ですが申し訳ありません! 残念な事に男性用の接客服の在庫が今切らしていましてですね!』
『えッ』
『ですが安心してください! 今、その対策班を夢路さんの下へ送りましたから!』
「え、なに対策班って……」

 確かに服装がこのままなのは実に問題だと思う。
 だけどさすがに女性用の着物を着るのは抵抗がある。

 そのための対策班なのだろうけど、なんかとても嫌な予感がするんですが?

 そんな不安を脳裏に過らせ、料理の前で顎を手に取る。
 厨房の調理人さんが不思議そうに眺める中で。

 するとそんな時、僕の背後に「ドチャリ」という音が響く。
 それに気付き振り向いた先には案の定、虹色に輝くロドンゲさんの姿が。

 あーそうですかーそうですよねー。

 ゆえに僕はその後、予想通りにロドンゲさんに取り込まれる事となる。
 とりあえず気を失う事は無かったけれど、やられる事はしっかりやられました。

 それで改めて料理を持ってエイジスさんの部屋へ。
 そうしたら案の定、僕の変わり果てた姿を前に驚愕していた訳で。

「だ、誰だ君は!?」
「すいません、僕です。夢路です」
「嘘だーっ! 彼は銀髪美少女じゃなかったはずだーっ!!!」
「ちょっと女将さんの手違いでこうされちゃったんです。ホントすいません……」

 はい、今の僕は銀髪美少女です。
 ロドンゲさん得意の性別変換魔法でしっかり変身させられました。
 おかげで着物もしっかり着こなせたし、不思議と動きもマスターしています。

 ほんと便利だよねあの触手生物さん!

「好きだ。結婚してくれ」
「どうしてそうなった」
「銀髪最高やん。美少女最高やん……!」
「エイジスさんのクール感がもう仕事してない!」

 しかもその結果、エイジスさんとの隠れた相性がまた一つ発覚しました。
 僕のTS体と彼の好みが合致した事です。

 でも僕が納得できる訳が無いのでここはキッパリとお断りさせてもらった。
 身体は女の子だけど心は男のままなんですからね!

「可愛ければ竿があろうと関係無いんだよ。その理屈がわかるか?」
「断じてわかりません」

 けれどエイジスさんは男の娘でもイケるクチだった模様。
 まぁ今の僕は竿もないんですけども。

 ああエルプリヤさん、貴女は大きな間違いを犯したみたいですよ。
 僕の女の子としての貞操を危機にさらしたという間違いをね!

 今のままだと姉さんにも絶対に会えないし、家にも幻ちゃんがいるからまず帰れないだろう。
 ……逃げ場を失った僕は果たして今日一日を無事に過ごせるのだろうか。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界で穴掘ってます!

KeyBow
ファンタジー
修学旅行中のバスにいた筈が、異世界召喚にバスの全員が突如されてしまう。主人公の聡太が得たスキルは穴掘り。外れスキルとされ、屑の外れ者として抹殺されそうになるもしぶとく生き残り、救ってくれた少女と成り上がって行く。不遇といわれるギフトを駆使して日の目を見ようとする物語

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

ユーヤのお気楽異世界転移

暇野無学
ファンタジー
 死因は神様の当て逃げです!  地震による事故で死亡したのだが、原因は神社の扁額が当たっての即死。問題の神様は気まずさから俺を輪廻の輪から外し、異世界の神に俺をゆだねた。異世界への移住を渋る俺に、神様特典付きで異世界へ招待されたが・・・ この神様が超適当な健忘症タイプときた。

【ヤベェ】異世界転移したった【助けてwww】

一樹
ファンタジー
色々あって、転移後追放されてしまった主人公。 追放後に、持ち物がチート化していることに気づく。 無事、元の世界と連絡をとる事に成功する。 そして、始まったのは、どこかで見た事のある、【あるある展開】のオンパレード! 異世界転移珍道中、掲示板実況始まり始まり。 【諸注意】 以前投稿した同名の短編の連載版になります。 連載は不定期。むしろ途中で止まる可能性、エタる可能性がとても高いです。 なんでも大丈夫な方向けです。 小説の形をしていないので、読む人を選びます。 以上の内容を踏まえた上で閲覧をお願いします。 disりに見えてしまう表現があります。 以上の点から気分を害されても責任は負えません。 閲覧は自己責任でお願いします。 小説家になろう、pixivでも投稿しています。

ブラックギルドマスターへ、社畜以下の道具として扱ってくれてあざーす!お陰で転職した俺は初日にSランクハンターに成り上がりました!

仁徳
ファンタジー
あらすじ リュシアン・プライムはブラックハンターギルドの一員だった。 彼はギルドマスターやギルド仲間から、常人ではこなせない量の依頼を押し付けられていたが、夜遅くまで働くことで全ての依頼を一日で終わらせていた。 ある日、リュシアンは仲間の罠に嵌められ、依頼を終わらせることができなかった。その一度の失敗をきっかけに、ギルドマスターから無能ハンターの烙印を押され、クビになる。 途方に暮れていると、モンスターに襲われている女性を彼は見つけてしまう。 ハンターとして襲われている人を見過ごせないリュシアンは、モンスターから女性を守った。 彼は助けた女性が、隣町にあるハンターギルドのギルドマスターであることを知る。 リュシアンの才能に目をつけたギルドマスターは、彼をスカウトした。 一方ブラックギルドでは、リュシアンがいないことで依頼達成の効率が悪くなり、依頼は溜まっていく一方だった。ついにブラックギルドは町の住民たちからのクレームなどが殺到して町民たちから見放されることになる。 そんな彼らに反してリュシアンは新しい職場、新しい仲間と出会い、ブッラックギルドの経験を活かして最速でギルドランキング一位を獲得し、ギルドマスターや町の住民たちから一目置かれるようになった。 これはブラックな環境で働いていた主人公が一人の女性を助けたことがきっかけで人生が一変し、ホワイトなギルド環境で最強、無双、ときどきスローライフをしていく物語!

アイテムボックス無双 ~何でも収納! 奥義・首狩りアイテムボックス!~

明治サブ🍆スニーカー大賞【金賞】受賞作家
ファンタジー
※大・大・大どんでん返し回まで投稿済です!! 『第1回 次世代ファンタジーカップ ~最強「進化系ざまぁ」決定戦!』投稿作品。  無限収納機能を持つ『マジックバッグ』が巷にあふれる街で、収納魔法【アイテムボックス】しか使えない主人公・クリスは冒険者たちから無能扱いされ続け、ついに100パーティー目から追放されてしまう。  破れかぶれになって単騎で魔物討伐に向かい、あわや死にかけたところに謎の美しき旅の魔女が現れ、クリスに告げる。 「【アイテムボックス】は最強の魔法なんだよ。儂が使い方を教えてやろう」 【アイテムボックス】で魔物の首を、家屋を、オークの集落を丸ごと収納!? 【アイテムボックス】で道を作り、川を作り、街を作る!? ただの収納魔法と侮るなかれ。知覚できるものなら疫病だろうが敵の軍勢だろうが何だって除去する超能力! 主人公・クリスの成り上がりと「進化系ざまぁ」展開、そして最後に待ち受ける極上のどんでん返しを、とくとご覧あれ! 随所に散りばめられた大小さまざまな伏線を、あなたは見抜けるか!?

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

処理中です...