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第十一章 最終決戦編

第143話 相棒として共に歩もう

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「ふぅぅぅ……!」

 もう何が起きたのか、自分で考える事もできなかった。
 ただ勢いに任せ、示されるままに動いただけだったから。
 すべてが自分のやった事とは思えないくらいに抽象的で、空想的で。

 でも間違いなく、リアリムは俺がやった。
 奴の体を真っ二つに断ち切ってやったのだと。

 しかし直後、ハッとして気付く。
 ウーティリスの身に何が起きたのか、それをも思い出したから。

「ウーティリ――」

 だからこそ思うがままに振り返る。
 リアリムがどうなったかなんてもうどうでも良かった。
 それよりもウーティリスの事がただただ心配で――

「ええい阿呆め、わらわよりリアリムの事を確認せんか!」

 だけどウーティリスは平然と腕を組んで立っていたんだが?
 たしかに胸に傷はあるし? 血もドクドク出てて尋常じゃないのに?
 っていうか神殺しの剣で刺されたよね? やばいよね?

 えっ?

 しかしそんな心配をよそに、俺の股間に小さな拳が打ち当たる。
 ウボアーーーーーー!!!!!!!!!

「わらわの事はいい。なんて事のない傷よ」

 せっかくキメたのにこんなオチはないんじゃないのウーちゃん!?

 幸いダメージ深度は軽微だったようで悶絶する程では無かった。
 ただし痛いには痛いので涙目で股間を抑えながら振り返る。

 そんな先には、すでに歩み寄っていたウーティリスとリアリムの向き合う姿が。

「これがわらわ達の選んだ道ぞ」
「そう、か……これが、君の、答えか……」
『ああ、なんたる!?』
『我々が!』
『消えていく!』
『嫌だ!』
『まだやり残した事が!』
「黙れ下郎どもが! お前達はさっさとね!」
『『『うあ、あああ……』』』

 どうやら致命的な一撃が他の六賢者を消す事になったようだ。
 あの煩わしい不協和音みたいな声はどうにも慣れんし、助かる。

「……ならいい。あとは、君の、好きなように、生きて」
「言われんでもそうするつもりよ。ただ、お前の意思も少しは汲みたい。スキルに関してはやり過ぎぬよう多少なりに制限も加えてあげたいとも思う。できる限り多くの人が平等に扱えるようにのう」
「そう、か……なら、よかった」

 ただ一方のリアリムはまるでやりきったように健やかだ。
 だとしたらこいつはこうなる事を望んでいたのかもしれんな。

 自分を止められる者なら世界を託すことができる。
 それが英雄としての最後の役目なのだと信じて。

 ……となれば最大の害悪は他の六賢者だったのかもしれん。
 リアリムという強力な存在に成り代わり、支配欲を満たそうとする卑怯者達。

 でももうそいつらも消えた。
 リアリムも今の一言を最後に事切れてしまったようだ。

 そんなリアリムの手をウーティリスが掴み上げ、大事そうに撫で上げる。
 その様子を前にして、俺はこいつに声をかける事はできなかった。
 本来なら感動の再会だったろうに、結末がこんなにも残酷だったから。

「……では行こうラング。みなの下へ」

 それでもウーティリスの心は気高いのだろう。
 鼻を一つ啜らせると、そっと立ち上がってこう呟く。

 だがその途端、そのウーティリスががくりと膝を崩していて。

「あぶねぇ!」

 だから俺は剣をも落とし、両腕で彼女を掬い上げるようにして支えた。

「おいおい、全然大丈夫じゃねぇじゃねぇか! 無理しやがって!」
「いや、これは単に気が抜けただけよ。わらわ自身は本当に大丈夫なのら。わらわ自身はな」
「えっ……?」

 それで体を起こしてあげれば、本当にすぐ立てていて。

 ただ不思議と、以前のような雰囲気が感じられない。
 すべてを見通すかのようなあの神秘性が。

「実はダンタネルヴに一つ頼んで造り上げてもらったのよ。一度だけなら神殺しの剣の一撃に耐える身代わりのお守りをな」
「そんなのいつの間に……」
「……ただし、神の力を引き換えにする必要があるがのう」
「は……!?」

 そう、感じられる訳もなかったのだ。
 今のウーティリスにはもう、神の力が残っていないから。

 今のウーティリスは、もうウーティリスではない。
 慈母神ユーティリスの力を失ってしまった人間、ウティルなのだから。

「ゆえにわらわは生きておるという訳なのら」
「……そうか、なら言う事はねぇわ」
「ふふ、相棒が神でなくなって残念か?」
「いいや? お前はお前だろ。神じゃなくったって構やしねぇよぉ」
「そう……嬉しいよ、ラング」

 けれどそれでも相棒って言ってくれるなら俺はそれを受け入れるつもりだ。
 こうなったのはこいつの選択で、俺がとやかく言う事じゃねぇから。
 助けられたのもまた事実だしな。

「だがすまぬラング、わらわの勝手で最高のスキルを失う事になってしもうた」
「そうか、神の力が消えるって事はスキルも消えちまうんだな」
「うむ」
「ま、しゃあねぇさぁ。だったらまた地道に掘ればいい」

 しかしそうなるとダンジョン自体もなくなっちまうな。
 これからの資源問題がどうなるかもちょいと心配ではある。

 だけどもう大崩壊の時代はとっくに終わっている。
 大地は自力で芽吹き、命を育む事ができているんだ。

 だったらきっと食料問題が出ても一時的なものだろうよ。
 他の資源だって今あるものでまかなえばいいんだからな。

「そん時は相棒、お前も手伝ってくれるか?」
「うむっ、任せよ! わらわはそなたと常に一緒なのら!」
「おう、よろしく頼むぜ……えっと、ウティル?」
「ウーティリスでよい。もうその名の方がずっと馴染み深くてわらわが慣れぬよ」
「そうかっ! よぉし!」

 それにここで四の五の言ったって何も始まらん。
 これでゲールトは終わり、古代からの支配は終焉を迎えるんだ。

 後は俺達次第。
 それこそギルドと協力してでも未来を構築していかにゃならんだろう。
 その事をディマーユさん達とも相談し合う必要がある。

 そのためにも俺達は戻るのだ。
 ウーティリスを担ぎ上げ、肩車をして。

「よっしゃ、師匠達の所に戻るぜっ!」 
「うむっ! 今頃はわらわ達の事を首を長くして待っているであろう!」

 この時のために俺は戦い続けた。
 そしてその戦いもついに終焉を迎えた。

 だからきっと、俺の戦いはここで終わるのだろう。

 それでこれからはまた平穏な日々が始まる。
 故郷で過ごした時と同じような、未来を夢見る明日が。
 なんならあのルルイとヤームも呼び寄せて、みんなで事業をやるのもいい。

 そう考えられる余地があるっていうのはいいな。
 これが俺達の築いた未来なんだって実感が湧きそうで。

 俺はそのために戦えて、本当に嬉しい。



「遅かったなぁラングゥ、待ちくたびれてしまったよぉ……!」



 だが俺達を待っていたのは決して希望ではなかった。
 むしろこれ以上ない絶望が待ち構えていたのだ。

 壁に打ち込まれて力尽きたチェルトやニルナナカ。
 床へと無造作に転がるミラやキスティ。

 そしてまるで椅子のように圧し掛かられているディマーユさん。

 そんな彼女の上で、あのギトスがニヤリと嘲笑っていた。
 あたかも退屈していたかのように膝を組んで。

「あは、あはあははは! 後はお前だけだよラングゥ! お前を絶望に落として、いたぶって、ブチ殺したら僕の世界が始まるんだぁ!」
「て、てめぇ……ッ!」
「楽しみだなぁ! 嬉しいなぁ! こんな時をどれだけ待ち望んでいたかっ!」

 もう頭が真白だった。
 怒りよりも憎しみよりも、ただ理解が滞っていて。

「さぁ最後のショーを始めるとしようかァ。題目は、〝憐れラング、最底辺の死亡遊戯〟だァ……!!!」

 しかしそんな中で奴が唸る。
 これ以上ない殺意と邪気を俺へと向けて。



 この地獄は、まだ終わらない……!
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